呼び出し?
男爵家の苦情の申し立ては意外に声が大きいものだったらしく、わたしは世話役のセディール兄さまと一緒に王宮に呼び出された……のだが。
「さあさあベルさま、本日は王家の皆さまとのご面会が叶いますからね」
「こちらの、美しい水色のドレスにいたしましょう。ふんわりしたお姿が、まるで妖精のように見えますからね」
「髪型は、金の御髪がよく映えるように、横から結い上げて背中に流しましょう」
「白い薔薇と青い小花を飾りましょう」
「リボンは艶のある青がよろしいですわね」
まわりを侍女のカティと身の周りのお世話をしてくれるメイドさんたちに囲まれて、あっという間にお支度をされてしまった。
あれ?
わたしは叱られに行くんだよね?
なんでこんなに、まるで楽しいお出かけに行くように着飾っているの?
淡いパステルブルーの、シフォンがふんだんに使われた爽やかで、かつ可愛らしいプリンセスラインのドレスに、サイドの髪を後ろに結い上げて、残りはよく梳ってストレートのまま背中でサラサラと揺れる髪型になったわたしは、カティとメイドたちの満足そうなため息を聞きながら、首を傾げた。
そして、はっと気づいた。
こ、これは、あざとくかわいこぶって、王家の人たちにあんまり叱られないようにする作戦なんだね!
そうと知ったら、あどけなーく無邪気に『てへっ』と笑ってごまかす練習をしなくてはならない。
これは『王家の至宝』アナベル姫にしかできない技だ。こっ恥ずかしいけど、セディール兄さま共々なるべくお咎めがなく済ませるためにがんばるよ。
ポーズはどうするかな。やっぱり定番の、胸の前で指を組むやつが一番効果的かな。それよりもおなかの前で指をもじもじさせるた方がさらにいいかもしれないな、うん。
少し肩をすくめると、さらに可憐な感じが加わっていいね。
わたしは女優。
鏡の前でそう呟き、あくびをひとつふたつ嚙み殺して涙ぐんだところに、用意ができたと聞いて部屋まで迎えに来てくれたセディール兄さまに声をかけられた。
「アナベル、今日は非公式な顔合わせも兼ねて……」
わたしは振り向くと、おなかの前で組んだ指をもじもじさせながら、涙で潤んだ目で上目遣いに兄さまを見上げ「セディール兄さま……ごめん……なさい」と弱々しく言いながら首をこてんと倒した。
すると。
「ふあっ⁉︎」
兄さまは奇妙な声をあげて、二、三歩後ろによろめくと、そのまましゃがみこんでしまった。
「ア、アナベル……」
「はい?」
あ、女優になりきっていたから、うっかり兄さまに謝ってしまったよ。そして、謝られた兄さまは、ふわふわの絨毯の上で、なぜかう◯こ座りをして頭を抱えてしまったよ。
大人なイケメンが、う◯こ座りなんかしちゃダメ!
そのまま肩を震わせていた兄さまは、顔をあげないままわたしに言った。
「何を思いついたのか、わからないが、そういう、衝撃的なことを、突然やるのは、やめなさい!」
う◯こ座りをしたイケメンに、叱られてしまった。
わたしは間違って兄さまに謝っただけのに、解せぬ。
よし、あざとくごまかそう。
「だってー、だってー、わたしのせいで、兄さまも王家の方に叱られてしまうんだもん。巻き込んじゃってごめんね?」
兄さまがちらりとわたしを見たので反対側にもこてんと頭を倒しながら、さらに謝っておく。
今日はごめんの大安売りだ。商売人のアナベル、売れるもんはなんでも売っちゃうよ!
「兄さま、怒ってる?」
またしても頭を抱えて肩を震わせてしまった兄さまが、ようやく顔をあげてくれたので、わたしは言った。
「ねえ、怒ってるの?」
「いや、怒っていない。お前が突然わけのわからない行動を取ることには慣れているから、怒ってなどいない。いないんだが……」
「今日は王さまに叱られるのかなって思って、謝る練習をしてみたのよ」
「やはり、そんなところか……」
赤い顔をした兄さまは、テーブルで身体を支えながら、ゆっくりと立ち上がった。
「いや、それはきちんと説明をしなかったわたしがいけなかったな。アナベル、男爵の後見するシェリー・ラスタンに対してアナベルがとった行動に関しては、叱られる心配はないよ。王族だって、その道理はわかっている。今回は男爵の申し立てにかこつけて、王族たちが『王家の至宝』であるアナベルに会いたかっただけだろう」
なーんだ、叱られるんじゃなかったんだ!
超ビビったー!
