●第129話(欺)
「アスピド、先程とこちら、どちらにする」
「そうねえ…アタシ、こっちの色がいいと思うの」
「ふむ。だがフェノは藍色なのだろう? 色合いが少々薄いと思うのだが構わないのか?」
悩みつつ、でも決心したような若い女性の声に、壮年男性の問いかけが続いて。
「それでいいのよデボア。今回はフェノを目立たせるの。彼と同じぐらい濃くしては駄目よ」
得意げな女性の答えを受けて、男性は咽喉の奥でなるほど、と唸る。
………というわけで。
「話し込んでるところ悪いんだけど、僕、いつまでこの格好してないと…いけなかったり?」
放置されてかけてた僕の声に、女性と男性の二人…二体が振り返る。
「確かに、アスピドの指摘通りではあるな。だが、可憐さという点においては、向こうの服が適してはいないだろうか」
「あら、デボアは人間のことを分かってないのね。このドレスに、宝飾品を合わせるのよ。宝石も良いけれど、お花なんていいと思うわ」
「その……二人共…そのですね…」
巨大な狐っぽい紳士淑女な魔物たちが、長い髭と尻尾を揺らしながら、僕を見つめてるこの状況。
その目があまりにも真剣過ぎで、少し恥ずかしい。というわけで、顔を伏せる。すると、薄い桃色の、目に優しい色のドレスが飛び込んでくる。
「宝石や花を服に飾るとは、中々人間とは難しい」
「フェノがどこからか連れてきた、身元不明の婚約者。ちょっと我が侭だけど、心からフェノを愛してる…いいわねえ」
「えっと、アスピド? 僕見ながら言われても……実際、このドレス着るの、僕じゃないわけで…」
僕を見つめながら、うっとりと呟いてるのは、紳士っぽい魔物なデボアより一回り小柄で、デボアにはない銀色の毛が多い、淑女っぽい魔物。名前はアスピド。
嬉しそうに擦り寄って来てるのは、僕を気に入ってるわけじゃなくて、僕が今、着せられてるドレスを気に入ったからで。
そんなアスピドと番らしいデボアが、僕の周りをぐるぐる回りながら見上げてくる。
「髪も人間らしく整えた方が良いのだろうが、生憎我らには人間で言う手がない。切断するだけでよいのなら、手伝えるのだが」
「い、いいって! ドレス着るの僕じゃないし! それに切断とか言われると、髪じゃなくて首切られそうだし…」
ちなみに、僕が今着てるのは、フェノの婚約者のために用意されたドレス。
なのに僕が着てるのは、婚約者と中々顔を合わせられない、だとか、大まかな体型が僕と一緒だから…とか言ってたけど、絶対嘘だ。だって、それなら女性物の靴履く必要ないし。
絶対にフェノ、僕が嫌がるのを分かってて、楽しんでる。間違いない。
…ちょっと前、カトレア様やミノアと一緒にいた時は、ドレス姿だろうと楽しかったのに、フェノが関わった途端、すんごく嫌な気分になれるのは、さすがフェノだと思ったり思わなかったり。
「そうだわ、デボア、後でフェノの髪をあの人間と同じように切ってあげて」
「ああ、分かった」
「スイマセン、二人で話してると悪いんだけど、僕、いい加減コレ脱いでも…」
かれこれ数時間、二人の着せ替え人形になってる僕。ずっと着たまま立ったままで、色んな場所が痛い痛い。
疲れたんだけど、と膝を握ると、普段着てる服とは全然違う、上質でさらっさらな布の肌触り。慌てて手を離して確認する…よ、よし、シワにはなってない。
「よ、よし、大丈夫。コレはシワじゃない、単なる模様、模様だから平気平気…」
というわけで、シワにはなってないけど、シワを伸ばしてると、アスピドが長い尾で僕の足元を示す。
「裾が少し短いかしら」
「ね、ねえアスピド。僕、さっきから立ちっぱなしで足が痛くて、そろそろ座りたいかなって…」
「いや、このぐらいでいいだろう」
「そうかしら。私はもう少し…あら」
「よう。楽しそうじゃねえの」
「ああっ! フェノ!」
何度も繰り返すけど、実際着るのは僕じゃないのにドレスを着た僕を前に、デボアとアスピドは真剣に打ち合わせをしてる、この光景。
