47.アッシュールバニパル
受付で司書さんが、いやーな顔をしてる。そりゃそうだ。気を失ってて知らないけど、昨日はかなりの騒ぎだったらしい。その当事者がまた来てるんだから。
でも、領主本人が来て、そこへ入ると主張しているんだから、司書さん断るわけにもいかず、渋々扉のあるところまで付いてきて鍵を開けてくれた。
「アドリア―ヌ・テルヴェリカ様、図書館はくれぐれもお静かにお使い下さい。」
「承知致しておりますわ。時間は、閉館時間いっぱいまで宜しいかしら。」
「かしこまりました。時を見計らって、鍵を閉めに参ります。」
護衛達に向き直り、
「皆はここで待機、マーシェリンだけショウを抱いて階段の下まで付いてきて。」
「アドリア―ヌ様、大丈夫なのでしょうか。また昨日のように魔法円が発動する事があれば危険でしょう。私なら下までついて行けますが。」
リベルドータは下の部屋へ行けるんだ。アドリア―ヌのお供でいつも行ってるのかな。
「いえ、大丈夫でしょう。ショウがいれば全く心配は無いでしょう。
ショウ、頼りにしてますよ。」
「それ逆じゃないの? 母親が乳幼児を守りなさいよ。」
「細かいことは、いいんですよ。さ、マーシェリン、行きますよ。」
階段の下まで下りてきた。
「マーシェリン、ショウは私が預かるわ。あなたは扉まで戻って待機してちょうだい。」
「アドリア―ヌ様、盾になって守る護衛がいないのは危険です。せめて私だけでもおそばに付かせて下さい。」
「今から探す物は、あなたが見てはならない物、行ってはならない場所だと思われます。今回は諦めなさい。」
「か、かしこまりました。アドリア―ヌ様、ショウ様、ご無事で。」
マーシェリンが一人寂しく階段を上り、俺を抱いたアドリア―ヌは最後の段を下りる。今回は転移トラップは発動しなかった。どういうシステムになってるんだろう。一度反応させたら、二度目以降は反応しないようにというのは分かる。
でも床に見えている魔法円が、前回とは違う魔法円に書き換わっているような気がする。一度『原初の女神』の元を訪れた者は二度とこのルートでは訪問できないという事か。
そうなると、この新しい魔法円が隠された書庫への転移円なのか。
「どうなの、ショウ。隠し部屋の気配とかは分かるのかしら。」
廻りの、神々の名が刻まれた扉を見回しながら、アドリア―ヌが問いかけてくる。
「下に降ろしてよ。昨日とは魔法円が違うんだ。この魔法円に魔力を込めれば、隠し部屋に転移するんじゃないかな。」
「魔法円って、私は何度もここへ来てるけど、そんな物があるなんて聞いたことはないわ。領主間でもそんな話題は出たこともないし、誰にも気づかれなかったと言うことなの。」
「ま、全ては女神の思し召しと言うことで。」
床に降ろしてもらって、魔法円の上を這い回る。なんだか、魔法円の文字が、朧気だけど理解出来てる・・・ っぽい? どういうことだ。今までは意味も分からず、この魔法円はこの結果になるということで、魔法を使っていたけど、魔法円の意味が理解出来始めているのか?
