第127話(欺)
「あの、さ………冗談とかじゃあ、ないよね?」
「流石の俺も、こんな不謹慎な冗談は言わねえな」
「…そう…だよね…」
信じられない話に、まさかと思って聞き返せば、フェノは胡散臭い笑みを貼り付けたまま。
その表情から判断すると、冗談にしか聞こえない。でも、タソガレさんはフェノの近親者で、本人もこう言ってるし。
「と、なると…」
「となると?」
今の話が事実だとすれば、当然の疑問が浮かんでくる…そう、僕の聞き間違いじゃなければ、タソガレさんとフェノの二人は『死んだ』って。
けども、目の前には腕を組んで、人を見下した笑みを浮かべたフェノがいて。
「……どういうこと?」
「おやシアム君、元々変な顔が、さらに変になってるようだが。何かの発作かね?」
「変じゃないし発作でもない! あのさフェノ、君が死んだっていうのは本当のこと?」
「ああ、間違いねえ。そこいらで俺のことを聞けば、アイツは死んだ、と返ってくるだろうよ」
「むむむ…」
間違いなく、自分は死んだ、とか矛盾したこと言ってる、と。
……どういうこと?
「僕が知らない、何かの魔法?」
「さてなあ。俺がここにいるのは、俺が知らねえ、何かの魔法、使われてるから、かもなあ」
「あのさあ…どっちだよフェノ」
「さてなあ。俺が知らねえ魔法なら、どっちだと答えられねえなあ」
「あのさあ…」
真面目に質問してるのに、真面目に答える気があるのやら、ないのやら。
どうも後者っぽいフェノは、僕の反応を面白がってるようにしか見えない。
とはいえ、記憶の中には、死んだ人間を蘇生させる、だなんて便利な魔法ないから、その可能性は除外…あ、待てよ! ということはまさかっ!
「分かったよフェノ!」
「何をかね、シアム君」
「君、この家に住み着いた亡霊だね!」
フェノが事実を言ってるとしたら…これだ! これしかない!
そうだそうだ。最初からふてぶてしい態度とってたから気にしてなかったけど、よくよく見ればフェノの顔色は悪い。青白くて不健康そうで、まさに生気が欠乏した亡霊らしい佇まいだ。
加えて、町外れにあるらしい、このお屋敷にいるのも、きっと近隣住人たちに怖がられて逃げてきたからで、僕の息子…精霊石の剣が未練で彷徨ってる、と。
一見すると実体っぽいけど、そういう亡霊いても不思議じゃあないし、紳士っぽい狐な魔物なデボアは、ここで出来たフェノの友人…友人というわけだ。
「あの精霊石の剣と、残された弟がいるから、現世に留まってるんでしょ!」
「は…」
すごい…綺麗に、完全に筋が通ってる! なんという完璧な結論なんだ!
いつからか、フリギアとかフリギアに何度も頭叩かれてきてたから、色々心配してたけど…大丈夫そうで良かった良かった!
「フェノ、安心してよ! 僕、君が亡霊でも助けてあげるからさ!」
「……おたく、本当に面白いヤツだな! 予想の遥か上を行ってくれるじゃねえの」
僕渾身の推理を前に、フェノは嬉しそうに手を叩いて、笑う、笑う……きっと、今まで正解に辿り着いた人がいなくて、寂しい思いをしてたんだろう。
このお屋敷自体も町外れ、国外れにあるっぽいし、周囲は武器の材料になりそうな木ばかりで、人の気配もないし。
「あでも、亡霊だとすれば、殺されたっていう話も数年前とか、もっと昔のことに……だとすれば、未練は僕が作った剣じゃあ…ない?」
「そこまでよ、シアム君」
「へっ? なにが、そこまで?」
「いやはや、実に面白い妄想だったが、残念、不正解よ」
あんなに喜んでたのに不正解っ? なんでさ! というか妄想じゃない! 推理だよ推理!
なんということか、フェノは僕が真剣に考えて導き出した答えを、意地悪い笑みをもって否定してくる。
当然、納得できるわけがない。
「おかしいでしょ? だってフェノ、死んだけど、生きてるって言ったし。つまりそれさ、亡霊じゃん」
「確かに死んだ、が、亡霊とは失礼ではないかね? ご覧の通り、俺はきっちり生きている」
「えええ? 君普通に生きてるの? じゃあなにさ? 実は精霊? でも、性格が悪過ぎるから違うよね…」
ううむ…うむ……む……ああもう分からない!
