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【書籍化】腕利きシェフは『王家の至宝』⁉︎〜悪役は恋しちゃダメですか?2〜   作者: 葉月クロル


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男爵と申し立て

 わたしたちが部屋に通されると、まもなく王族らしい人たちが……そう、わたしのアドバイザーとしてストーカー行為……もとい、学園で親切にお世話をしてくれているご存知ケイン第一王子と、ひとりの壮年の男性、そして宰相のイリアスおじさまが入ってきた。


「国王陛下!」


 驚いて飛び上がった男爵とシェリー・ラスタンが、深々と頭を下げて、やっぱりエルスタン国王だった壮年男性と王子を迎えた。もちろん、わたしとセディール兄さまも礼儀作法に則ったお辞儀をした。


「セディール、なんだ今さらかしこまって」


 その姿を見た国王陛下が、笑いを含んだ声で言った。よく響く低音で、カリスマ性を感じさせる声である。


「これはそのような堅苦しい会見ではないぞ。頭を上げるがいい」


 そして、今日もサラサラのプラチナブロンドにアイスブルーの瞳が美しい、麗しき妖精王子が言った。


「セディールがそんな態度だと……ほら、アナベルも、そんなに仰々しく振る舞わないでよ。僕とあなたの仲じゃない」


 いやいやいやいや、お願いだから誤解を招くような言い方はおやめになって、ケイン殿下!

 反射的に頭を上げたセディール兄さまが、ケインさまにブリザードを吹きつけているのに気づいて。


「畏れながらケイン殿下、殿下は単なるアドバイザーに過ぎませんからね。アナベルはもう学園に慣れたことですし、今後はあまり近寄らないようにしていただきたく存じます」


 わあ、兄さまが今度は口からブリザードを吹いたよ!

 王族にそんなことを言って、不敬罪になったらどうするの!


 しかし、ケイン王子は面白そうな顔をして言った。


「ふうん、いつも沈着冷静で、人間には興味がないんじゃないかとご婦人方を嘆かせていたセディールともあろう者が、ずいぶんとこじらせちゃったものだね。でもまあ、アナベルのことはすっかり気に入っているようだから、無理もないか。こんなに可愛い子だしね。かく言う僕も一目で気に入ってしまったよ。そして、僕たちはもうすっかり仲良しだしね。ね、アナベル?」


 ケイン王子はわたしに向かって、キラッキラの笑顔を見せてくれた。さすがは攻略対象者の中でもピカいちの美形だけあって、その破壊力は非常識なほどだ。あまりの眩さにわたしはぼうっとなってしまったが、すぐに横にいる兄さまから吹いてくる冷たい殺気に我に返り、身を震わせた。


 セディール兄さまが、地獄の底から響いてくるような恐ろしい声で言った。


「いくら殿下でも、わたしのアナベルに……」


「セディールだって、ただの世話役じゃない。アナベルはセディールのものじゃないよね」


 ああ、さすがは次期国王! 

 兄さまの暗黒オーラをさらりと受け流して、返す刀で素早く斬り返している。

 ケイン王子がいれば、このエルスタン国も安泰……と喜んでいる場合ではない。


「殿下……」


 兄さまの後ろに、なにか黒いものが渦巻いてるううううう!

 乙女ゲームのエフェクトなの⁉︎

 暗黒オーラが可視化してしまったの?


「兄さま、お願い、落ち着いて! どうどう!」


 思わず身体を起こしたわたしは、不穏な表情のセディール兄さまに抱きつき、猛犬のようにケイン王子に飛びかかったりできないようにする。そして、その様子を見ていた国王陛下がなぜか大笑いしている。


 陛下、笑ってないで、早くケイン王子をお止めくださいませ!


「あっ、アナベルが抱きついている! セディール、それはずるいな……」


 ケイン王子は、そこで口を尖らせて膨れない!


