36.受付嬢 キレた
いつの間にか、朝? いや、昼か? マーシェリンがベッドの横に来た。
「ショウ様、お目覚めですか。この魔石はどうされたのですか?」
「え?」
あーっ!! そうだった。魔石取り出して持って帰ったんだった。隠すの忘れてた。マーシェリンなら黙っててくれるかな。
「それって、他の誰かに見られた?」
「いえ、私が最初に見つけて、しまっておきましたので、グレーメリーザ様とマーサには見られていません。」
マーシェリン、いい判断だ。マーシェリンになら教えてもいいかな。
「アドリアーヌには黙っててくれるかな。」
「事と次第によりますが、どのような話でしょう。」
「深夜に魔獣を狩ってきた。」
「そっ、そんな危険な事を・・・・・ それを黙っていろとおっしゃるのですか。すぐにでもアドリア―ヌ様にお伝えして止めていただかなければ。」
「マーシェリンは、今まで俺がどれだけ魔獣を狩ってきたか知ってるだろ。危険な事なんかないよ。」
「いえ、魔獣を狩りに一人でお出掛けになるなど、そんな危険なことはありません。」 「わかった。今度はマーシェリンも一緒に連れて行くから。」
「そっ、それなら、二人だけの、ひ、ひみち いえ、秘密とっ、いうことで。」
舞い上がって、噛みまくりだね。喜んでるのか?
「それで、今日は平民街に行きたいんだけど、マーシェリンは護衛でついてきてくれる?」
「私はいつでもショウ様のおそばでお守り致します。」
護衛なんか無くても、俺一人でいいんだけどね、一人でいなくなると騒ぎになってアドリアーヌにばれそうだし。マーシェリンと一緒なら図書館にでも行ってると思ってくれるかな。
「マーシェリンは平民街の町娘が着るような服ってある?」
「はい、以前にイブリーナと平民街に出かけたときに服を買ったんですよ。ちょっとかわいらしい感じで、少し気恥ずかしくて着る機会が無かったんです。それを着ていってもよろしいでしょうか。」
「それでいいや。着替えておいで。」
着替えてきたマーシェリンを見て、ちょっとドキッとした。スカートを履いているのを見たのは初めてだ。いつも剣を携えているからズボンしか履いてなかったしな。
「足下がスースーして、恥ずかしいです。」
「いいんじゃない。すごく女の子らしいよ。」
「そっ、そうでしょうか。」
頬を赤くしてうつむいてるけど、赤ん坊に褒められて照れるのかよ。
『プロテクトアーマー、サモ・ハン・○ン・ポー タイプ、デブゴン』
「ショッ、ショウ様、この方はいったい、コナン様ではないのですか。」
突然現れたデブを唖然と見つめて呟くマーシェリン。
「今日はこれで平民街に出かける。デブリコンと呼んでくれ。」
「デブリコン様でございますか。」
「様を付けるな。デブリコンと呼び捨てでいい。平民として平民街を歩くんだから。」
「そんな、・・・ 恐れ多いです。」
「嫌なら置いてくぞ。それとマーシェリンも名前を・・・ そうだな~・・・ マーサの名前を借りよう。街歩きの時はマーサと呼ぼう。じゃ、デブリコンと呼んでみろ。」
「デッ・・・ デブリコン・・・・・ さま」
「もういいや。お留守番してなさい。アドリアーヌには内緒にね。」
「待ってくださいっ、 デブリコン。 い、いえ、せめて、デブリコンさんと呼ばせてください。」
まあいいか。そのくらいは譲歩して、つれてってあげましょう。転移の魔法円を展開。場所は・・・ どこにするか。ハンターギルドの裏口でいいか。
「ショウ様、どっ、どこですか、ここは。」
突然の周りの風景の変化に驚いて、俺の名前を呼んでるよ。
「デブリコンだっ!!」
「そっ、そうでした。申し訳ありません。デブリコンさん。」
「今のは転移魔法、ここはハンターギルドの裏口だ。ハンターギルドに用があって来たんだ。ここではあまり喋るなよ。」
「喋ってはいけないのですか。」
