『王家の至宝』
こうして、エルスタン国で猛威を奮いかけた『悪魔の天秤』は、耐性があって自由に動けた王家のメンバーと宰相親子の素早い対応、そしてゼールデン国からの客人の協力により、被害を拡大させずに駆逐された。
一度食べれば代々に耐性がつく巨大なドラゴンの肉を国民全員に行き渡らせた(最後は肉が足りなくなったので、わたしはドラゴンのモツを料理した。フォアグラ以上に美味しいレバーは、味見をした料理人たちの目から滂沱の涙を流させるほどだったので、大量のモツを『肉切り包丁・改』で捌くわたしの姿の記憶は薄まっただろうと思いたい。いや、薄まってもらうよ。じゃないと『肉乙女』が『内臓ぐっちゃぐちゃ乙女』にされて、困っちゃうよ)ので、『悪魔の天秤』はもうただの鼻風邪だ。いや、風邪の症状すらも出ないだろう。そしていつか、誰も感染しなくなって、この世界から消え去るだろう。
ミレーヌさんたちには、本当にお世話になった。エルスタン国はお礼にドラゴンから取れた素材を贈ろうとしたが、ミレーヌさんの「あら、それを使って、病気になってしまった方々へのお見舞いの品をご用意された方が良くてよ。国民の皆さまの生活を守るのが優先ですわ」というカッコいい言葉で、ありがたくそうさせてもらうことになった。
ドラゴンの革や鱗や骨や牙を売ったお金で、エルスタン国民に補償ができる。そこまで考えていたミレーヌさんは、さすが次期王妃だ。
しかし、お世話になりっぱなしでは国家間のパワーバランスが悪い。お礼をどうしよう、とケインさまが漏らしたのを聞いて、わたしはイリアスおじさまと一緒に国王陛下に会いに行った。
「陛下、この魔石をご覧くださいませ」
わたしは、革袋から拳大の赤い魔石を取り出して、テーブルに乗せた。
そう、ドラゴンの血抜きをした時にわたしが作成した、ドラゴンの血石だ。一頭分の魔力が込められているその石は、内部でゆらゆらと虹色の魔力が光り、たいそう美しい。
「こ、これは……」
その石を恐る恐る手に取って、神秘的な光を放つ様子を見つめて言葉を失う国王に、わたしは「とても綺麗でございましょ?」と可愛らしく首を傾げて『可憐な姫』のイメージを植え付けようとした。イリアスおじさまは「陛下、これは個人で所有できるものではありません。国宝級……いえ、伝説級の至宝ですよ」と言った。
「そ、そうだな、『王家の至宝』が『伝説級の至宝』を作ってしまったんだな、は、ははは……」
顔をひきつらせながら、国王が面白いことを言ったので、わたしは上品に口を隠しながら「まあ、陛下ったら、お上手ですわ。ほほほ」と笑ってあげた。アナベル姫は、サービスがいい『王家の至宝』なのだ。
「今回ご尽力いただいたミレーヌさまに、これをお贈りするというのはいかがでしょうか? ゼールデン国で所蔵していただければよろしいかと存じますの」
「うむ、これほどの素晴らしい宝玉ならば、お礼の気持ちが充分に伝わると思う。見れば見るほど素晴らしい輝きだ。……しかし、アナベル姫はこれを手放して良いのか? 女性ならば、このような逸品を手放したくないと感じるのではないか? しかも、これは姫が命がけで手に入れた宝でもあるし……」
わたしはまた、ほほほと上品に笑った。
「陛下、お気遣いをありがたく存じますわ。それほどの価値がある魔石だからこそ、この度のゼールデン国へのお礼にふさわしい物でございますから。わたくしも、このエルスタン国を病からお救いくださった、ミレーヌさま方には大変感謝しておりますのよ。それに、ミレーヌさまとは仲の良いお友達になりましたの。ですから、余計にその品をミレーヌさまにお待ちいただきたいんですの」
最後にこてんと首を倒し、あざとく「ね?」と笑っておく。
「……アナベル姫! あなたはなんて心の広……」
「さすがだよアナベルちゃん! なんていい子なんだろう、こんなに綺麗で可愛くて、ドラゴンを倒してしまうお茶目さんなのに、優しくて気前が良くて国想いで、もう本当にこれほど素敵な姫君は他にはいないよ! もう、おじさまはアナベルちゃんにメロメロだ!」
国王陛下のセリフをイリアスおじさまがひったくって、感極まったように叫んだ。国王陛下は鼻白んだようだが、小さな声で「わたしもメロメロだ」と呟いて、ひそかにおじさまに対抗した。
さて。
さてさて。
どさくさに紛れて、なんとなく急接近してしまったセディール兄さまの件なのだが。
病気を治すためとはいえ、わたしは兄さまの口に、その、自分の口を接触させてしまったわけだ。
しかし!
