第128話(欺)
翌日。
前日の荒れた天気から一転して、薄く広がった雲の切れ間から、眩しい光が地面に降り注いでいた。
強風によって路面に散らばっていた木の枝や葉も、一部を除いて清掃された街。
どの通りにも、何事もなかったかのように野外の露店がたち並び、各所にある広場まで続いていく。
そして、店の売り子、買い物客、通路として利用する人など、様々な目的を持った人間が行き交う、日常の光景。
「くああ……」
その中、路地裏に並ぶ市場の一角にて。
他の露店に混じり、木箱に色とりどりの野菜を満載している、一つの店。
それらを、やる気のない顔で売っていた中年男性の下に、身なりが良い男がやってくる。
路地裏という、人通りが少ない場所に来るような人種ではないと、一目で分かる男であった。
しかし、服装に似合わず、使い込まれた木箱を抱えた男の姿を目にした途端、中年男性は今までの眠そうな表情を一転させ、嬉しそうに手を上げる。
「よ、待ってたぜ! 今日は遅いじゃねえか!」
「ああ、待たせたな。買う量が少ないとはいえ、毎日毎日買出しするのは大変だ。まあ、仕方ないけどな」
男も手を上げて、中年男性の言葉に砕けた様子で応じる。これが、二人の挨拶。
「さて、と! おらよっと」
他に客がいない中、中年男性は常連客らしき男へニタリと笑い、掛け声と共に立ち上がる。
そのまま露店の奥に引っ込むと、先に用意していたらしい、巨大な木箱を軒先まで運んでくる。
「ほれ、今日の分」
「悪いな」
「なあに、いつものことよ!」
店主へ礼を述べ、男は自分が運んできた木箱を地面へ下ろす。
続いて、無造作に手を伸ばすと、遠慮なく箱を開けば、中年男性の見た目とは裏腹に、野菜や果物が几帳面に並べられていた。
…二人にしか分からないことだが、店頭で並べられている物より数段質が良い野菜や果物である。
「毎日すまないな」
それらを、ざっと確認し、再度、男は軽く手を上げ、礼を言う。
「なんてことねえさ! なんせ『大得意様』だからなあ!」
品の無い笑い声を上げる中年男性。
男は臆面も無く言い切った店主に苦笑を見せつつ、地面に置いていた空の木箱を持ち上げ、手を伸ばしてきた中年男性へとそれを渡し…
男と中年男性、二人が顔を突き合わせたその時、不意に、男がぼそりと囁く。
「坊ちゃん、戻るそうだ」
「…そうか。無茶、させなんなよ」
「分かってる。精々着飾って出迎えてくれ」
ただの数秒。お互い、苦笑と笑顔という表情を変えることなく、木箱の受け渡しを終える。
男は両手を叩いて埃を落とし、中年男性は受け取った木箱が空であることを確認し、各々手をあげる。
「毎度あり!」
「こちらこそ助かる。また明日も頼んだ」
「あいよ! いやあ、安定した収入源があるってのは、いいねえ」
「全く…面と向かって言うな」
「気心知れたアンタだから言うんだろ! じゃあな!」
「ああ。またな」
いつものやり取りを繰り返し、中身が詰まった木箱を持ち、軽やかに店を後にする男。
「さて、と」
その背中を見送った中年男性は、空の木箱を店へ持ち込むと、その上に腰を下ろし。
「くああ………」
また、やる気のない顔を浮かべるのであった。