「マーサが喋ると、貴族だとばれるだろ。」
ギ~っという軋みを響かせドアを開け中に入る。
厳ついおっさんが、ジロッと睨んで『なんだ~、てめ~は~。』とか言って絡んでくるような、謎システムは無いようだった。
ギルド職員であろうと思われる面々がカウンターの向こう側で、机に向かって書類仕事をしている。カウンターに近づけば、受付の女性がにこやかに話しかけてきた。なかなか愛想が良さそうだ。
「本日は何のご用でしょうか。」
「ギルドマスターはいる?」
「夜の当番だったので、今は寝てると思いますが。」
「ちょっと待って。あなた、デブリコンさん?」
受付嬢の後ろから他の職員に声をかけられた。
「ああ、そう。」
「デブリコンさんがいらっしゃったら、2階の応接に通すようにと伺ってます。」
「起きてるの?」
「ええ、昼前に起きていましたよ。」
応接室に通され座っていたら、慌てた様子のライトが入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。おや? こちらのお美しい女性はどちら様でしょうか。」
「えっ?」
そうか、その設定を決めていなかったな。何にしよう。兄妹といったら、似てなさ過ぎで無理があるよな。婚約者でいいか。
「俺の婚約者で、マーサという。」
「こっ!! こんやくしゃー」
顔が真っ赤になって、マーシェリンの声が裏返ってる。放っておこう。
「これほど美しい女性をお連れになって、うらやましい限りでございますね。デブリコン様。」
「様はやめてくれって言わなかったか。平民待遇でって言ったろ。」
「でも、呼び捨てにはできませんので、デブリコンさんでよろしいですか。」
「ああ、それで頼む。」
「では、ビッグボア以外の獲物の精算ということでよろしいですか。」
「精算はできてるのか。」
「私も先ほど起きたばかりで、今職員に計算させてますので少しお待ちください。あれほどの完品を持って来ていただけたのですから多少ではありますが色を付けさせて頂きます。ただ、一番の値がつく魔石が無かったんですが、デブリコンさんがお持ちになられたのでしょうか」
「魔石が欲しくて狩りに行ったからね。それに完品って、他のハンターはどんな状態で持ち込むんだ?」
「剣、槍、弓、その他諸々の武器で徹底的に攻撃するのですよ。毛皮はほとんど使い物にはなりませんね。でもそれもしょうがないのです。ほとんどの平民は魔法を使えないし、怪我をしたらもうそこで終わりなのですから。反撃を受ける前に倒しきらなければいけないのですよ。」
「治癒魔法士とかはいないのか?」
「平民の中にも貴族の血を引く者がいて、治癒を生業にしている者がごくわずかにいますが、完全に回復させるのは不可能ですね。」
コンコンとドアをノックする音が響き、
「用意ができました」
「そうか、持ってきてくれ。」
ライトの返事で、ドアが開き入ってきた職員が金貨、銀貨を乗せたトレーををテーブルの上に置き書類をライトに渡し出て行く。その書類を読んでいたライトが、革袋と書類をこちらに押しだし、
「これが精算した金額と計算書です。確認をしたらこちらの紙にサインをお願いします。」
金貨が5枚に銀貨が数枚、こんなもんか。確認もせずにポケットに押し込みサインをする。
「もし魔石を売りたくなったら、ハンターギルドにて買い取りますので、是非よろしくお願いします。」
「その時は頼むよ。」
応接室を出たらマーシェリンが、
「あの、私もハンターをしたいのですが、どうすればよいのでしょう。」
「え~、やりたいの?」
「デブリコンさんがハンターとして出かけるときには、私もついて行かなければいけないのです。それなら私もハンターの資格を持っていれば便利かと思いまして。」
「ハンター資格なんか無くてもいいと思うけど、下の受付で書類書けばなれるよ。」