 セディール兄さまが、わたしを抱きしめると得意そうにふふんと笑った。


「ずるくない。なぜなら、アナベルはわたしの大切な……」


「セディール、そこまでだ」


 兄さまの暴走を止めたのは、イリアスおじさまだった。

 いつものデレっとした顔ではない。

 そう、今日のおじさまは心なしかキリッとしている気がするの。

 これがイリアス・リシュレーおじさまの本当の姿である『冷静沈着宰相』なんだね。

 美形のおじさまだから、クールで渋くてかっこいいわ。


「お前のアナベルちゃんではない! うちのアナベルちゃんだ!」


 ああ残念!

 ちょっと見直したのに、やっぱり残念宰相だよ!


 そんな『王家の至宝と愉快な仲間たち』のコントをしていると、ノックの音がして、もうひとりの人物がやってきた。魔法学の担当教師である、シェーゼ・マレイド先生だ。今日も黒いローブを身につけて、暗い紫色の陰鬱な瞳をしている。


「遅くなりまして、申し訳ありません」


 高名な魔法使いはぶっきらぼうに言い、部屋の隅で縮こまっているシェリー・ラスタンに近寄った。


「おお、マレイド殿」


 味方が現れたと思ったのか、男爵が嬉しそうな顔をした。そして、わたしを厳しい視線で見た。

 イリアスおじさまが、なにか言おうとした男爵の口を封じるように言った。


「本日のこの場は、非公式な話し合いの席です。リシュレー家が保護しているアナベル姫に対して、クレリン男爵家より申し立てがありましたが、アナベル姫の立場がまだ公なものではないので、今回の措置になります」


「うむ。アナベルは我が叔母であるフェリシア姫の孫娘であるが、なにしろ降嫁しているからな」


 そうなのだ。お祖母さまが庶民である庭師と駆け落ちしたから、わたしは本来ならば王族ではないのだけれど、祖母のフェリシア姫、母のオフィーリア姫、そしてわたしとしっかり『王家の至宝』の容姿を受け継いでしまったため、一目でエルスタン国王家ゆかりの人物だとわかってしまうのよね。


 そのため男爵は、庶民の娘が自分の後見する娘に無体を働いた、つまり男爵家に対して侮辱をした、と捉えてしまっているようなのだ。


 そして、苦情の申し立てをしたものの、国王陛下と第一王子まで登場する大ごとになってしまい、狼狽えているようだ。






「結論から言うと、アナベルに非はない」


「陛下!」


 クレリン男爵は不満そうに一言叫んだが、王族の判断に逆らうわけにはいかないので、言葉を飲んだ。そこへ、宰相であるイリアスが続けて言った。


「どうやらシェリー・ラスタン可愛さに、クレリン男爵は判断力に欠いた思考になっているようなので、説明させてもらいましょうか」


「ふむ、判断力に欠いているのはそちら側だろうに……」


 ぼそりと言ったのは、シェリーの肩を慰めるように抱いているシェーゼ・マレイド先生だ。どうやらシェリーは、マレイド先生の攻略ルートを進んでいるようだわね。


 おじさまは目を細めてマレイド先生を一瞥いちべつすると、先を続けた。


「シェリー・ラスタンは、魔法学の授業中に魔法を暴走させ、アナベルがそれを止めた。そして、シェリーの頬を打った」


「その通りだ!」


 そう言ってマレイド先生がわたしを睨むと、セディール兄さまは庇うようにわたしを引き寄せた。


「高飛車に叱りつけた上、頬を打つとは! 明らかにやりすぎだろう」


「本来ならば、それらは教師であるあなたの役割だったのでは?」


 兄さまが、低い声で言い返した。


「そして男爵、よく考えてください。シェリー・ラスタンのしたことがどういうことなのかを」


 クレリン男爵は、不満そうに言った。


「だから、シェリーは魔法の扱いがまだ未熟だったために、暴走させてしまっただけだろう。シェリーに悪気はないのだから、頬を打つのは明らかに侮辱とみなされる! アナベル姫はシェリーのことが気に入らなくて、シェリーに暴力を」


「あなたは愚か者ですね」


 真顔になったケイン王子が言った。


「いいですか。その場には、『僕』がいたのですよ」


「殿下、それは知っていますが……しかし」


「『次期国王である僕』がいる場で、魔法の龍を暴走させて、僕を危険にさらした。この意味が本当にわからないとは、クレリン男爵、あなたは頭がどうかしてしまったのですか?」


