ハッピーエンドは包丁で?
あまりの展開に頭がついてこれなくて、口を半開きにしてセディール兄さまを見ていると、彼はわたしの前に跪き、わたしの手をその美しい唇に恭しく押し当てた。
胸の鼓動が激しくなって、手が焼けるように熱い。
「高熱にうなされ死の床についていたわたしは、薄れゆく意識の中で思ったのだ。わたしの人生で一番の宝はなんだったのだろうか、と。浮かんだのは、アナベル、君の姿だった。初めて会った『緑の風亭』での、飾り気のない服を着ていながらも凛として頭を上げ、突然現れた貴族の前でも気品を失わずに対応する気丈な姿や、我が屋敷にやってきてのびのびと過ごし無邪気に笑う姿、そして失敗して濡れた子猫のようにしょんぼりして口をへの字にする愛らしい姿も、すべてわたしの宝物だったのだよ」
伯爵家にやってきてから、常にわたしの側にいて見守っていてくれたのは、セディール兄さまだった。ベソをかくわたしを優しく慰めてくれたのも、お転婆が過ぎてカティに叱られたわたしにこっそり飴玉をくれて、それに気づいたカティに叱られてしまったのも、お部屋に突撃してペラペラと喋って笑って泣く騒々しいわたしを面白がって笑ってくれたのも、兄さまなのだ。
「わたしは、『王家の至宝』のアナベル姫ではなく、ちょっとやんちゃな普通の女性であるアナベルのことがとても大切だし、一生大切にしたい。どんな顔のアナベルも愛しているのだ」
「兄さま……」
「アナベル、今、この場から、わたしは君の兄がわりではなくひとりの男性だ。名を呼んでくれ」
「……セディール……わたし、わたし……」
兄さまが、そんなことを考えてくれていたなんて!
だから、病気から回復した時に、兄さまの……セディールの様子が突然変わったのね。
あまりの嬉しさにわたしが目を潤ませていると、エルスタン国王が言った。
「な、なんと! しかし、アナベル姫にはぜひとも、我が国の……」
「いや、それならば我が国の王子との話も考えてくれないだろうか?」
「我が国にも、たいそう優れた王子がいるのだが。優しく穏やかな殿下はきっとアナベル姫を大切にするぞ」
「リシュレー殿、そのような抜け駆けをなさるのなら、黙っているわけには……」
あたりから抗議の声が次々と湧き起こる。
冗談じゃないわ!
今、セディール兄さまとの両想いがわかったところなのよ!
感動のプロポーズを、優しくて頼りになって、とびきりのカッコいいイケメンである、わたしの大大だーいすきな、愛する男性からしてもらったところなのに、外野がガタガタうるさいわよ!
「セディール、わたし……」
わたしは彼の手をぎゅうっと握り、立ち上がってもらった。
あら、セディールの手はこんなにも大きかったかしら?
それに、骨ばってごつごつして、わたしの手とは違う男性らしい手だわ。やだ、なんで今こんなことに気づいちゃうの? なんだかドキドキしてきちゃうじゃない。
「あ、あの、突然のことで……」
「アナベル姫、どうか一度我が国にご訪問を!」
「驚いたんだけど、でも、ね……」
「我が国の皇太子はたくましく優しく、勇敢で」
「すごくね、すごく嬉しい……」
「絶対に姫とお似合いなのです! どうぞ、アナベル姫、一目でいいからお会いになってください!」
「わたしも、セディールのことを……」
「アナベル姫ーっ!」
「……」
うるさいわ。
うるさいわうるさいわうるさすぎるわ!
今、ものすごくいいムードなのがわからないの?
背景に薔薇の花を咲き誇らせて、キラキラとエフェクトをかけるところよ。
それなのに、他の男性と会ってみろ、結婚してくれ、ですって?
「アナベル姫!」
「アナベル姫!」
「アナベ……」
わたしは両手でセディールの手をしっかりと握って離さないようにすると、まわりの騒音を発する人々に氷点下の視線を向けてぐるっと見回した。
「わたくしの邪魔をするということが、どういうことなのかおわかりでない? おわかりでないの? そう、それではご覚悟なさってくださいませ。みなさまをまとめて捌いて骨と肉と内臓に分けて凍らせて、そのままお国にお返しして差し上げましてよ!」
悪役令嬢のパワーを炸裂させて超上から視線で見渡して、唇の端をにいっと持ち上げた。
「わたくし、包丁捌きにはたいそう自信がございますの」
「ひっ!」
いつのまにか迫ってきていた人垣が、一斉に引いていった。
皆、真っ青な顔をしてガタガタ震えている。
「な、や、いや、その、」
「も、もうしわけ、な、」
「そ、そんな、つもりでは、」
あわあわと口ごもる他国の客人から目を逸らし、事の元凶である国王を見た。そして、低い声で、できるだけ優しく言った。
「へーいーかー……」
「い、いやその、だから、わたしはアナベル姫と、この国の、将来を思ってだな」
「ケインさまとのお話は、確かお断りしておりましたわよね?」
「そそそそうだったかな、そんな気もしてきたな、うむ、」
「まあ、陛下ったら、うっかりお忘れになってしまいましたの? 仕方のないお方ですわね」
わたしが口元に手を当てて上品に「ほほほ」と笑うと、国王は「うむ、そうだな、仕方のない国王だな、うっかりするなどとは困ったものだな、は、は、はは」と汗をダラダラと流しながら言った。