頭掻き毟りかけて、ふと気付く…もしかして僕、からかわれてたりしない?
なにせ、ここにいるのは普通の人じゃない、性格がねじれ過ぎてるフェノだ。その可能性は…有り過ぎる。
そうだ、僕はこのフェノに騙されて、からかわれてただけなのだ。うん、間違いない。
「もう騙されない、絶対騙されないぞ…」
確信して、ついでに言い聞かせ深く頷いてると、フェノは机に肘突いて掌に顎を乗せて見下ろしてくる。
「くく、これ以上焦らしても仕方ねえ、ここいらで正解を教えてやろうじゃあないか」
「あのさ…思ったけど、僕、君が亡霊でも生霊でも生身でも、やること変わらないんじゃ…」
「まあ聞けシアム君」
「なにさ」
「そうだな…」
聞け、だなんて偉そうな物言いで人のこと遮ったくせに、それからしばし黙ったフェノは、腕を組んで眉を寄せる。
「俺について説明するのは構わねえが、この国のことを少しも知らんシアム君は、果たして理解できるのやら」
「…確かに僕、この国のことそんなに知らないけどさ、なんだろう、すんごく腹立つ」
僕もそう思ったけど、もう少し言い方、あるような。
でも、フェノが今更僕を気遣うような発言しても、多分気味悪いって思うだけだろうし…まいっか。
一方、堂々と僕を貶してくれたフェノは、自分の発言を気にした様子もなく、まあいい、と口元を釣り上げる。
「簡単に説明すりゃあ、ある日襲撃かけられて、タソガレとか名乗ってたジジイは確かに死んだわけだ」
「ふむふむ」
「で、それに巻き込まれた俺は、運悪く生き延びた」
「へえ」
「だが、我が弟に、アイツに顔を見せられねえってことで…」
「うんうん」
「俺は死んだことにしたまま、ジジイの隠れ家でもある、この別荘に落ち延びて今に至る、と」
「ふうん」
「さて、素晴らしく適当な相槌をしてくれたシアム君、端折った説明ではあるが、理解できたかね?」
「多分。つまり…」
フェノ自身が『死んだ』っていうのは、周囲に自分が死んだと思わせてる、ってことだと。
でもって、今このお屋敷にいるのは、弟と顔を合わせられないからで……………なんで?
「あれ、おかしくない? どうして弟に顔を見せられないのさ? 生きてるって知ったら…」
その疑問を口にしかけた僕の前で、フェノの指が左右に振られて、自然、尻すぼみになる。
「鈍いぞシアム君。アイツと顔を合わせらねえ理由は一つ。アイツが、あの馬鹿が、俺とジジイを殺そうと、殺したからよ!」
「……………え」
あんまりにもな発言に、思考が止まる。
あれ? ここまでも結構凄いこと耳にした気がするけど、なんか今、更に凄いこと聞いたような気が…?
「え? フェノと? タソガレさんを? え? どういう…?」
「実に笑える話だろう? この俺が弟に殺されかけた、なんてな!」
「ちょ、ちょっと待って! フェノ、ちょっと待った!」
とっておきの冗談でも放ったかのように、フェノの顔は明るい。
けど、言われた僕は笑うどころじゃない、混乱して、まともに反応することもできない。
「いやはや、普段から無愛想で何を考えてるのか分からねえと思えば、ジジイを罠にかけて殺した上、俺をそのお供にするとはな」
「タ、タソガレさん、息子に殺されたのっ?」
ようやく言われたことを理解できて叫べば、フェノは正解、と言わんばかりに片眉を上げてみせる。
「そして、自分は悠々ジェリスの家長。何度思い返しても、馬鹿馬鹿しい、実に笑える展開だったな!」
「そんなの笑えないって! どうして、皆に言わないのさ! フェノ生きてて、弟に殺されかけたって!」
あんまりな話に身を乗り出す僕と、逆に身を引いて肩を震わせて笑うフェノ。
「言ってどうなる? 再度俺が殺されるだけよ」
「まっさか! そんなことないって!」
「そんなことない? 何故かね?」
「何故って、殺されかけたって言えばさ、皆助けてくれるじゃん」
当たり前のこと言っただけなのに、フェノは馬鹿にした様子で鼻を鳴らす。
「なるほどシアム君、実に田舎モンの発想だ。だが、ここは田舎じゃねえ。幻想を抱きすぎだ」
「そんなこと…」