「な……」


 ケイン王子は、混乱している様子の男爵を無視して続けた。


「王立学園に入るには、ある程度の教育と訓練を受けておく必要があるというのはご存知でしょう? クレリン男爵には、シェリー・ラスタンに充分な教育を与えておく義務があったにもかかわらず、それをないがしろにしていた罪がある。シェリー・ラスタンには、自分の技が未熟なのに、僕の前で魔法を使った罪がある。そして、ふたりには、事故に見せかけて僕を攻撃した疑いがかかっている。そう、王家に対する反逆罪の疑いがね」


「はっ、反逆罪⁉︎」


 男爵の声が裏返り、彼はその場で腰を抜かした。


「そ、そんな、だいそれたことなど、わたしは……反逆罪なんて、そんな……」


「反逆罪だなんて……」


 シェリー・ラスタンはふらりと倒れかかり、マレイド先生に支えられた。


「そんな、そんなことわたしは、ただ、緊張して魔法がうまく使えなかっただけなのに、本当にそれだけなのに」


「お嬢さん、それは甘い考えですね」


 半泣きになったシェリーに、イリアスおじさまが冷たく言った。


「本来ならばあなたは拘束されて投獄された上で取り調べを受け、ケイン殿下に危害を加える意思があったなら男爵と共に死罪、悪意がなくても国外追放になっていた可能性があります。そして、授業中の事件だということで、シェーゼ・マレイドも罪に問われていたはずです」


「そんな、横暴だ」


 マレイド先生が抗議した。


「横暴ではない!」


 イリアスおじさまが、その場が凍りつきそうな声音でぴしゃりと言った。


「それがエルスタン国の法律ですよ! さすがに男爵は理解したようですが」


 腰を抜かしたクレリン男爵は、顔を真っ青にしてガクブル状態だった。

 ケイン王子が言った。


「……あの場にいた僕やマレイド先生は、シェリー・ラスタンの様子を観察していたから、おそらくシェリーは本当に魔法を誤って暴走したのだと考えているけれど、本来ならば取り調べと責任の追及は免れなかったところだよ。でも、あの場にはアナベルがいた。非公式ではあるけれど、王家の血を引く姫がね」


 ケイン王子は、わたしに頷いてみせた。


「リシュレー伯爵家に引き取られたアナベルは、毎日真剣に学び、術を磨き、学園編入に備えていた。そして、幸いアナベルには才能があり、努力が見事に実を結んで、魔法の扱いに非常に長けていた。だから、突然の事故に素早く対応をして、適切な行動をとった。つまり、魔法の暴走をおさめると、その場でシェリー・ラスタンを厳しく叱責し、頬を打ったんだ。王家の姫として、素早く処罰をした。かわいそうに、初めて女の子をぶったから、アナベルは傷ついてしばらく落ち込んでしまっていたよね」

 

 ケイン王子の言葉に、わたしは俯いた。

 そうなのだ、わたしは打ちたくてシェリーの頬を打ったのではないのだ。


「アナベル姫が責任を持ってシェリー・ラスタンを処罰した。だから、この件はそれ以上追及されずに済み、シェリーは投獄されなかったんだよ!」


 ケイン王子が、珍しく声を荒げて言った。


「クレリン男爵、なにか言うことはないのか⁉︎」


「も、も、申し訳ございませんでしたーっ!」


 絨毯にひれ伏した男爵が叫んだ。


「も、申し訳、わたし、わたしは、うわあああああーっ!」


 シェリー・ラスタンは、絨毯に座り込むと号泣した。


 そして、マレイド先生は、顔面を蒼白にして呟いた。


「アナベルくんのしたことは、シェリーくんへのいじめではなく、助けるためだった、というわけか……そんな……俺は……」


 そして、魂が抜けたような表情でわたしの方を見てから「……アナベルくん、すまなかった」と弱々しくわたしに謝罪をした。

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