でもって、いつの間にか、僕に満面の笑顔でドレスを差し出した張本人が、嫌な笑みを貼り付けて扉に凭れ掛かっていたりする、この光景。
さらに、フェノの手には見慣れない金色の豪奢な箱があって、それを得意げに振ってみせる、この光景。
…うん、嫌な予感以外、感じられない。
「ようよう、シアム君。半分冗談で渡したが、中々似合ってるじゃねえの」
「ちょっとフェノ! 冗談って! それにドレスはまだしも、靴履く必要なんてまったくないでしょ!」
「フェノ、淑女の着替え中よ。部屋に入るのなら、一言、声をかけて頂戴」
「えっと、アスピド…? 淑女って?」
突然の登場にも関わらず、遠慮とか配慮とかそういうのが欠けた言葉を放ってくるフェノ。
僕の抗議に被せるように、アスピドが不快さを隠そうともしないで注意していく。
半分冗談だとか、とても嬉しそうに暴露したフェノと、突っ込む所が違うんじゃないかなあ、だなんて思うアスピド。
どっちに言い返すべきか迷ってる間に、フェノは片手を上げて謝罪には全く見えない謝罪をして、話を進めていく。
「そりゃ済まんな。一度気になったら、もういてもたってもいられなくてなあ」
「何が気になったんだよ! フェノさ、絶対僕のこの姿見て馬鹿にしようと…」
「そうそう、おたくの保護者に連絡しといてやったぞ。向こうも了解したってよ。いやあ、さすがフリギア様、話が分かるお方よ」
「…やっぱり誰も僕の話聞いてくれないし。それに、フリギアは僕の保護者でもなんでもないのに、了解したって…」
アスピドは僕のドレスに夢中で、デボアはそんなアスピドに夢中で、フェノはフェノで言いたいこと言うだけだし。
僕の精一杯の抗議なんて、そよ風以下。無かったことになってるね、うん。
「シアム君、そうして黙ってりゃ、か弱い女性だな。こりゃあ楽しみだ」
「はい? ちょっと! 実際コレ着るの君の婚約者でしょ! 何が楽しみなんだよ!」
「何がって、そりゃもうおたくの…」
「ねえフェノ、その綺麗な箱はなにかしら?」
「ああ、これか?」
…やっぱり僕の抗議なんて、どうでもいいと思われてるや、うん。
諦めて見やれば、綺麗な物が好きらしいアスピドの視線は、意地悪い笑み浮かべたフェノが持った箱に固定されてたり。
「そろそろだからな。シアム君よ、共に着飾って、あの馬鹿を驚かせてやろうじゃないか」
「だ、か、ら! 着飾るのは僕じゃなくて!」
「まあ! 綺麗!」
言いたいこと言ったフェノは、細かな細工が施された箱を机に置いて、蓋を開けてみせる。
中から飛び出したのは、色とりどりの輝き。首飾りや髪飾りといった宝飾品が、ぎっちりと無造作に詰め込まれてたり。
どれも本物の宝石っていうのは分かるけど、そこらに転がってる石みたいに詰め込まれてるのはなんというか…さすが、お貴族様?
「装飾品か。これが首飾りなのは分かるが、この輪は…」
「そりゃ腕輪よ、デボア。いやあ、探すのに手間取ってなあ」
「これも綺麗! ねえフェノ、早く全部出して頂戴!」
偉そうなフェノは、これ以上ない丁重さで…というか僕に見せ付けるかのように、首飾りや指輪、腕輪などの装飾品を並べていく。
一つ一つ、夢中になって眺めてるアスピドを見てると、なんか微笑ましい。ニヤニヤしてるフェノがいなければ、だけど。
「おたく、黙っていればなあ……いや、黙っていても…まあ、どちらにしろ勿体無い」
「褒めてるのか貶してるのか分からないけど、そういう評価いらないから。第一、どうして僕がこんな格好をしなきゃいけないのさ」
「まるで俺が強制してるみたいな言い方するのな。そりゃ、おたくが、アイツに会いたいって言ったからだろう?」
「まるで僕が強制したみたいな言い方しないでよ! 僕は別にいいって言ったじゃないか!」
そう、別に僕は息子を返してもらえればいいだけで、フェノの双子の弟に会いたいとは一言も言ってない!
なのに、なのに、フェノときたら…!