「あるのさ。俺が生きてると知ったら、数日もせず手を打つのが、几帳面なアイツだ。障害になるモノは可及的速やかに取り除く。実に分かりやすく、実に面倒な性格だろう?」
フェノは自分のことだっていうのに、他人事のように、やれやれ、と肩をすくめてみせる。けど、納得いかない。
「つまり、今度こそ殺されるから、隠れてるってこと?」
「その通り」
「でもフェノさ、やられて黙ってるような性格じゃないよね? どちらかって言わなくても、すぐさまやり返すよね?」
「くくっ、良くお分かりで! おたくが言うように、俺はやられたことを十倍にして返す性分でな」
「十倍って、大げさだなあ」
「いやいや、俺も誰かに似て几帳面だからな、受けた恩は忘れず、きっちり返してやってんのよ」
「うわあ…」
得意げに言うところがまた……やれらたことを根にもって律儀に仕返しするとか、実にフェノらしいけどさあ。
どちらにしても、このまま引き篭り続ける気はないっぽい。
「つうわけで、殺されたジジイのためにも、俺の溜まりに溜まった鬱憤のためにも、このままで良しとはしねえ。そんで色々準備してたら、おたくが現れたってワケよ。理解してくれたかね?」
「うん、よく分かったよフェノ。それとさ…ごめん」
「どうして謝る」
事情を理解できて謝れば、フェノは笑みを引っ込めて、探るような目を向けてくる。そうすると、なんだか威圧されてるように感じるから不思議だ。
今まで人を馬鹿にしきってたっていうのに、突然真面目な顔をされても困るような、ならないような。
「僕、フェノのこと何も知らなくてさ。それで、邪魔しそうになったわけだし…」
「はん! そんなことか。なあに、おたくがサファレを殺しそうになったら、デボアたちが止めただけよ」
「だから殺すとか…」
「それより」
「な、なにさ」
本当に悪いと思って謝ったのに、どうでも良さそうな態度取らないで欲しい。
しかも、悪意滴る笑顔に戻ったフェノは、心底楽しそうに、こっちをじろじろ眺めてくるし。
「おたくよ、田舎モンのくせに、実に没落貴族らしい出で立ちしてるのな」
「没落って、またそれ………服のせいだから」
今度は一体なんなのさ、って思えばコレだ。
「確かに、服がそれなりでなけりゃあ、ただの無個性な小市民にしか見えねえな」
「フェノさ……馬鹿にしてる?」
「馬鹿にだって? まさか! この俺が、ここまで他人を褒め称えるなんざ滅多にないぞ、シアム君」
「…………そう」
本気で心外だっていう顔、しないで欲しいんだけど。
それに、没落云々は、ミノアたちが選んだ服のせいであって、僕自身はこれっぽっちも係わってないし。
だから、褒め………褒められてるようには聞こえないけど…兎に角、褒められても全然嬉しくない。
「それで? この没落貴族姿がどうしたのさ?」
「しかし、こいつは…いけるか? 何も知らん上に、ただの田舎モン、察しも中々悪い。捨て駒と考えれば……問題は…」
「おおい、フェノ? フェノ? あのさ、聞いてる?」
人の話を無視したフェノは、面白いことを思いついたといわんばかりの顔。
その声は小さくて、僕には聞こえてこなかったけど、後半は真面目な顔になってたから、真面目なこと考えてるんだろう。
そうして、しばらく一人呟いてたフェノは、突然身を乗り出すと、改めて僕に視線を合わせてくる。
「さてシアム君、少しいいかね?」
「いいけど……フェノ、さっきから様子がおかしいけど、大丈夫?」
「そりゃあ気のせいよ。さて、再度確認するが、シアム君はアイツから剣を取り戻したい。そうだな?」
「う、うん。出来れば、だけど」
雨風が一層強くなって、フェノの背後にある窓が、大きな音を鳴らす。
「よろしい。なら、ちょいとばかし、協力してくれるな?」
「協力…? あの剣に対抗できる武器、作れって?」
「いんや。生憎だが、俺は争いごとが不得意なモンでな…それより、もっと面白いことよ」
俺にとっても、おたくにとっても。
轟音と共に、窓の外が光り輝く。続いて、雷鳴が遠くに響き渡る。そんな荒れた天気を背に、不敵な笑みを浮かべるフェノ。
………なんだろう、とっても禍々しいんだけど。




