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婚約破棄の瞬間、前世が戻りました ~元女子高生、今世は自分のために生きます~  作者: 楠木 悠衣


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第4話 不器用な人

 その日の訓練は、昼前まで続いた。


 ――結果から言うと、エレーナは三回暴発しかけた。


 一回目は風。


 二回目は光。


 三回目は、庭の噴水が突然真上に吹き上がった。


「なんで水まで反応するんですか……」


 エレーナは噴水の前で頭を抱えた。


 髪の先が少し濡れている。


 さっきまともに水を浴びたせいだ。


 対するヴァルターは、ほとんど表情も変えずに言った。


「相性だろうな」


「便利な言葉みたいに使わないでください」


「実際便利だ」


「納得いかない……」


 ヴァルターは軽く息を吐いて、噴水の縁に腰を預けた。


「お前の魔力は、感情と連動しすぎている」


「そんなに感情的に見えます?」


「見える」


 即答だった。


 エレーナは微妙な顔になった。


 前世の菜月としては、わりと冷静な人間だったつもりなのだ。


 感情を出すのも得意ではなかった。


 でもヴァルターは首を横に振った。


「違う。抑えているだけだ」


 その言葉に、エレーナは少し黙った。


 ヴァルターは続ける。


「抑え込んだ感情は、内側で圧になる。お前の魔力はそれに反応している」


「……つまり」


「我慢癖が悪い方向に出ている」


 エレーナは思わず目を逸らした。


 心当たりが、ありすぎた。


 前世の菜月は、ずっとそうだった。


 空気を読んで、期待に応えて、余計なことは言わない。


 そうしていれば波風が立たないから。


 今世のエレーナも、たぶん同じだ。


「じゃあ、どうすればいいんですか」


「出せ」


「雑」


「本質だ」


 またそれだった。


 エレーナは半眼になる。


「閣下、説明が大雑把すぎません?」


「細かい説明をしても、お前は頭で理解しようとするだろう」


「……はい」


「今必要なのは感覚だ」


 ヴァルターはそう言って、エレーナの額を軽く指で叩いた。


「考えすぎるな」


 コン、と小さな音。


 それだけなのに、エレーナは妙に固まった。


 近い。


 昨日から思っていたけれど、この人、距離感がおかしい。


 いや、たぶん本人に悪気はない。


 本当にないのだろう。


 だから余計に困る。


「……お前」


「は、はい」


「今、妙なことを考えただろう」


「考えてません」


「顔に出ている」


 ヴァルターが淡々と言う。


 エレーナは反射的に頬を押さえた。


 そんなにわかりやすいだろうか。


 前世ではむしろ「何を考えてるかわからない」と言われる方だったのに。


「魔力持ちは感情が表に出やすい」


「便利ですね、その設定」


「設定ではない」


「すみません」


 なんとなく怒られた気がして、エレーナは素直に謝った。


 ヴァルターは少しだけ沈黙したあと、ふいに言った。


「……前世でも、そうだったのか」


「え?」


「感情を抑える癖だ」


 予想していなかった問いに、エレーナは瞬きをした。


 ヴァルターは庭を見たまま続ける。


「お前は妙に慣れている」


「慣れてる?」


「無理をすることにだ」


 その言葉は、不思議なくらい静かに胸へ落ちた。


 エレーナはしばらく返事をしなかった。


 六月の風が吹く。


 白いルクレツィアが揺れていた。


「……そう、ですね」


 ようやく声が出る。


「前世では、頑張ることしか取り柄がなかったので」


 言ってから、自分で少し驚いた。


 こんなことを口にしたのは初めてだった。


 ヴァルターは何も言わない。


 ただ黙って聞いていた。


「勉強して、期待されて、ちゃんとしなきゃって思ってました。そうしてれば、必要としてもらえる気がして」


「結果は」


「死にました」


 あまりにもそのまま言ったせいで、逆に空気が止まった。


 エレーナは苦笑する。


「いや、笑い話じゃないんですけど」


「……そうだな」


 ヴァルターの声は低かった。


 怒っているようにも聞こえた。


 誰に対してなのかは、わからないけれど。


「でも今は、少し変えたいと思ってます」


 エレーナは庭の花を見る。


「楽しいことを探そうって、昨日決めたので」


「楽しいこと」


「はい」


「見つかったか」


 エレーナは考える。


 まだ一日だ。


 人生を変えるには短すぎる。


 でも。


「……花の名前を知れたのは、ちょっと嬉しかったです」


 ヴァルターがこちらを見た。


 エレーナは少し笑う。


「ルクレツィア。綺麗な名前だったので」


 数秒、沈黙。


 それからヴァルターは、小さく息を吐いた。


「お前は変なやつだな」


「よく言われます」


「いや、言われていないだろう」


「……どうしてわかるんですか」


「お前は、“そういうふうに振る舞っていた”人間だ」


 エレーナは目を丸くした。


 この人、ときどき妙に鋭い。


 ヴァルターはそれ以上追及せず、立ち上がった。


「今日はここまでだ」


「え、もう?」


「初日にやりすぎると倒れる」


「前世の受験期みたいなこと言いますね」


「受験がなんなのかは知らん」


「そうでした」


 エレーナも立ち上がる。


 するとその瞬間、ふわりと眩暈がした。


「あ」


 足元が揺れる。


 倒れる、と思うより先に、腕を掴まれた。


 強い力だった。


 気づけば、エレーナはヴァルターの胸元にもたれかかる形になっていた。


「……立てるか」


 頭のすぐ上から声が落ちてくる。


 近い。


 昨日より近い。


 エレーナは一瞬、思考が止まった。


「……お前」


「ち、違うんです」


「まだ何も言っていない」


 淡々と返された。


 エレーナは耳まで熱くなる。


 たぶん魔力のせいじゃない。


 ヴァルターはそんな彼女を見下ろして、ほんの少し眉を寄せた。


「顔が赤い」


「だからそれを言わないでください……!」


 思わずそう返すと、ヴァルターは一瞬だけ目を見開いた。


 それから。


 本当にわずかに、笑った。


 昨日より、はっきりと。


 エレーナはその顔を見て、息を呑む。


 この人、ちゃんと笑えるんだ。


 しかも思っていたよりずっと、柔らかく。


 その瞬間だった。


 どくん、と。


 体の奥の魔力が、大きく脈打った。


「っ……!」


 空気が震える。


 庭木がざわりと揺れ、白い花びらが一斉に舞い上がった。


 ヴァルターの表情が変わる。


「エレーナ!」


 次の瞬間、エレーナの視界は白く弾けるのだった。

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