それならそうといってくれなくちゃね。
「やだもう、そうだったの! てっきり叱られると思っちゃってたわ。王族の皆さんと初めて会うから、わたしはこんなにおしゃれをしたのね」
すっかり明るい気分になったので、くるっと回ってから、セディール兄さまに「似合う?」と笑顔で尋ねた。
「ね、兄さま、どう?」
「……まあ、その……」
期待をしながら見上げていると、セディール兄さまはそっぽを向いて「エルスタン国の今期の税収は……」とぶつぶつ呟いてからようやく「とっても可愛いな」と言ってくれた。
「わあ、嬉しい! 兄さま、だーいすき!」
女優モードから抜けきれないわたしは、そう言ってセディール兄さまに、いつものようにばふんと抱きついた。面会に備えてなのか、きちんとした服装をしてより一層カッコよくなっていた兄さまはわたしを受け止めると、ぎゅっと抱き寄せて「ううううう、辺境の税収格差と……格差と……アナベルが可愛すぎる件! これはもう、どうにもならない!」と唸るのであった。
こんなお茶目なセディール兄さまだが、このエルスタン国では仕事ができるし家柄もいいしおまけに美形だし、王家からの覚えもめでたいので、女性からはかなり人気があるそうなのだ。カティの話によるとね。
「セディールさまは、こんなにダメダメなお姿は、この屋敷の中でしかお見せになりませんからね。旦那さまと同じく真面目で厳しく、落ち着いた切れ者だという評判でございますよ」
「ふうん」
カティの言葉に、若干の疑いを含めながら、わたしは相槌を打った。
わたしの作った肉料理を、イリアスおじさまと「多い方がわたしのです!」「いや、息子よ、そこは父に譲れ!」「若いわたしが大盛りを食べるのがものの通りですよ」と取り合いっこするふたりが『切れ者』だなんてぴんとこないんだけどね。
それを聞いていた兄さまが、重々しく言った。
「カティ、『ダメダメ』とか言うな」
「それでは、『ポンコツ』?」
「……ダメダメで構わん」
カティは口元を押さえて笑い、兄さまは少ししょんぼりした。
でも、わたしが兄さまの腕に手をからめて「でもわたし、そんな兄さまのことが大好きよ!」と笑いかけると、兄さまはぱあっと嬉しそうな表情になり「アナベルは本当に可愛いね」と優しく頭を撫でてくれて「さあ、なにも心配はいらない。わたしがついているからね。王宮に向かおう」と、馬車へとエスコートしてくれた。
エルスタン国の王宮は、ファンタジックなヨーロッパ風というのか、とってもお城らしい感じの建物だった。石造りのお城の中は内装もとても豪華できらびやかだ。おそらく、こうしてお城にお金をかけることで、仕事をオーダーし、経済をうまく回しているのだろう。
エルスタン国の国民は、身分の差はあるけれど、スラムは存在しない。庶民の生活は質素ではあるが、食べ物には困らない。わたしの作るとびきりの肉料理をみんなが美味しく食べられる国だ。お祭りの時には、華やかな服を着ておめかしして楽しめるしね。
謁見の間に向かう廊下は、ふわふわの絨毯が敷かれていて、壁には絵が、脇にはずらりと素晴らしい置物が配置されていた。
本当はひとつずつよく観察したかったんだけど、さすがに最初の顔合わせの今日くらいは高貴な血筋の姫君らしく振る舞わなくてはならないので、わたしはつんと頭を上げてうっすらと微笑みながら、セディール兄さまにエスコートされ足を進めた。
お城にいた人たちが、わたしたちを見て話している。
「まあ、なんて美しい姫君でいらっしゃるの」
「セディール・リシュレーさまがお連れになっているということは、噂の王家の血を引く姫君なのでは」
「『王家の至宝』のアナベル姫ですね」
「なるほど、『王家の至宝』ですか」
「走り出したら誰にも止められないという」
「あの、伝説の」
「フェリシア姫の」
「王家のじゃじゃ馬姫の孫姫……」
「あんなにお綺麗なのに……」
ん?
雲行きが怪しくなってる?
残念感で終わったのは、お祖母さまの武勇伝のせいかしら。
わたくしは、この通りの淑女でございましてよ。
少々刃物をたしなんでおりますが。
「こちらでございます」
わたしたちが通されたのは、非公式な謁見室だそうで、普通に豪華な客間という雰囲気だった。伯爵家の雰囲気で慣れていたけれど、庶民の暮らしをしていた頃にこんなところに来たら、さすがのわたしも萎縮してしまったかもしれない。ほら、あの隅っこのふたりのように……って、あれは。
「兄さま」
「うん」
わたしが目で合図すると、セディール兄さまは頷き、見たことのないような厳しい目つきで部屋にいた人物を一瞥した。わたしは(あら、これが兄さまの普段の姿なのね)と納得した。このアイスブルーの瞳の冷たさったらないわ、シャーベットができちゃいそう。正に『クールな切れ者』って感じよ。
そして、その人物、すなわちソファの横で直立している男爵とシェリー・ラスタンは、身を震わせた。
ふたりと兄さまは、身分が違う。兄さまが声をかけなければ、話すことはできないのだ。
そして、セディール兄さまは、見事に放置!
冷たく放置!
凍りついたふたりを、放置!
……セディール兄さまを本気で怒らせるのはやめようと思ったよ。