「思い出していただけて、たいそう嬉しく存じますわ。お祖母さまのように駆け落ちしなければならないかと思ってしまいましたもの……」
すると、わたしの手を引き寄せて、セディールが言った。
「アナベル、君がそうしたいなら、なにもかも捨てて新天地で所帯を持つこともやぶさかでないよ」
「まあ……」
「君さえいれば、どこにいてもわたしは幸せだからね」
セディールが、わたしの手を握り返しながら優しく微笑んだので、わたしは「うふふ、嬉しい。小さなお家でも幸せよ。わたし、セディールのために美味しいものをたくさん作るわね」と答えた。そして、もう一度周りを見回した。
「なにかおっしゃることがございまして?」
すると、目があった人が口々に言った。
「ア……アナベル姫、その、いえ、おめでとうございます!」
「おおおおめでとう、アナベル姫、リシュレー殿、おめでとう!」
「どうぞお幸せに! ご家庭で包丁を、どうぞご家庭で、お振るいください!」
「いやあ、め、めでたいな、これはめでたい話だ!」
若干のひきつりはみられたけれど、大きな拍手とお祝いの歓声が起こったので、わたしはにっこりと笑い、そしてセディールに「ふつつか者でございますが、慎んでプロポーズをお受けいたしますわ。……わたくしも、愛しております」とアイスブルーに輝く瞳に向かって答えた。
「ほほほほほ、陛下、大変よろしいのではなくて?」
笑顔で国王に話しかけたのは、ゼールデン国王太子妃のミレーヌさんだった。
「アナベルさんは、リシュレーさまが病に倒れたのを見て、それは必死になって治療法を探り当てた上に、単身ドラゴンに立ち向かって行かれたのですわよ。これを、愛の為と言わずしてなんと言いましょう? そう、アナベルさんのリシュレーさまへの愛が、この国を恐ろしい病より救ったのです! まさに、愛の奇跡なのですわ、なんという素晴らしいことなのでしょう!」
さすがは、ゼールデン国の『救国の聖女』、高飛車王太子妃のミレーヌさんだ。よく通る声でされた宣言は、皆の心を貫いた。
「皆さま、偉大なる愛の力を讃えましょう!」
「……そうだな。ミレーヌ王太子妃殿下の言う通りだ」
「おふたりの深い愛が、エルスタン国を救ったのだ」
「アナベル姫、リシュレー殿、万歳!」
「万歳!」
こうして、今度は混じりけないお祝いの歓声に包まれながら、わたしとセディールは見つめ合い、そっと唇を重ねたのであった。
「で、なんでパレードになっちゃうのよ、ミレーヌは話を盛り上げすぎよ!」
「あら、そうかしら」
艶のある赤いフリフリドレスを着たゼールデン国の『救国の聖女』が、可愛らしく首を傾げて言った。
「でも、恐ろしい病からの復興を計るのに、パレードは効果的だと思うわよ。国民の士気が上がるし、お祭りで経済的にもいい効果があるし」
「まあ、そうだけど」
ふんわりピンクのフリフリドレスを着たメイリィさんが、肩をすくめた。
そう、今日は『救国の三人乙女』による、大パレードが行われるのだ。最初は、わたしとセディールの結婚パレードをするっていう話だったけれど、それはあまりにもこっぱずかしいのでやめてもらった。だって、巷では『王家の至宝』英雄譚(セディールとの愛のドラマ付き)が流行っているのよ! 某テーマパークのアイドルキャラクター以上の人気者キャラになっちゃったんだから。
パレード開催の噂が流れてしまったので、仕方がないので我ら『救国の三人乙女』がパレードの主役を務めることになった。
うん、セディールとふたりでやるより、ずっとましよ!
だって……ほら、恥ずかしいんだもん。
わたしは、金の刺繍が散りばめられたゴージャスな青いフリフリドレスを着ている。
仕度ができたところに、レンドール王太子とセディールがやってきた。
「アナベル、今日も最高に可愛いね」
「あん、セディール、口紅が落ちちゃう……」
ベタ甘星人に変貌したわたしの婚約者は、遠慮なくわたしの身体を引き寄せると、熱く口づけた。レンドール王太子も負けじとミレーヌに口づけ、メイリィが「ちっ、リア充爆発しろ!」とやさぐれた……って、ミレーヌさん、そんな言葉まで教えてるの⁉︎
「行っておいで、わたしの美しい宝石姫」
甘く囁くセディールに見送られて、わたしたちはパレードの馬車に乗りこむ。
「ねえ、アナベルさんたちの結婚式にも、やっぱりパレードをやってくださらない? ふふ、見に来ちゃおうかしら」
「ええっ、この一回で充分よ!」
半年後に、わたしはセディールと結婚する。今も伯爵家で一緒に住んでいるんだけど、結婚するまでは純潔を守ってくれる……はず。たぶん。きっと。
セディールったら、本当にベタ甘星人なんだもん。
でも、わたしはとても幸せだ。
わたしの初恋は、とびきり甘くて素敵なものになったのだから。
恋を知らないまま生涯を終えた浅田莉緒は、アナベル・リシュレーになるのだ。
神さまありがとう。
わたし、幸せになりました。
「さあ、パレードの始まりよ、スマイルスマイル!」
馬車が走り出し、わたしたちは笑顔でエルスタン国の人たちに手を振った。
fin.