まさか、隠し部屋の書物は、魔法円に使われる文字で綴られた書物なのだろうか。でも、はっきり意味が変換されてないぞ。何か理由があるのだろうか。
分からない事をうだうだ考えていてもしょうがない。この魔法円に魔力を込めてみよう。
「この魔法円に魔力を注げば、隠し部屋へ転移出来るんだと思うけど、やってみていい?」
「ええ、お願いするわ。」
「じゃ、始めるけど、魔力を注ぐときに俺の体をさわるか、つかんでいるかした方がいいかも。転移するときに俺一人で消えるかも知れないよ。」
アドリア―ヌが慌てて俺のそばにしゃがみ込み、ギュッとつかむ。置いてかれちゃいけないと、思ったんだろうね。
床に広がる魔法円が光り出す。光が外に向かって広がり、部屋いっぱいの魔法円が光り輝き、目の前の景色が一瞬にして変わる。
見回せば、部屋の大きさは先ほどの部屋と変わらないようだ。だけど壁が全て書棚になっていて、部屋の出入りの扉は見当たらない。どうやらここは転移でなければ、来れない場所らしい。
で、この目の前にある巨大な・・・ 魔石? 直径が3mぐらいありそうな・・・ 魔石なの? なんでこんな所に・・・・・
「ここに人が来るのも久しぶりね。二人も来るなんて、兄妹が二人で来たとき以来ね。」
唐突に声がした。しかも女の子の声? アドリア―ヌは声の主を見つけられず、あたりを見回しているけど、突然俺の目の前に出現した。ちっこい女の子だ。お人形みたいなサイズ? 人ではないな。
「君は誰? ここで何をしているの?」
「あんたは赤ちゃんなのに、しゃべれるのね。」
ようやく、アドリア―ヌがその存在に気づき、話しかける。
「あなたが女神様なのですか。私はテルヴェリカ領領主、アドリア―ヌ・テルヴェリカと申します。」
「いや、違うから。これ女神じゃないから。」
「ちょっと、あんた、赤ちゃんのくせに失礼すぎるわよ。」
「それじゃあ、どういう存在なの?」
「女神様がここを創ったんだけど、維持するための魔力をそこの魔石に注いだときに、随分と多くの魔力が余ってこの空間に漂っていたの。その魔力が長い年月を経て、自らの意思を持ち行動できるようになったのが、あたしって訳。女神様の分体だと思って、崇めなさい。」
聞いて驚けと、言わんばかりに胸を張ってるけど、その幼女体型で胸を張られてもね~。
「単なる、女神の魔力の残滓が、意思を持ったということか。」
「キ――――!! 赤ちゃんのくせに生意気よっ!!」
本気で怒ってる訳でもなく、プンプンとしたふりをしているようだけど、そのキャラってどうなの? 仮にも女神の分体を名乗ってるのに。
「ショウ、そんなことを言ってはいけません。女神様の御力を宿された方なのですよ。」
「ショウって言うのね。アドリア―ヌはショウの母親なの? 教育がなってないわねっ。」
「養母でございます。申し訳ございません。教育を施す前から持っていた知識がありましたので、そのおかげでこのようになってしまいました。」
アドリア―ヌ、その言い方も俺に対して結構失礼じゃないですかっ!!
「ショウにも女神様の力が宿っているみたいだけど、なんであんたみたいな赤ちゃんが、女神様の力を授かっているわけ?」
原初の女神の分体を名乗るだけあって、こいつも人の話をスルーするタイプか?
「原初の女神に、魔力を無理矢理押しつけられたんだ。でも、奥底に押さえつけてあるんだけどよく分かったね。」
「あら、原初の女神だなんて呼ばれるようになったのね。じゃあ、あたしも『原初様』とお呼びするようにしましょう。」
「名は無いと言ってたから、『名無しさん』じゃ失礼かなと思って、俺が勝手にそう呼んでるだけなんだけどね。」
「あたしも気に入ったから『原初様』と勝手に呼ぶわ。」
「ああ、どうぞ。で、最初の質問、君は誰でここで何をしているのか、に答えてもらってないよね。女神の分体だと言ってたけど、なんて呼べばいい?」
「うっ、ううぅ―――・・・ な、名前はないの・・・・・ ここに、存在しているだけで・・・・・ 何かをしているわけでもないし・・・・・」
「何もしていないなんて事はありません。ここで、これだけ多くの本を守って下さっているのでしょう? 素晴らしいことだと思います。」
