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Act of Violence 7月-4-

 粗い呼吸をしていた。蒸し籠った息を落ち着きなく吐き出している。肩は上下に大きく動き、額に浮いた汗を腕で擦り拭っていた。


 このまま三本目に入るのかと、徹夜は見守るしかできない苛立ちを覚えていた。


 綾乃は背筋を伸ばして真っすぐに立ち、中央に居た。


 審判も手を振って催促している。サナは二三歩ほど外れた位置で、胸と腰に手を当てていた。受け身はとれたのだろう。それでも木床に勢い殺せずに叩きつけられていた。響く痛みは相当であろうとテツトは推し測る。


 何より、二戦目のラッシュに疲れたのか。終盤は雑で無造作な攻撃がかなり含まれていた。呆気ない。それが二戦目のテツトの感想だった。


――このままでいいのか?


 サナは呼吸を深く、ゆっくりと吐き出すように変わっていっていた。


――このままで悔いはないのだろうか。


 テツトはサナをじっと見つめている。バンテージを巻いた右拳を、開き閉じを繰り返していた。視線は、その拳に向けられている。サナの呼吸が槍の穂のように細く研ぎ澄まされて、洗練されていくようだった。瞳も清澄にして、背筋を震わすような殺気が宿っている。

 そしてゆらゆらとした足取りで、綾乃の待つ中央へと歩んだ。


 審判の手が上がった。三本目が開始された。


 先に動いたのは、やはりサナだった。身を屈めさせて、綾乃の腕の下をくぐるようにして、背後に回り込み、背中をとった。腕をまわして、両腕で腰を締め付けるようにして捕らえる。自身の両手を掴みあいかっちりと噛ませる。

 そのまま綾乃を持ち上げ真後ろに投げ飛ばさんと、背を反らした。

 綾乃は宙に浮いた脚をばたつかせながら、サナの手に肘を打ち付けて解いた。勢いは殺されて、綾乃の両足は床を踏んだ。彼女の手首は捻りを加えられた状態で、サナに握られていた。

 速やかにサナが掴んでいた綾乃の腕を引い抜いた。綾乃の身は流されるように反転した。無防備のままサナに正対する。

 サナは飛んでいた。右膝を鏃の如く剥いて、綾乃を狙っていた。

 間髪の綾乃は上体を反らして、直撃をかわした。だが、右肩にサナの脛が刺さっていた。

 

 よろめく綾乃に、サナは呻く暇に与えなかった。右手を掴み捕り、捻り捩じり上げると、手首と肘の関節を極め、更に右肩をぐいと押しやる。肘が不自然につり上がり、肩もぎちぎちと音を軋ませているようなほど押し込まれている。綾乃の顔は歪み空いている左手や体配で解こうと試みているようだった。サナはそれを許さなかった。

 

 体重の負荷を感じ取ったのだろう。サナは右足を振り上げてから、綾乃の両足首を狙って振り下ろし刈った。

 綾乃の足が宙に上がった。そのまま自重に任せて背中から倒れ込んでいく。

 サナはそれより先に、絡みつけた綾乃の腕を床に押し付けんと、ぐいと身体を入れて圧をかけていた。


 二人が倒れ込む。仰向けに倒れ込んだ綾乃の口が大きく開いた。叫び声が響いた。


――二人とも横浜で古武術の道場に通っていた。


 綾乃が柔道のような綺麗な投げを主にして試合で披露しているため、その延長線上であるとテツトは考えていた。方から肘、手首までをサナは壊しにいった。テツトの背に冷たい汗が流れた。隣からも厳しい眼光を感じている。声をかけられない限りは相手しないと努めて堪えた。


 審判が綾乃の側に寄った。サナには距離をとるようにとの指示を出している。サナは数歩ほど下がって、両手を垂らしてじっと綾乃の様子を見つめている。双眸は尚も玲々と鋭い。


 よろよろと右肩を押さえながら綾乃が立ち上がった。場内からは拍手が聞こえてきた。


「続けさせて」


 その中でも、彼女の芯のある声が聞こえてきた。一瞬、サナがニヤと口角を釣り上げて笑んでいたように見えた。


 審判が両手を振り交差させる。続行の合図である。綾乃は顔を歪めながら、構えをとる。彼女の佇まいに重さが見受けられない。テツトにでもそれが判るほど、痛みが走っているのだろう。


