第一幕
わたしが、『羊』(軍の中にあって物資・人員の集積・配送を行う兵站部門で、羊の面をかぶった者)たちから命令を受託したのは、三日前の時で、まだ軍の所有する野戦病院にいた時だった。なんでも、ニーレンバーグ領の領主から調査依頼を受けており、未調査地域の中で、新たな農地の確保ができる候補地選定に際して、地図を作成してほしいとの命だという。
皇国は教会から指名された教皇をいただきとする宗教国家で、国はいくつかの領地によって分割統治されている。このニーレンバーグも同様に統一歴が始まる大戦終結から土着の信仰を支える者として選出されている。その信仰は、火を信仰するものであり、かつてあったゾロアスター教に由来するという。しかし、その領地には魔女の伝説や、魔獣といった特有の伝承を持っていた。子供たちの中にはそれらを好む者も多く、人形劇などで多く演じられる演目である。
地図の作成とは、この残った大地でどこまでがまだ使えるのかを探るために必要な作業であったが、宇宙からの目がなくなって久しいわたし達人類には、大地を歩き、自分たちで探るしかない。たとえ、放射能の数値が高い地域であろうと。
それらを色分けし、のちに農作業地として転用可能な場所を見つけるためには必要な作業だったが、統一歴八年という人々の一致団結を謳ったあの日からでもまだ、このアンブロ島は内戦の状態であり、それほど人員が割けないのが実情だったようだ。
しかし物資の安定確保のために未開拓地の利用は喉から手が出るほど欲しい情報であるため、傷を負った軍人であったわたしにその任が回ってきたということだ。
尤も、過去に二度、偵察任務で地図作成をしたことがあり、緻密にスケッチした内容などが『羊』たちから非常に気に入られたことを覚えてる。今回の仕事にしたって、その『羊』からの依頼であったことは、過去の件と因果関係があることだろう。
このニーレンバーグ領は、皇国の北西端に位置し、海に面した断崖が特徴的ではあるものの、かつては豊かな農村地帯だったと聞く。そのため郊外に離れたこのネブーロに着くまで前線のオーブルからここまで休みを挟まずに三日もかかってしまった。
この仕事をするにあたり、放射能に対する対抗値を示すリコ値(あるいはリコ親和度)を測定された。
損傷・病を塞いで治すの英語の頭文字をとって使われるそれは『R.I.C.O.』通称、リコと呼ばれる薬の投与による細胞の親和度のことを示す。細胞核に対して放射線が与える影響は、細胞の異常増殖、細胞の不活性または細胞の死滅であり、多くは其れにより多臓器の不全を起こす。しかし、この薬は、定期的投与が必要であるものの、細胞の損傷を元に戻すための蛋白質でできたマシンで構成され、体内に多く摂取しても問題ないと皇国の技術部の肝いりの研究結果である事から、皇国人であるわたしにとっては、この五年間馴染みにのある薬であった。
この薬は、左手を負傷し欠損したことから、前線より離れることとなったわたしが、前線で腕でも持ち帰ってこれれば、時間はかかるものの、再び前線にまた戻れるほどに回復せしめるほどの快復力を有している事だろう。
しかし、あの市街戦でその余裕はなく、意識が戻ったのも病床の上であったのだから悔やんでも仕方がなかった。今の技術では、失った左腕を復元することまではできないことを知っていたため、わたしはいま与えられた指令を誇らしく思えていた。
事前にリコ値を測定されるということは、現状から長期間の作業になることを示唆しており、値が低ければ継続投与の期間がすぐ来てしまう事になる。概ね三週間程度に一度のペースでの投薬が必要であり、薬とは言っているが二時間ほどの点滴として血管に直接投与される形となっている。
わたしは、病床で既に投薬されていたため、八十(概ね十六日程の猶予があることになる)の数値を示し、十二分に時間があることを証明して見せた。
ニーレンバーグ領の都市ネブーロの中心に質素に構えられた領主の邸宅についたのがつい先ほどであったわたしを、領主のランドルフ・S・ニーレンバーグは大変喜んだ表情で、出迎えてくれた。
土地的に帝国との戦闘がない地域ではあるものの、教会への教義を完全に取り込んでいないこの土着の信仰は、皇国への協力という形で皇国に属す事を許可されている。
しかし、ネブーロの都市内で作られいる作物などを生産するので手が取られている状況で、遅々として新たなる開拓地の選定が行えないのだという。
かつては肥沃な大地に、海からの温暖な気候もあり年中色とりどりの野菜、果物、畜産など多岐にわたる経営が可能だったというが、今では限られた都市のドームの中だけでしか行えない。ドームの外で海風を電力に変える風力発電施設が生産の要であり、地下水のくみ上げから施設の維持管理までを行うため、あまりにも諸々が「足りない」と領主は嘆いていた。
ニーレンバーグ領自体はそれほどの広さがある訳ではないが(約五十平方キロメートル程度の平地で、海に面しているが断崖になっている)かつての都市の残骸などが邪魔をしている中では、多くの調査員を派遣できないことが伝えられた。私を含めて各方面(北、北西、西の三地点)に一名ずつの派遣が『羊』の好意でかなったのだという。すでに二名は出発しており、期限は十四日以内に候補地を見つけることである。
わたしはこの話をもらった時、喜々として快諾をした。というのも、わたしが大戦時にはまだ中等学生だったが、図を見ることが好きで、将来の職業として国土地図局『アモン』を志望する程度には興味があったからだ。しかしその夢はあの大戦で消え去ったのだが。
こうしてわたしは、この荒れた大地を探るために、一人で荷車を押しながら彷徨うこととなった。