受付嬢が驚いてる。そりゃそうだ。こんな若い娘がハンターになりたいなんて言ってるんだから。マーシェリンってまだ顔が大人になりきれていないというか、幼さが残った感じ? 言い方変えれば、大人の色気が足りない。本人にはいえないけどね。
体を見た感じも、華奢に見える。筋骨隆々の女なら何も驚かれなかったと思うけど、そんなマーシェリンは見たくないしな。
でも、うちのマーシェリンは脱ぐと凄いんですっ!! 引き締まったしなやかな筋肉、その筋肉を躍動させ生まれる爆発的な瞬発力、スピード、パワー。凄くないのは、胸だけですっ!! 本人にはいえないけど。
「よく考えてください。ハンターは若い女性がするような仕事じゃ無いんですよ。あまりにも危険すぎます。」
「危険は承知してます。こちらのデブリコンさんと一緒に狩りに行きたいのです。」
受付嬢が何か訴えるような感じで俺を見る。諦めさせろとでも言いたいのか? 後ろにいる職員達も、そりゃないわー、って顔をしてる。
「いいんじゃないか。いつも俺と一緒に行動するし、この近辺にいるような魔獣に後れをとることは無いだろう。」
「あなたの大事な方ではないんですかっ!! 死んでしまうかもしれないんですよっ!!」
受付嬢、キレた。そんなことでキレなくても・・・・・ 顔怖いですよ。
「何か失礼なことを考えていませんかっ!!」
「なんで、分かったんだ。」
「やっぱり考えていましたねーっ!! ハンター登録はみとめませーんっ!!」
キーッ!! って感じで叫んでる受付嬢の後ろから、ギルドマスターが階段を降りてきた。
「シーラ、何を騒いでいる。あ、デブリコンさん。どうされました。」
「このお姉さんが、ハンター登録を受け付けてくれないんだ。」
「どなたの・・・・・ え、まさかそちらのお嬢さんですか? そんな若い娘さんにハンターは危険です。」
「若い娘でなくても、危険なことは変わらないだろう。それに、このマーサは剣を振らせれば俺より強いから、全く心配はしてないんだ。」
「えーっ!! デブリコンさんよりも・・・・・ 本当なのですか?」
「冗談を言ってるつもりはないぞ。」
「分かりました。
シーラ、登録用紙を出しなさい。」
「え、でも、大丈夫なのですか。私よりも若くてひ弱そうな女の子ですよ。」
「デブリコンさんが、自分より強いとおっしゃっているのだから問題はない。」
受付嬢、シーラか、シーラが渋々紙を差し出してきた。それをマーシェリンに渡して、書く欄を教え、それ以外は空欄でいいと指示する。その間、ライトとシーラがコソコソと喋ってるんだけど、
「マスター、大丈夫なんですか。あんな華奢な女の子。」
「デブリコンさんが自分より強いと言っているのだから大丈夫だ。」
「そのデブリコンさんがどれだけ強いのか分からないでしょう。単なるデブじゃないんですか。」
聞こえてるよ、失礼な受付嬢め。
「失礼な事を言うんじゃない。夜中にビッグボア、ウルフ、パンサーが討伐された話は聞いたか。」
「ハンターパーティーが3組、出てましたけど彼らが狩ったんじゃないんですか。」
「そのパーティーはウルフしか狩ってこなかったが、デブリコンさんはパンサー3頭、ウルフ5頭、10m級ビッグボア1頭を単独討伐してきたのだぞ。」
「たっ、単なるデブじゃなかったんですね。」
「単なるデブでいいよ。」
記入した紙を渡しながらそう告げたら、シーラが顔を赤くして縮こまって『ごめんなさい。』と呟いた。
「申し訳ありません。シーラは、友人がハンターになって死んでいるんです。だから若い人がハンターになりたいというと、過剰に反応してしまうんです。」
「気にしてないからいいさ。」
金属タグを受け取りまた来る、と言ってハンターギルドを後にして、さてどこ行こう。マーシェリンの武器防具を買うには、さっきの魔獣討伐報酬じゃ心許ないかな。安物で済ますのは気が引けるし。次回のビッグボアの報酬で買ってあげよう。
