第二幕
一人旅という言葉でいえば格好がいいかと思うが、実際はもっと地味なものだ。
土壌を採取し、サンプルの汚染数値を落とし込んでいくことが作業の流れで、数百メートル歩いてはサンプルを摂るという地道な作業の連続だ。
わたしの荷車には簡易な通信機器が一つと二週間分の携帯食料、寝袋とスコップなどのを詰めた軍用品だけと質素なものであった。荷車にはかなりの余裕があったが、避難民が置いて行ってしまった物資は自由に使ってよく、場合によっては資源になりえる物は持ち帰るようにとの指示をもらっている。このため、領地内における特権許可証まで貰っている。
わたしが最初に出会ったのはコンクリートの瓦礫の山の街跡だった。北西に伸びた基幹道路はかつて海の方まで続いていただろうが、今では点在するビルの瓦礫で阻まれ、一種のコンクリートでできた森であった。
幾度となく、穴の開いたかつての道路を歩き、点在する瓦礫をよけ道を作って進んでいた。彼方此方に人の形をした灰の塊を見かけるが、それを供養する事はできない。
完全な腐敗が起こらずそのままに残っているモノもあり、内臓のみ溶けだしたり、内部にたまったガスによって周囲に粉塵をまき散らしたりと、わたし自身を害する事があるためだ。少量であれば問題はないものの、それが幾重にもあるとなれば話は別だ。
大戦の衝撃を物語るのは人の遺体だけではない。かつてあったコンクリートと鉄筋で作られたビルは、木々が大風でなぎ倒されるかの如く折り重なり、軽金属でできた車などは一部融解し地面に溶け出し、水たまりの様に再度冷え固まっていた。
いずれ、そう遠くない未来に、わたしの地図をもとに少しずつ解消されていくのだと感じると、この仕事におけるやりがいというものを見出す事ができる。彼らの供養はその際に行うしかあるまいと心に何度も言い聞かせながら先を進む。
この、かつての街というのは、街道から派生したつくりになっていて、さらに小道によって一つの区画を作り出す。大動脈に毛細血管がある様に作られたその街の廃墟はかつての人間の英知の結晶であったことを物語っていた。
少し街から外れるとあるのは農場になってくる。こちらは、建物がそのままのこっていたり、一部分だけ残っていたり、煙突だけ残して粉砕されていたりする。
雑草の類が昔はえていたなごりなのだろう。変色したその雑草や藪は、わたしが通る度に紙屑のごとき音を立てた。
この大地には何もかもが悲壮感にあふれ、得体の知れない不安感を同時に掻き立てる風景だ。
人々の生活は一瞬で失われた。それを実感するに難くないこの風景をわたしはただ眺めるほかに手立てはないのだ。
農場の先にあまり人が立ち入りたがらないだろうという雑草と藪の先に、ぽっかりと、まるで人が作ったような円形の空白地がある事が遠目で分かった。
はじめは大戦の爆発物の影響かとも思ったが、近づくにつれてそれが穴ではなく、黒ずんだ大地である事が分かった。
二、三十アールほどあるその黒ずみは、他の大地と違い、灰の降り積もった形跡もなく、ひどく不釣り合いな状態であった。木々や雑草なども一本も生えていないそこは、まるで故意に焼き払われたかのような印象を受ける。確か昔の農法に焼き畑というものがあったという。そういう物の残滓なのかもしれないと思い、その時はその不気味な染みのような大地の横を通り過ぎた。
本来であれば、陽が高く上る頃だというのに、濃い霧が辺りには立ち込め視界を塞ぎ始めていた。
この辺りは湿地帯なのだろうか、特有の蒸し暑さを感じるとともに、行く手を阻むようにそびえる藪に苛立ちを感じながらわたしは歩みを進めた。
地図作成の作業をするにあたり、ある一定の距離を中心に行った方が都合がいいことから、わたしは拠点となるだろうとあたりをつけていた場所があった。それは、領主から写しをもらった地図にあると記載のあった小屋で、丁度わたしの担当するエリアの尤も北西にあたる場所に位置し、かつての農地の地域をまわるのにうってつけだと思っていた地点であった。
ここまで、昨晩何もない所にテントを敷いてから休んでから、丸一日歩き詰めだったこともあり、くたびれた感じがあったわたしの目の前に、その小屋は現れた。
小屋というのには少し豪華な感じだろう。おそらく長い間誰かが住んでいた家なのだろうか、暖炉に続くと思われる煙突も、窓を閉ざしたままの鎧戸も深く雪にでも覆われた様に灰が積もっていた。
入口を見渡すとどうやら鍵もかかっていないようである。表札にはジム・シウナーズと書かれている。
大戦に伴い多くの人が避難するために、必要な貴重品だけをもって皆、車に乗り込んだ。またいつか戻るかもしれないと、または誰かが逃げ込めるようにと、扉を閉めないで出ていく者もいた。実際、わたしの実家にあたるムンバイ(かつてのインド西部の街)でも多くの人がそうしたのを見ていた。
そっと扉を押すと、軋みを上げながらもわたしのこと歓迎するようにその口を開けてくれた。




