ドラゴンを狩りましょう
「ミレーヌさん、ドラゴンはいつ来るの⁉︎」
「落ち着いて、アナベルさん」
さすがは悪役令嬢にして王太子妃のミレーヌ・イェルバン、逸る心を抑えられず、今すぐ剣を片手に飛び出して行きそうな勢いのわたしを、上から目線でぐぐっと押しとどめた。
「ドラゴン襲来のイベントは、騎士フレデリック・ユーゼリスの攻略ルートで起こるイベントよ。でも、それはつまり、今現在ドラゴンが生息しているということだわ」
そして、ミレーヌさんはドアの外の従者に、メイリィ・フォードを呼ぶように命じた。
「うちのメイリィは、魔法やその他のことをがむしゃらに勉強して、いい職についてお金を稼ごうとしているの。だから、多方面に渡って知識があるわ。ヒロインキャラの持つチート能力を、全部そっちに向けちゃってるからねー、すごいわよー」
ミレーヌさんが、視線を遠くに彷徨わせながら言った。
「え? 魅力でイケメンたちを攻略して、ハーレムを作る方向には……」
「まったく行ってないわね! だいたいあの子は、若いのにおかんキャラだし」
「おかんキャラ? メイリィ・フォードが⁉︎」
「健気で可愛らしいヒロインじゃなくって、身分を無視して言いたいことを言う失礼キャラだし」
『恋のミラクルまじっく!』は、ミレーヌさんが転生者ってことでかなり話が変わってきちゃってるみたいね。でも、かえって心強いかも。
と、ドアがばーんと開いて、金髪にピンク色の瞳をした可愛らしいメイリィが登場した。
「ミレーヌ、このくそ忙しい時に何の用⁉︎」
王太子妃を呼び捨てかよ!
そして、その顔で『くそ忙しい』とか言っちゃってるのかよ!
内心で突っ込んだが、ミレーヌさんはさらっとスルーした。
「あなた、エルスタン国近辺のドラゴン生息ポイントについて、知ってる?」
「藪から棒に……」
メイリィは目を細めてから、考え込んだ。
「南東にある火山ね。荒地に一頭いるのが10年前に観察されているわ。飛行型のドラゴンで、その時点での推定年齢が200歳、ドラゴンの寿命は500歳を超えるから、今もまだ健在だと予想できるけど……」
「上出来ね」
するするっと知識を引っ張り出したメイリィは、言葉を切ってミレーヌさんを見た。
「まさか……」
「『悪魔の天秤』にはドラゴンの肉が効くみたいなの」
「嘘でしょ⁉︎」
「嘘ではなくてよ。アナベルさんが調べてくれてわかったの」
「いやいやいや、わたしが言ってるのはそういうことじゃなくって」
「メイリィ、ドラゴンを捕まえましょう」
「やっぱりーっ!」
「さあ、メイリィの素敵な魔法を駆使して、ドラゴンを倒すための作戦を立てて頂戴」
「丸投げなの⁉︎」
「あら、わたくしの魔法『守護』を使えば、魔力は無限大、魔法は使い放題だから安心なさい」
ほほほ、と優雅に笑うミレーヌさんと、頭を抱えて「やだもう、この人使いの荒さ」と唸るメイリィさんに、わたしは『……大丈夫かな?』と不安を感じた。
「ここよ。火山の隣にある荒地にドラゴンがいるはずよ」
メイリィさんは、わたしが用意させたエルスタン国の地図を見て、指差した。
「メイリィ、あなたの転移魔法で、ちょっと下見をしていらっしゃいな……『守護』」
ミレーヌさんがメイリィさんの手に触れて唱えると、メイリィさんの身体が金色に輝いた。ミレーヌさんとは、金色に輝く紐のようなもので繋がっている。
「ちょっと下見って」
「あなたなら、防御魔法を重ねがけしていけば、ドラゴンの巣に落ちても無傷で済むでしょう?」
「ま、そうだけど、一応わたしだってお年頃のか弱い女の子だってことを……」
メイリィさんはぶつぶつ文句を言ったけれど、わたしの表情を見ると「行ってきまーす」と手を振り、そのまま姿を消した。
「えっ?」
ちょっと、本当にドラゴンの下見に行っちゃったの?
ひとりで大丈夫なの?
「アナベルさん、心配無用よ。メイリィは、魔法省に入ってエリート王宮魔導師になるために、日夜魔法の勉強に余念がないの。わたしの転生前の知識も与えてありとあらゆる魔法を身につけさせているから、戦闘力はないけれど、回復、防御、結界に関してはエキスパートよ……おそらく、この世界では一番ね」
くっくっく、と笑うミレーヌさんたら、とっても悪役っぽいよ!