「そうだったか? まあ些細なことよ。ああ、礼の夜会、誰かしら同伴じゃねえと駄目らしくてなあ」
「聞いたよ! でも俺にはちゃんと相手いるから安心しろって言ったの、フェノだよね!」
「うん? おお、そうだった! 良く覚えてたな、シアム君」
「あのねえ…あのさあ…」
ニタニタ哂うフェノに、半分青筋立てつつ言い返す。
…そう、近々、フェノの弟がいる屋敷で夜会だか何かあるみたいで、そこにフェノは乗り込もうとしてる、らしい。
でも、その夜会は付き添いというか同伴者というか、そういうのが必要で、フェノは婚約者を連れて行こうとしてる、らしい。
でもって、その婚約者は巷で『死んだこと』になってるフェノと中々顔を合わせられないから、体格の似た僕がドレスをこうやって試着してる、らしい。
…………なんだろう、まとめてみると、嘘臭い。
「フェノ、貴方の衣装は部屋にあるから、しっかり埃を払っておくのよ」
「悪いなアスピド。助かるぜ」
「…って! フェノ! ちゃんと聞いてるっ?」
「ん? ああ、聞いてるぞ。ドレスだろう? 似合ってるって何度も褒めてやってるってのに、まだ褒めて欲しいのか?」
「違う!」
「アスピドの見立てだ。似合って当然だ」
「まったく、デボアときたら、相変わらずアスピドにゃ甘いこった。だがまあ、似合ってるわな…おたく、本当に男か?」
問いかけてくるフェノは割と真剣で、からかう響きはない。だからこそ、僕も本気で答える。
「そうだよ! まったく、ミノアといい、カーライルといい、君といい僕をなんだと……あ、でもミノアは仕方ないような…」
「そう顔赤くして、照れなくてもいいってのに」
「だ、れ、が! 照れてるのさ!」
「フェノ、そろそろいいかしら? 淑女が着替えているのだから、用が済んだなら、早く出て行って頂戴」
「ええと…アスピド、淑女って一体誰の…あ、いや、なんでも…」
アスピドが怒鳴る僕とフェノの間に割って入る。さらに全身使って、笑顔のフェノを追い出そうとしてたり。
でもこれ、僕に味方するためじゃなくて、着替えを邪魔されたくないっていうのが…なんだろう、悲しくなってくる。
「おおそうか、悪い悪い。じゃあな。俺の花嫁さんよ」
「き、気持ち悪っ!」
追い出されつつも、フェノは悪意滴る笑顔を振りまきつつ、一言。
途端、全身に怖気が走り、鳥肌があわ立つ。
「そんなに喜ぶなよ」
「君、さっきから分かってやってるでしょ! 性格悪過ぎる!」
あんまりにも気色悪くて、もうどうとなれとばかり叫ぶ。
けど、フェノは嬉しそうに笑い声を上げるだけで、反省した様子も怒る様子もない。
「くくっ! どうやらそうらしいな!」
それどころか逆に機嫌よく、ひらひら手を振りながら、部屋から追い出されていく。
「なんなのさ、一体…」
アスピドの尻尾によって、扉が閉められ、部屋が静かになる。
なんか色々疲れて肩落とすと、デボアとアスピドが近づいてくる。
「フェノは、相手が嫌がることを考え実行するのが趣味のようでな」
「それ、趣味っていうの…?」
「私たちにも嫌がらせしてくるの。困った趣味よねえ」
「君たちにまで……さすが、フェノ、徹底してる…」
一やられたら、十どころか百やりかえしそうなフェノだから、変に納得できるや。
「私たちは分かっているけど、シアムったら、真面目に相手をしてるんだもの。フェノも楽しくて仕方ないんでしょう。それはそうと…」
お互い、お互いの言葉に頷きつつ、アスピドは尾っぽを持ち上げる。
なんか光ってるから、不思議に思って目を向けると、銀色の尻尾に…首飾りが引っかかってる。
アスピドは、器用に首飾りを引っかけた尻尾を僕の目の前まで持ってきて……ええ、と? これは、なんでございましょうか?
「ねえ、この首飾り、そのドレスに合うと思うのだけど、どうかしら」
「その、僕にはちょっと分からないけど、多分きっと似合うんじゃ…」
「シアム、つけてみたまえ」
「……ハイワカリマシタ」
なんとなく圧力を感じるデボアの言葉に、慌てて頷いてしゃがむ。
ひょいとやってきた銀色の尻尾から首飾りを丁重に受け取る…って、僕、なんでこんなことしてるんだろう。
「その首飾りを付けたら、次はこっちの首飾りをお願いね」
「ええと、その…」
「シアム、つけてみたまえ」
「……ハイワカリマシタ」
……ただ、息子を取り返したいだけなのに。
不定期更新にも関わらず、目を通していただき有難うございます。
この辺りから、文章が怪しい部分がちらほらでてきますが、伏線でもなく、単純にそういうものだと思って下さいませ。申し訳ない。