 サナも半足ほど引いて身構える。それから綾乃に近づいていく。間合いを鑑みての距離感なのだろう。身丈ほどの間をとった。


 牽制のためだろうか。前蹴りのモーションを仕掛けて、サナが右足を振っている。その度に、綾乃がビクと反応を示して、後退する。


 何度目かの牽制の後、綾乃が動いた。片足のふら付いているサナに向けて左手を伸ばした。

 サナには余裕があった。その左手を捕らえて、前のめりとなった綾乃の身体に腰を入れて押しあえる。先ほどのお返しとばかりに、背に負うようにしてから逆さまに落とす。そうやって綾乃を床に叩きつけた。


 どよめきが沸いていた。綾乃を見下ろすサナの姿に視線は注がれていた。三白眼で睨むように綾乃を捉えている。扇を逆手に持っていた。振り上げるような気配はなかった。綾乃は肩を、腰を打ち、ぐしゃと顔をゆがめている。動きは鈍かった。


「秋庭! 待て!」


 再び審判の声が上がった。


「不要の攻撃と見なす。次おこなえば、厳重注意として、失格とする」


 審判がサナを指して宣言をした。サナは下唇を刻ませるように息を吐いた。

 波のように上下する肩が大きくなっている。そして、呼吸が粗く早くなっている。浮かび上がった汗を腕で拭いやった。扇を広げて、軽くあおぎもしている。


 綾乃が立ち上がる。試合続行の確認を取られていた。彼女は首を縦にして頷いた。手首の様子を確かめ、肘を曲げ伸ばしをして、最後に右肩をまわす。痛みが雷のように走ったのか、呻き声を上げていた。


 改めて、試合再開の合図を出した。サナは扇を右手に順手で握った。綾乃も両手を明かして、サナに正対する。


 右へ左へと位置をずらし、互いに隙を伺う。にじり寄れば、同じ幅だけ後退する。牽制には反応しない。両者ともに、視線をぶつけ合ったまま、逸らすこともない。


 ぴたりと二人の動きが止まった。

 張り詰めた糸のような静寂が訪れた。


 風が吹いた。それでも二人は動かなかった。観客席も、咳一つ聞こえてこない。息を殺して二人の行く末を見守っている。


 陰りが濃くなった。武徳殿の中も暗くなっていた。窓奥より雲が流れているのが見えた。切れ目から階段のように光が下りている。


じっくりと雲の裂け目が開いていく。外では光が広がっていき、まもなく武徳殿にも届く。


――そして、光が二人を射した。


 双方ともに床を蹴った。


 綾乃はサナの襟首を捕まえんと手を伸ばし、サナは綾乃の頭に一撃を加えんと扇を振り下ろす。

 これは同時に身体を捻り、あるは背を反らして交わした。

 間を置かずに、再び仕掛け合うが、共に合わなかった。

 決着の一本は入らず、攻防はしばらく続いた。


 舌打ちが聞こえた。歯を軋ませるほど喰いしばり、激烈な形相に強張らせたサナが、手を変えてきた。


――急いている。


 彼女の苛立ちはテツトに届いていた。中腰になっていたが、かけてやるべき言葉が見つからない。


 綾乃の手をかわしたサナは跳ね飛びあがり、宙で右脚を振って、膝を剥いた。狙いはまたも右肩だった。

 深く刺さった。綾乃が体勢を崩して膝立ちとなった。両手は床に着いている。

 見逃さず、サナは扇を振るい落とした。


――これで決まり。


 テツトは握り拳を強く締め込んだ。


 しかし、綾乃はサナの手を払い、直撃を避けた。軌道が逸れても尚、サナは諦めなかった。扇は綾乃の肩を斬り込んだ。


 一歩だけサナは距離を取った。口を開いていた。空を割らんばかりの裂帛の気迫が響き渡った。テツトにまで音の震えが届いてきた。


 サナが選んだのは膝蹴りだった。綾乃の顔面を定めて、鋭角に突き出した。


 綾乃は身体を傾けた。直撃から逃れるだけか、テツトはそう思った。


 掴んでいた。サナの膝を右肩に刺したまま、脚を抱きかかえるようにして捕まえていた。


 サナの身体が浮き上がった。綾乃の両肩に渡るようにして担ぎ上げられていた。吽と言葉に成らぬ音を出して、綾乃は背を、膝を伸ばして立ちあがると、左肩を下げて、サナの頭から床に突き刺すように投げ落とした。


 咄嗟であっただろう。サナは首を丸めて、なんとか背中から、受け身をとれる姿勢で床に落ちた。ダンと重い音が鳴り渡った。


「一本、それまで」


 審判の手が挙がっていた。


 瞬間的に、テツトの力が抜けた。だらりと両手が垂れ下がった。


 サナの敗北が決まった。

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