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【書籍化】腕利きシェフは『王家の至宝』⁉︎〜悪役は恋しちゃダメですか?2〜   作者: 葉月クロル


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国の誇りになりまして

「『王家の至宝』アナベル姫ーっ!」


 割れんばかりの拍手喝采の中、最後の最後に名前を呼ばれたわたしは、戸惑いながら王宮のホールへと続く扉を抜け、赤い絨毯が敷かれた花道をひとり進んだ。


 ねえ、わたしがゼールデン国の貴賓よりも後に呼ばれるなんて、順番がおかしくない?

 これじゃあ、ミレーヌさんたちよりも身分が上になっちゃうんですけど……。




 そう、王宮の広いホールで、今回の『悪魔の天秤』騒ぎを片付けた功労者への表彰及び勲章の授与が行われようとしているのだ。

 もっと落ち着いた式典だと思っていたら、とんでもない大イベントだった。夜会の開かれる巨大なホールに、国中の貴族が集まり、各界の著名人とか他国からの参列者とか、とにかくえらい人数が集まった大騒ぎになったのだ。


 その理由は、ドラゴンである。

 ゲームのボスキャラとしても有名な、強大な魔物の代表ドラゴンは、この世界でもやはり大変な脅威であって、特に火を噴く飛行タイプのドラゴンなんていうものは災厄そのものなのである。どの国も、この世界のどこかにいるドラゴンの存在に不安を覚えていたのだろう。


 そこへ。


 飛んで火に入る『王家の至宝』が巨大な包丁を振るってドラゴンの巣に乗り込み、たったひとりでさくさくドラゴンを倒し、挙げ句の果てにいい笑顔で「お肉お肉ー♡」と口ずさみながら、ドラゴンを一頭丸ごとばらばらに捌いて料理して、エルスタン国民総出で内臓まで綺麗に残さず食べてしまった、というのだ。


 報告を受けた国々の重鎮たちとしては「はあ????????」となるわけだ。


「そんなまさか、いくらなんでもなにかの間違いだろう、非常識な噂を流す不届き者はだれだ?」と間者を放って情報を集めて確認したら、それが真実だと知って「うえええええええーっ⁉︎」となるわけだ。


 そして、「信じられないが本当の話なら、我が国としてもドラゴンバスターの覚えをめでたくしておかなければ! エルスタン国の『王家の至宝』を怒らせたら国の存亡に関わるぞ、何しろ笑顔でドラゴンを倒す恐ろしき鬼神のごとき姫なのだからな。下手なことをして機嫌を損ねたら、包丁を振り回してこの国を地獄に落とすに違いない、なんて恐ろしき姫なのだ」となるわけ……ひどいわ、か弱き乙女に向かって!


 わたしは可憐なアイドル、『王家の至宝』アナベル姫よ。

 血に飢えた鬼神じゃないわ、お料理上手で家庭的な女の子よ。

 結婚したら、美味しい手料理を旦那さまにたくさん食べさせてあげるんだから。恋のミートまじっくしちゃうゾ! なんだから。




 まあ、とにかく、呼ばれたわたしは背筋を伸ばして、注目する人々の間を品良く足を進めた。

 もちろん、今日のためにセディール兄さまが用意してくださったドレスを着て、髪は正式な作法通りに高く結い上げてあるわよ。

 今日は真珠のような虹色の光沢がある美しい生地に、夢のようにふんわりしたチュールが被さった、シンプルだけど素敵なドレスだ。勲章を胸に付けるので、映えるように白いドレスにしたらしい。


 想像したよりも堅苦しさがない授与式なので、わたしを見た人々は小さくざわめいた。


「あれが噂のアナベル姫なのか? 素晴らしく美しい姫ではないか、誰だ鬼神などと言った不届き者は⁉︎」


「おお、まるで精巧な人形のように愛らしく美しい姫君だ……あの手に剣を持っただと? いや、持つなら薔薇の蕾の方がふさわしいだろう」


「空の雲と虹の世界から降り立った、天の使いのようだ」


 そうそう、そのイメージでよろしくてよ。


 わたしがにこりと笑みをこぼしてお客さまたちを見ると、どよめく声がいっそう多くなった。


「アナベル、こっちだ」


「あ……」


 エスコート役として、花道の途中で待機していたセディール兄さまがわたしの手を取った。


「笑顔を振る舞わなくて良い」


 髪を撫でつけて、白い礼服を着たセディール兄さまは、まさに華やかなゲームのヒーローにふさわしく、めまいがするほどカッコいい。

 というか、恋する乙女のわたしは本当にめまいがして、兄さまの胸に倒れ込んでしまった。


「申し訳ございま……」


「わたし以外の男に笑いかけるな」


「……え?」


 耳元に低く囁かれた声に驚いて顔を上げると、淡い水色の瞳を甘く輝かせたセディール兄さまの瞳があった。


「とても美しいよ、アナベル。このままさらってしまいたいほどだ」


「さら……は?」


 なんだなんだなにごとだ、スイッチを入れてないのにゲームが始まっちゃったの?