泣きながら、名無しの幼女がアドリア―ヌの胸に飛び込む。
「ありがとう―――っ!! なんの存在意義もないと思ってたの―。あたしは本を守ってたんだよね―――っ!!」
「よしっ、名前は俺が付けてやる。『ちび原初』でどうだ?」
「いやよっ!! そんな名前。なんの威厳も無いじゃない。」
アドリア―ヌの胸にしがみついて、舌を出し抗議のまなざしを向けて来る、ちびっ娘。
「いや、こんな、ちびっ娘に威厳と言われてもね~。」
「ショウだって、ちびっ子のくせにっ!!」
「待って下さい。私にお名前を付けさせて頂いても宜しいでしょうか。」
「アドリア―ヌなら、きっといい名前を考えてくれるんじゃない。」
わくわくの眼差しで、アドリア―ヌを見上げる、ちびっ娘。
「図書館を守る、本の精霊『アッシュールバニパル』はいかがですか。」
「ええっ、凄く威厳がありそうだわ。気に入ったわ。これからは『アッシュールバニパル』と呼んで頂戴。」
「なげーよっ!! どっからそんな名前が出てくるの。」
「私達の過去の記憶にある世界の、最古の図書館と言われている『アッシュールバニパルの宮廷図書館』から引用したけど、長いかしら。」
「ま、まあ、確かに長いわね。しょうがないからあんたたちには、愛称で呼ぶことを許すわ。」
「じゃあ、略して『アシル』でいいか。」
「ショウに決められるのはしゃくだけど、『アシル』も気に入ったわ。でも、『本の精霊、アッシュールバニパル』だということも忘れないでね。」
「精霊なの? 草葉の陰からコソッと覗いてる、ちっこいおっさんみたいな・・・」
「それは、大地の精霊ノームでしょっ!! あたしは、『本の精霊、アッシュールバニパル』よっ!!」
「はいはい、で、アシル。俺たちは、本を読みたくてここへ来たんだけど、案内して頂けますか。『本の精霊、アッシュールバニパル』様。」
「ようやく、ショウもあたしが偉いことに気づいたのね。それじゃ、案内してあげるけど、あんた達には一文字も読めないわよ。遙かなる過去に、偉大なる原初様が、組み上げられた美しい魔法円の数々。その魔法円に刻まれた文字は、一文字たりともあんた達が理解出来る物ではないのよっ。」
「へー、アシルはそれを読めるんだよね。文字の意味を教えてくれないかな。」
「アシル様、私にも本の内容を、是非教えて頂きたいと思っております。」
ヒクッと顔が歪み、慌て始める。あれ? 読めないのか? 原初の女神の分体を名乗ってるのに? 原初の女神が、意図して創った存在じゃないから、知識までは受け継いでないのかな。
「よっ、よっ、読めって、あたっ、あたしに言ってるのっ。もっ、もちろん、そっ、その程度の文字ぐらい、あっ、あたしにだって、」
あ~、嘘がつけない子なんだ。でも精一杯虚勢を張ろうとしているのか? あ、泣き出した。
「ご、ごめんなさ~い。一文字も読めないの~。あたしには原初様の力も知識も何も無いの~。魔力の中に残っていた、曖昧な記憶だけなの~。」
女神の分体を名乗る割に、やけに人っぽいな。原初の女神に比べれば、アシルのほうが付き合いやすそうだ。好感度もいいね。でも、精霊っていうよりも、ちびっ娘妖精と呼ぶほうがしっくりくるぞ。
アシルに這い寄り、よしよしすると、胸に飛び込んで来た。
「ショウ、ありがとうー。あんた、いいやつだったんだねー。」
この絵面はお人形遊びする赤ん坊か?
アドリア―ヌは・・・ 残念感、はんぱねー。本の内容を教えてもらえると思って、幸福絶頂状態から、突き落とされた感じか?
「そんな残念な顔してたら、アシルがかわいそうでしょ。本なんか読めなくても、絵だけ見て読んだ気になればいいんじゃない。」
「私は、そんな残念そうな顔してた? そんなつもりは無かったんだけど。」
ジトッとした目で見つめたら、申し訳なさそうに目を逸らした。
「ここで一番重要そうな本って、アシルは分かるかな?」
「一番大きくて分厚い本があるけど、それでいい? でも、重すぎてあんた達じゃ持ち上げられないよ。」
「ああ、いいよ。重くても大丈夫だよ。」
こっちこっち、と飛んでくのを見ると、やっぱ、ちびっ娘妖精だよね。背中に羽でも付けてやりたいよ。
アドリア―ヌにひょいと抱き上げられその後を追う。




