ただ、生きて笑ってさえいてくれれば
「ミレーヌさん! ミレーヌさんは、どこにいらっしゃるのかしら? 誰かわたくしを案内なさい!」
王宮に馬を走らせたわたしは、そのまま魔法を無駄遣いしてすべての手続きを突破して、叫んだ。
通常の状態では、こんな無茶は通らないのだが、宰相父子を始めとした多くの者が病に倒れているため、王宮は混乱して誰もわたしを止めることはできない。
「不審者を通すな……と思ったら、『王家の至宝』アナベル姫じゃないか!」
「なら、止めるのは諦めろ!」
「『王家の至宝』相手に無理無理ーっ」
え?
そっち?
『王家の至宝』のイメージって、どうなってるの?
とにかくわたしは、金の髪をなびかせて王宮を闊歩し、やがてミレーヌさんと出会った。
「アナベルさん! さあ、こっちよ。部屋を用意してあるわ」
今日も黒髪ロングをクルンクルンに巻いたミレーヌさんに駆け寄った。
「ありがとう。さすがはミレーヌ・イェルバンね、仕事が早くてびっくりしたわ」
「ふふっ、『王家の至宝』アナベル姫なら飛んで来ると思ったの」
わたしの来訪を予期していた彼女はすでに、わたしと会議を行う用意をしていてくれたらしい。
「大変なことになったわね」
王宮の一室にわたしを招き入れながら、ミレーヌさんが言った。
「幸いなことに、ケインさまを始めとしたエルスタン王家の人たちは、この病気の発症が軽い体質みたいよ。でも、政治に関わる人たちや、王宮で働く人たちは、ランダムに重篤化していて、とにかく手が回らないわ。騎士団も三分の一が重篤化ってところ。いくら体力勝負の騎士でも、病気を跳ね返すまでにはいかないようね。むしろ、気合いで起きようとするのをベッドに沈め……寝かしつけるのに苦労してるみたい」
「さすがは、脳まで筋肉ね」
どうやって寝かしつけているのかは、聞かないでおこう。
「レンドールさまとサンディルさまは、そっちのフォローにまわっているわ。メイリィも、魔法使いたちと対策を練っているけれど、せいぜい一部の人たちの体力を底上げする対症療法しかできなくて……宰相のイリアス・リシュレーに対しては優先して治療しているわ。彼にもしものことがあったらエルスタン国が混乱して大変なことになるだろうから。でも、彼は責任感が強くてね。魔法使いをひとり専用につけさせて、回復魔法を使いながら起きて対応を続けているの。顔色が真っ青なのに気力で動いてしまって、見ているこっちが冷や冷やしちゃう。でも、イリアスさまがいてくれるから、まだパニックにならずに済んでいるのよ」
「そう、おじさまが……」
イリアスおじさまは、エルスタンの宰相にして、この件の担当者なのだ。
きっと流行りの病が『悪魔の天秤』であることに気がつかなかったことで、自分を責めてしまっているのだろう。
そして、もしも兄さまにも回復魔法の使い手がついたら、彼も一緒に動き回るだろう。
それでは、治るものも治らない。
やっぱりわたしがなんとかしなくては。
人払いした部屋で、わたしはミレーヌさんに尋ねた。
「ずばり聞くけど、この件はゲームのイベントなの?」
「違うわ」
「治療方法に心当たりは?」
「残念ながら、ないの」
「……そ、か」
わたしは椅子に崩れ落ちて、頭を抱えた。
「アナベルさん、ごめんなさい」
「ううん、ミレーヌさんのせいじゃないわよ。……あのね、セディール兄さまも……発症したの」
「なんですって!」
ミレーヌさんは息を飲み、それからわたしの背を優しく撫でた。
「アナベルさん……」
「兄さまは若いし体力もあるから、しばらくは大丈夫だとは思うけど、でも、『悪魔の天秤』は致死率が高い病気だから……ああ、兄さまにもしものことがあったらどうしよう⁉︎ まさか、こんなことになるなんて……もう『兄さまの攻略』なんてどうでもいいから、わたしは兄さまの命を助けたいの! ミレーヌさん、わたし、できることならなんでもやる……ううん、きっとわたしは兄さまを助けるために、この世界に転生したんだと思う! だから、なんとか『悪魔の天秤』を封じる方法を探したいの。協力してもらえない?」
「もちろんよ! きっとなにか方法があるはず。ゲームなんだから攻略方法が存在するわ、そう信じましょう!」
ミレーヌさんは、黒い瞳を輝かせて、力強く頷いてくれた。
そしてわたしたちは、『悪魔の天秤』に関する資料(リシュレー家からちょっと拝借してきたものよ。だって、兄さまは寝込んでいるからいらないでしょ?)をテーブルに広げて、どこに着目したらこの風土病を退治できるかを検討していた。
「伝染性だから、ウィルスか細菌を殺せば……」
「魔物みたいに大きな存在なら、魔法でやっつけられるけど、目に見えないものにピンポイントで魔法をかけるのは難しいわ。ましてや、この世界ではウィルスや細菌は認識されてないもの、余計に的を絞れない」
「うーん……」
ミレーヌさんは、腕を組んで唸った。
「そうしたら、やっぱり対症療法しかないか。回復魔法の効果を長続きするように……ううん、研究している時間はないわ。回復薬は?」
「大量の薬を飲み続ければ効果はあるかもしれないけれど、エルスタンに備蓄はないわ」
「そうね。……百年前にはどうやって収束させたの?」
「……重篤化した者は、ほぼ、死亡……」
そう、結局治療方法が見つからなかったのだ。
「その時、エルスタンの王族は? やっぱり重い人は亡くなったの?」
わたしは書類を確認した。
「……記録によると、亡くなった人はいないわ。王族は優先的に、体力の向上する食べ物を摂取させられて、自力で回復したらしいわ……ええと、ドラゴンの干し肉? どこかからか献上されたドラゴンの干し肉が保存されていて、それを料理して食べたんですって。あら、つまり、その効果が遺伝して残って、今回も王族は重篤化しないのかな」
すごいわね、ドラゴンの肉!
でも、伝説級のドラゴンがどこにいるのか、っていうか、今存在するのかすらわからない。
くーっ、いたら狩ってくるのに!
「ドラゴン、ですって⁉︎」
ミレーヌさんが叫んだ。
え?
まさか、心当たりがあるの?
「イベント! ゲームのイベントなのよ、ドラゴンの襲来!」
「ええーっ⁉︎ 乙女ゲームなのに、ドラゴンが襲来するの⁉︎」
方向性が間違ってるよね!
でも、この際それは好都合!
「どこ? どこに来るの、ドラゴンは⁉︎」
わたしの右手は『肉切り包丁・改』を求めて宙をさまよった。