「その笑顔をわたしだけのものにしてしまいたい……いや、必ずしてみせるよ」


 兄さまの瞳が、不穏な光を孕んだように見えた。


 ……えええええええええーっ⁉︎

 ちょっとお待ちになって、お兄さま!


 なんですか、今のヤンデレくさいセリフは⁉︎


 兄さまは攻略対象者ではない、そうでしたよね⁉︎


 思いがけないセディール兄さまの言葉と態度に、わたしは軽くパニックになりかけたが、なんとか気を取り直して前方へと足を進めた。


 さては兄さまったら、熱で頭がおかしくなってしまったのかな?

 でも、仕事に支障が出たなんて話は聞いていないし、イリアスおじさまも安心して代わりを任せていたし……うん、頭はちゃんとしているよね。


 隣を歩む兄さまの顔を見上げると、まるで蜜が零れ落ちるように甘く柔らかな笑みを浮かべて「ん?」と低く言った。


 か、カッコいいけど、わたしの本能がヤバいと叫ぶ。


 これはおかしい、絶対おかしい。

 確かに兄さまはわたしびいきが激しくて、優しいし、甘やかしてくれる。

 でも、こんな顔は今まで見せたことがなかった。

 いつもはどこかしらクールな雰囲気を保っていた兄さまが、こんな、ゲームのヒロインを見る攻略対象者のような、危険なくらいに愛情のこもった顔でわたしを見るなんて……。


 ホールに作られた舞台に登り、国王陛下から賞賛と感謝の言葉と勲章をもらう間も、わたしの頭にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんだままであった。


 クエスチョンマークを浮かべ過ぎたわたしがハッと気づいたときには、わたしの胸には無事に勲章がぶら下がり、割れんばかりの拍手に包まれていた。

 どうやら限りなくイベントに近い式典が終わったようだ。


 ほっとしたわたしであったが、続いて国王陛下から発された言葉に凍りついた。


「この素晴らしき姫君を、ぜひともエルスタン国の全員で盛り立てて行きたいと思っている。アナベル姫よ、あなたに次期王妃となっていただきたい、これがエルスタン国の総意だ」


 重々しく、威厳を込めた口調で国王陛下が言った。


「アナベル姫、ケイン第一王子と結婚して、正式に王族に加わっていただけないだろうか」


 ええっ、ここでそう来る⁉︎


 突然振られた話に、わたしは唖然となる。近くにいたミレーヌさんも「ええっ⁉︎」と小さく叫び声をあげた。


 こっの……古狸だな、国王陛下!


 他国の貴人たちが「アナベル姫には、我が国に来ていただきたかったのに!」「そんな、我が国の王家との婚姻を進めようとしていたのに……先手をとられてしまったな」「しかたあるまい、エルスタン国の妖精王子との婚姻では、あまりにもお似合い過ぎて横槍を入れられない」とがっかりした様子で話している。


 ダメだ、これは逃げられない状況だ。ケイン王子との結婚を断ったら、他国からの圧力がかかるだろう。すべて各国の王家との結婚話だ、わたしの返事によっては国際問題になりかねない。


 どうしよう。


 形だけの婚約を受け入れる?


 でも、こんな場所で婚約したら、あとで破棄するのも大変なことになる。そうしたら、本当にケイン王子と結婚する羽目になりそうだ。


 どうしよう、本当にどうしよう。

 なんとかこの話を食い止めたい。


 ……いきなりブチギレてみせて、辺りを氷魔法で瞬間冷凍してしまおうかな?


 わたしの頭に物騒な考えが浮かんだ時、いつの間にかわたしの隣に来ていたセディール兄さまがわたしの手を取り、言った。


「恐れながら、そのお話はお断りさせていただきます」


「……ほう。アナベル姫の世話役セディール・リシュレーか。何ゆえ君が口出しをしてくるのかな? これは王家の会議で正式に決めた、アナベル姫への要請だぞ。いくら世話役といえども口出しは……」


「お言葉ですが」


 なんとセディール兄さまは、公式な式典の席で国王の言葉を途中でぶった斬るという、すさまじく掟破りの技を食らわした挙句、わたしの身体をぐいっと抱き寄せて言った。


「これは世話役としての言葉ではありません。このセディール・リシュレーは、自分の意思で、わたしのすべての名誉にかけて、アナベル姫に求婚いたします!」


 兄さまの言葉に、あたりはしんと静まり返った。


 きゅう、こん、ですと?

 きゅうこんですと? 

 それはあれですか、いわゆるあれですか、プロポーズってやつですか……?


 セディール兄さまが、わたしに、プロポーズ⁉︎

 わたしと兄さまが、結婚⁉︎


 兄さま、やっぱり熱で頭がどうかしてしまったのーっ⁉︎


 わたしは、文字通り口をぽかんと開けたまま、わたしを優しく見下ろす笑顔を魅入られたように見つめた。


「アナベル……わたしは君を愛している。君に救われたこの命を、すべて捧げよう」

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