今日はこのまま散策しながら、店があったら覗いてみるか。
「平民街は、よく来るのか?」
「イブリーナはよく来ているようですが、2度ほどイブリーナに連れられて来ましたね。平民達が作っている物を見たりするのは、楽しいし新しい発見があると言ってました。」
そんな店を見たいと言えば、こちらです、とマーシェリンが指し示す道を進めば、なんだか店っぽい建物が建ち並ぶ街路に出た。店っぽいと言うのが、看板が出ていなくて普通の家なのか店なのか、何を売ってるのか中を覗くまでよく分からない。
覗いたら鍋が見えたから雑貨屋かな、と思えば鍋しかない。包丁なら包丁だけとか、服屋さんなら服だけとか・・・・・ ん? 服屋さんに、服だけ置いてあるのは問題無いのか。
「服を買ってあげるから、ここへ寄ろう。」
「ええっ、買っていただけるのですか。ショウ様の贈り物として大事にします。」
「デブリコンだといってるだろう。それと大事にする服を買うんじゃない。平民のハンターとして動きやすい服が欲しいだろう。他にも武器や防具も欲しいけど、それは次回来たときだな。」
似合いそうな服っていうよりも、スカートで魔獣討伐には行けないから、必然的に男物のズボンしかないみたいだ。この国では女性は足を見せないロングスカートが一般的で、ズボンを履く女性は女性騎士ぐらいだそうだ。
見繕った服の精算を終え、さあ次は靴屋さんだ。靴屋でも革のブーツは男物だった。女性はブーツは履かないのか。魔獣とのバトルなんかしないもんね。
ブーツも買ったし、そろそろ帰ろうか。あれ? この店は・・・・・ 紙? 紙しか置いてない。紙専門店か。薄い紙から厚紙まで、いくつかの種類を置いてある。厚いのは画用紙ぐらいの厚さだな。
「紙はこれが一番厚いのかな? もっと厚い紙もある?」
店番の人に聞いてみた。
「もっと厚い紙もありますよ。試しに作ってみたんだけど売れなくて奥にしまってあります。」
そう言って出してきた紙を見たら、いいんじゃない。ボール紙ぐらいの厚みだ。
「これを2枚くれ。いくらだ?」
「小銀貨8枚でお願いします。」
「たかっ。そんなにするのか?」
「ここまでの厚さにするのに手間がかかるんですよ。全部買ってくれるのなら半値にしますよ。」
「全部で何枚あるんだ。」
「百枚ぐらいですかねー。」
「金貨2枚か。買えないこともないけど、持って帰れないな。気が向いたら、また買いに来るよ。」
「ええ、是非ともよろしくお願いします。」
人通りの無さそうな裏道に入って、人目の無いところを探し、転移円を展開して部屋へ戻る。慣れてきたおかげで、手早に転移出来るようになったけど、それでも魔力リンクの手順があったりで、数分かかる。それも行ったことのある近場という条件が付く。知らない場所を探りながら転移する場合もっとタイムロスがある。戦闘中の避難用には全く使えそうも無いな。
マーシェリンは着替えに行って、デブリコンを解除してと、デブリコンの中で洗浄魔法を何回かしてるから股間はすっきりしてるけど、腹減った。時間凍結袋の中のポットにまだミルク残ってたよな。
ミルクを哺乳瓶で飲んでたら、ノックをしてマーサが入ってきた。
「ああ、ショウ様。よかった。いらっしゃいましたわ。マーシェリン様はどちらに。」
「はい、隣の部屋で着替えています。」
隣の部屋から、マーシェリンの返事が聞こえてくる。
「お乳をあげなくては、と思って何度かこちらへ来たのですが、誰もいらっしゃらなくて心配してたのですよ。」
「申し訳ありません。ショウ様とずっとお散歩しておりまして。次に出かけるときは、マーサに伝えてから出かけるように致します。」
「ええ、そのようにお願いしますね。」