「ただいまー」
そして、呑気な挨拶をして、金色に輝くメイリィさんが戻ってきた。
「いたわよ、ドラゴン」
「良かった!」
喜ぶわたしに頷き、メイリィさんは報告をした。
「丸々と太ったファイヤドラゴンが一頭。強さは不明」
「そこまで、何人を連れて飛べる?」
「わたしを含めて3人が限度ね」
「メイリィ、わたし、それにもうひとりね。ひとりでドラゴンを倒すほどの猛者が、エルスタン国の騎士にいたかしら? しかも、『悪役の天秤』で倒れていない騎士が……『守護』を存分に活かすには、わたしが近くにいないといけないし……レンドールさまなら……うーん、ちょっと難しいかも……あら、アナベルさん?」
「はい」
「なんで手を上げてらっしゃるの?」
高々と上げたわたしの手を指差しながら、ミレーヌさんが眉根を寄せて言った。
「わたしがいるわよ。ひとりでドラゴンを倒せるわ」
「なっ、なにをおっしゃっているのかわかりませんわ! もしや、アナベルさんは攻撃魔法が得意でいらっしゃるの? でもね、ファイヤドラゴンには火の魔法が効かないし、鱗もとても固いから物理攻撃も難しいし、ドラゴンって体力が無限にあるのよ?」
メイリィさんも呆れたように言った。
「そうよ。もしも単身でドラゴンを倒すとしたら、急所である喉の所にある1枚の鱗に、剣を深く刺さなければならないの。巨大なドラゴンの喉に取り付くなんて、戦に慣れた剣士でも躊躇う恐ろしいことだわ。いくらなんでも、アナベルさんには難しいでしょう?」
「それならできそうね」
「アナベルさん! 普通できないわよ!」
「楽勝じゃない?」
「アナベルさんったら、セディールさまを助けたい一心で思考能力が低下なさっているの⁉︎」
「わたしは冷静に判断しているわよ。なぜなら……」
わたしはにやりと笑った。
「見くびらないでいただきたいわね。わたしは美味しい肉を手に入れるためならなんでもやる『肉乙女』アナベルよ。包丁を持ったわたしに屠れない獲物はないわ。疑うならば、女騎士のフェイお姉さまに聞いて頂戴」
「神殿に場所をあけなさい! 大量の肉を転移させるから、それを厨房に運ぶ手筈を整えておくのよ。そして、厨房では、ただちに肉のシチューを作る仕度をしておきなさい。重篤な病人には、スープから食べさせます。王宮で働く者たちは、病から回復したらすぐに炊き出しの準備をするように。エルスタン国民全てに料理が行き渡るようになさい!」
騎士団の倉庫に預けてあった防具を身につけ、背に巨大な包丁型片手剣を背負ったわたしは、次々に指示を出した。皆は、今ひとつ状況がわからないようだけど、『王家の至宝』に逆らうことができずに言う通りに動いている。
そこへ、床についたフェイお姉さまと話をしてきたミレーヌさんとメィリィさんが駆けてきた。ふたりとも、戦闘に備えた服装をしていて、それを見た人々を驚かせている。
「納得してもらえた?」
わたしが笑顔で尋ねると、王宮の人たちは「なんて美しい笑顔なのだ……」とほおっとため息をつき、ミレーヌさんたちは「なんて禍々しい笑顔なの……」とため息をついた。
「アナベルさん、フェイさまから言伝がありますの」
「あら、なんて?」
「『アナベルちゃん、思う存分ヤっておしまい』」
「ふふっ、了解♡」
「……禍々しいわ……」
あら、可愛く笑ったつもりだったのに。
「ミレーヌ、これはどうしたことだ⁉︎」
話を聞いたらしいレンドール王子と、サンディル・オーケンスがやってきた。
「あのね、ドラゴンの肉が『悪魔の天秤』に効くらしいのよ。だから、アナベルさんに狩ってもらうの」
「待て! そんな無理な話で納得できるか!」
凛々しいサンディルさまが叫んだ。
「どうしてそこで、当然のように『アナベルさんに狩ってもらうの』になるんだよ! どう考えてもおかしいだろ⁉︎」
「そうだ。討伐隊を結成するならまだしも、なぜアナベル姫がドラゴンを倒す話になるのだ?」
「お言葉ですが」
わたしは、超上から目線でふたりのイケメンに言った。
「わたくしにはその実力があるからですわ。あ、おふたりには後で肉を運ぶのを手伝っていただきたいので、よろしくお願いします」
「よろしくお願いされるか!」
「サンディルさま、時間がありませんの。邪魔をなさらないでいただける?」
わたしは、『王家の至宝』特有の瞳で、サンディル・オーケンスをじっと見つめて言った。
「わたくしの邪魔をなさると、身と骨が綺麗に分かれてしまいましてよ?」
「…………くっ」
視線に圧されたサンディルさまが、床に膝をついた。
「それでは参りましょう」
「レンドールさま、行ってきますわね。『守護』!」
「転移しまーす!」
わたしたち三人は、神殿の広間の中央に立ち、金色の光で繋がりながらドラゴン狩りに出発した。