これは、緊急避難というやつなので、わたしのファーストキスだとはカウントしない!
繰り返す!
カウントしない!
そして、やむを得ない事情で、美青年の半裸をガン見してハアハアしてしまったあげく、兄さまよりお礼のほっぺちゅーをいただいてしまった。
妹分に対するお礼である。
それ以上の気持ちはない。
わたしが呆然としている間に麗しの兄さまは風のように去り、それまで無理を重ねていたイリアスおじさまと交代して王宮に詰めて『悪魔の天秤』への対処にかかりきりになったため、わたしと兄さまはあれ以来ふたりきりになっていない。
という状況なのだが。
「では、明日、ゼールデン国への感謝状と魔石の贈呈と、アナベルちゃんへの勲章の授与が行われるからね」
「え? わたしにも?」
「もちろんだよ! 1番の功労者はアナベルちゃんじゃないか」
イリアスおじさまとふたりでディナーをいただきながら(今日もフェイお姉さまとセディール兄さまは忙しいのだ)そんな話を聞いて、わたしは驚いた。
功労者といっても……兄さまの命を助けたくてやったことだし、後は楽しくドラゴン料理をしただけだし……。
「ゼールデン国の王太子夫妻は、アナベルちゃんの料理を絶賛していたそうだね。このドラゴン料理を食べられただけで、お手伝いした甲斐があったと熱心に誉めてくださったそうじゃないか」
うん、あまりの美味しさに、ミレーヌさんもメイリィさんも、男子ふたりも、「美味しいーっ! マジうまーっ!」と叫びまくり、お腹がポンポコリンになるまで食べていたわね。あんなに喜んでもらえて、作った甲斐があったわ。
「若い世代同士が有好的なのは二国間の関係にも大変有益だと、アナベルちゃんへの評価は鰻登りだよ」
あ、エルスタンにもいるのよ、鰻。
一度蒲焼きにしたら……あ、その話はあとあと。
「それで、王家の方からアナベルちゃんに、なんとかケイン殿下に輿入れできないかと食い下がられてしまってねえ……」
おじさまがため息をついた。
その件はセディール兄さまが片付けてくれたのに、蒸し返されたら困るわ。
婚約したら、破棄のイベントに繋がる恐れが出てくるもの。
「でも、セディールは猛反対している。世話役に任命した以上、セディールの意見が重要視されるのは仕方がないのだが、そこをなんとかと国王陛下も粘るんだよね。困ったよ」
どうやら、国王陛下に気に入られてしまったようだ。こんなことならあの時「つまらないギャグはおよしになって」とあしらっておくんだったわ、ちっ。
わたしは眉をしかめて言った。
「それは困りましたわね。おじさま、わたくしはケインさまが嫌いではございませんが、まだ婚約はしたくありませんの。ええ、誰とも」
「……形だけでも?」
おじさまの言葉に、わたしは目を見開いた。
「まあっ、おじさまったらどうなさったの⁉︎」
わたしは立ち上がって言った。
「形だけの婚約だなんて、そんな不誠実な言葉はこのアナベルの辞書にはございませんわよ! それが、おわかりにならないと⁉︎」
他の男性(あなたの息子さんですよ!)に想いを寄せながら、王子殿下と婚約するだなんて、言語道断だわ!
あまりの勢いにイリアスおじさまは驚き、身体をびくっと震わせて「ご、ごめんねアナベルちゃん」と謝った。
「……いえ、わたくしこそ申し訳ございません。取り乱した姿をさらしてしまいました」
わたしは無表情のまま謝罪し、椅子にかけた。じっとおじさまの顔を見ると、美形の紳士は「や、やめて、おじさまをそんな目で見ないで、本気で怖いから、おじさま、アナベルちゃんに嫌われたら死んじゃうから」と口元を戦慄かせて言った。
そうね、わたしは今やドラゴンバスターだものね。
じっと見ただけでは死なないとは思うけどね。
「でも、明日はおそらくその話が出るから、覚悟しておきなさい。あの国王陛下も、あれでけっこう食えない男だからね」
「それくらいでないと、国を治められませんものね」
わたしはおじさまに頷いた。




