128 「姫」をめざす中学生
僕は太田和音。
中学3年生です。
僕は性同一性障害の診断をもらっています。
いわゆる女性の心をもった男子ということになります。
学校の友達には内緒です。
まあ、教師には知らせていますけど。
秋には15才になるんですが、15才になったらすぐにホルモン治療を始める予定です。
そして、高校は女子の制服で通うのが夢。
家からちょっと遠い高校で、LGBTの支援を積極的にすすめている高校があることを両親が教えてくれました。
通学時間かかるけど、その学校に進学しようかな?って迷ってたら、ある日地方の大学に進学して、遠く離れて暮らしている大学生の兄、和人が家に帰ってきました。
兄は桃花高校という私立の男子校のOBで1年とちょっと前に卒業しています。
演劇部出身で、6月に高校の定期公演があるとかで、それにかこつけたOB会に参加するために帰ってきたのです。
兄は僕の女性になりたいという気持ちを尊重してくれていて、頼りになる存在です。
帰ってきた時に、女子の制服で通うために、遠距離通学しそうだという話をすると、
「通学に2時間近くか?そりゃ、大変だぞ。考え物だな。
あ、そうだ、うちの高校の『姫』が来年の4月で演劇部を引退する予定って聞いてるぞ。その後釜を狙ったらどうだ?『姫』を希望するということで推薦試験を受験することもできるんじゃないか?和音は女の子なみに可愛いから、面接試験でうかりそうだ。。今の『姫』は推薦試験じゃなく、一般試験で入学したみたいだけど、入学試験の面接ではその容姿と性格が『姫』にピッタリだっていうことで合格したって噂があるぞ。」
「ええっ?お兄ちゃん、『姫』って何?」
「おお、説明したことなかったな。俺の母校、桃花高校は男子校だから、女子がいない。
当然、演劇部にも女子がいないから、専門の女役を一人設けることにしたんだ。
歌舞伎の女形みたいなもんだ。『姫』と呼ばれている。
ただし、歌舞伎と違って、部活時間だけでなく、授業中も女装して女になりきるっていう制度で、歩き方、身振り、話し方について、徹底的に指導される。
日常生活から女としての行動を意識することによって、演技に活かそうという考え方なんだ。
何と、学校側が認めた制度だ。
もうこの制度は始まって20年以上たっているんじゃないかな?
本人が希望すれば、登下校中も女子の姿でいいということになっている。
そうそう、制服は系列の桃花女子高校の制服を支給されるんだ。けっこう可愛い制服だぞ。」
「知ってる。桃花女子高校の制服って着てみたいと思ったもん。
すごいね。すごい制度だよ。
興味が湧いてきた。
僕、演劇なんてやったことないけど、その『姫』になることできるかな?」
「可能性はあるぞ。今の『姫』をやってる小出って子はやっぱり中学まで演劇経験なかったはずだ。
どうだ?進学先の一つとして考えてみないか?
桃花高校なら、そんなに通学時間かからないだろ?
推薦試験を受けて、そして面接のときに『姫』をやりたいって言ってダメだったら、さっき言ってた女子の制服での通学を認めてくれる高校を受験すればいいじゃないか?」
「うん、そうしようかな?
そうする!
そうだ、お兄ちゃん、明日、その桃花高校の定期公演に行くんでしょ?僕も連れてって。
小出さん?っていう女役の人に会ってみたい!」
「おお、いいぞ。実は俺も見たことないんだ。昨年は定期公演を見てなくてさ。
小出についての情報は、他の卒業生から聴いてるだけだ。
よし、どんな『姫』か一緒に見てみよう。」
そして、翌日の土曜日の午後、僕は兄と一緒に桃花高校の定期公演を見に行きます。
会場の体育館には、在校生、OB、父母等がかけつけていて、けっこう活気がありました。
私のような中学生はいないかな?って思ったら、ちらりほらりいます。
中学生同士の会話を耳にしてなるほどと思いました。
「やっぱり全国大会に出た高校だもんな。観ておきたいよな。演劇を志すものとしては。」
「そうだな。主役の2年生の板谷さんっていうのがすごいみたいだぞ。それに、『姫』の小出さんって超可愛いって評判だ。」
「えっ?女役の『姫』ってそんなにレベル高いのか?」
「おお、街中にいたら、普通の可愛い女の子に見えるレベルらしい。」
「そりゃ、見てみたいな。それから、今年入学した友利さんも凄そうだぞ。あの人、この辺の中学の演劇部ではエースだったからな。」
「入学したばかりで出演するのか?」
「桃花高校は新入生もすぐ出演させるんだ。端役かもしれないけど。」
「でも、見てみたいな。」
そして、幕があがりました。
主役は小出さんでした。
確かにすごい、全然女の子だ。女役っていうより、普通に女の子です。
小柄で、華奢で、髪の毛がきれい。あれ地毛だよ。伸ばしたんだ。
体つきも女性の体つきしている。
わかった。ホルモン治療してるんだ。私と同じGID(性別違和)なんだ。すごい!
小出さんは突然目が見えなくなる女子高生の役でした。
明るい女子高生が、病気で目が見えなくなり、絶望に立たされ人生を投げ出そうとするんですが、
そのコントラストの演技が凄まじかった。
そして、仲間の励ましで、人生について希望を見出していくシーンもよかった。
最後の方は涙が止まらなくなって、ハンカチで目を押さえてしまいました。
演劇ってすごい!
私は女の子になりきっている小出さんにも感動しましたが、生の演劇の迫力にも圧倒されました。
なるほど、これだけのお芝居ができるから全国に行けるんだ。
私も、この仲間に入りたい!
私って、女の子になるだけが目的になってたけど、このお芝居の世界にも踏み入れてみたい!
そう、思ってしまいました。
定期公演終了後、兄が私に気を使ってくれます。
「驚いたな。小出さんて、まるっきり女の子じゃないか?
よし、OBの権限で会わせてやるよ!」
「えっ?本当。」
兄は、現役部員のところを訪問して、しばらくたつと、小出葵さんを連れてきました。
もう、お芝居用のメイクは取って、可愛い女子高校生姿です。
うわっ、本当に可愛い。アイドルみたいだ。
近くでみると胸も膨らんでる!いいな!
「小出さん、忙しいところありがとう。ここにいるのが、俺の弟の和音だ。今中学3年生。
性同一性障害で、来年から女子の制服で通える高校を受験しようとしてるんだ。
この学校も候補の一つとして挙げてる。『姫』になれば、女子として通えるからね。」
「えっ?そうなの?うれしいーっ。
私、来年の春に引退するから、後継者になってくれると嬉しいな。
受験頑張ってね!」
小出さんは僕をハグしてくれました。
僕も小柄で華奢で女顔ですが、小出さんはそれ以上です。
生まれつき女子っと言ったら誰も疑わない感じです。
羨ましい!小出さんほどではなくても、近いレベルの女子になりたいけど・・・
「あの・・・目指すことを決めたばかりです。全然自信ないです。」
「あら、私も最初自信なかったよ。でも、夢中になったら結果が付いてきたんだ。
夢中になれるかどうかが分かれ目かな。
よかったら夢中になってね!
うん、和音くん、なかなか可愛いじゃない!」
目をキラキラさせながら、話しかけてくる小出さん。
なんか、私にもできそうな気がしてきた。
とりあえず夢中になってみようかな?
「はい、がんばります!もし、『姫』になれたらよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
僕の青春が動き出した気がした。




