セディール兄さま
そして、しばらくして様子が落ち着くと、イリアスおじさまの指示で、クレリン男爵とシェリー・ラスタン、シェーゼ・マレイド先生の3人は謁見のための部屋から下がった。
3人ともようやくシェリーが引き起こした事態の重さを認識したようで、半分魂が消滅したようなふらふらした足取りで、否やを唱えることもなくおとなしく出て行った。
そう、この申し立てすらも、不敬罪の上塗りのようなものなので、公式な席だったら3人ともそのまま監獄行きになってもおかしくなかったのだ。
今回、あえて大ごとにせずにおさめてくれたのは、王家の特別な計らいなのだろう。
これはおそらく、わたしが絡んでいるからだと考えられる。
魔法の暴走したその場に居合わせたため詳しい状況を知っている、わたしのアドバイザーであるケイン王子が、シェリーに謀反の意思はなかったと判断して、クラスメイトを助けようと行動したわたしの気持ちを傷つけないようにと気にかけてくれたに違いない。
それにしても、平民出身であるシェリーやマレイド先生はともかく、ケイン王子を巻き込む事故を起こした責任の重さを貴族である男爵がわからなかったのが不思議である。
もしかすると、シェリーがマレイド先生に対する好感度を上げるためのゲームイベントが発生していて、男爵の判断力を狂わせていたのかもしれない。
乙女ゲームだと、どう考えても非常識だろうと思う行動をヒロインがとり、それがなぜか攻略対象者のイケメンを「こんな女性は今までいなかった」とかなんとか感心させて、印象を良くしていくのだ。
今回も、シェリーは「こんなに素晴らしい魔法の才能があるのか!」と皆を感心させて、嫉妬のあまりアナベルに頬を打たれたことを同情され、ケイン王子とマレイド先生の心をつかむはずだったのかもしれない。
だとすると、ゲームのシナリオはこの世界に干渉する力を持つということになる。悪役令嬢役であるわたしは、それに不安を覚える。
まだ発売前で『恋のスイートまじっく!』をプレイしていなかったから、脇役であるアナベルの運命がこれからどうなるのか、詳しくはわからない。けれど、ゲームの紹介パンフレットには、ヒロインのルートをすべて邪魔する魔女のようなキャラクターとして、アナベルが描かれれていた。
アナベルは、見た目は美しい清純そうな姫君だ。しかし、実はヒロインに嫉妬して、ありとあらゆる嫌がらせをしてくるという、性格の悪いお邪魔キャラクターだ。彼女のイラストの背景には、血のように赤く渦巻く薔薇の花びらが渦巻いていて、邪悪な雰囲気を醸し出していた。
もしかすると、最後は断罪されるゲームのアナベルと同じ運命が、わたしにも用意されているのだろうか? だとしたら、ゲームの矯正力をなんとか逸らして、わたしが無事に生きていけるように世界を変えていかなくては……。
「アナベル、どうしたんだ? 大丈夫か?」
セディール兄さまに肩を抱かれ、考え込んでぼんやりしていたわたしははっとして顔を見上げた。すると、ゲームのヒーローだと言ってもおかしくないほどの美貌が、心配そうにわたしを見ていた。
気持ちの弱っていたところに、この顔は攻撃力過多である。
「疲れたなら、もう家に帰ろうか」
もうもう、このゲームはキャラクターをかっこよくしすぎだよ! なにこの澄んだブルーの瞳! 光を反射して輝く銀の髪! すっと通った鼻梁に、ほんのりと口の端を持ち上げたセディール兄さまの笑みの素敵さと言ったら……。
「アナベル?」
「は……い」
美形の兄さまが見せる甘く優しい笑顔に、油断していたわたしは気持ちを持っていかれそうになる。
「兄さま……」
「歩けないなら、馬車までわたしが連れて行ってあげよう」
あれ、もうこれで用事は済んだのかな?
それじゃあ遠慮しないでいい……よね。
「はい、セディール兄さま……」
兄さまのイケメンっぷりにあてられて、思わず抱っこしてもらおうと素直に腕を伸ばしたところに、外野から声がかかった。
「いやいや、セディール、まだアナベルを連れて帰ってはダメだろう!」
「違うでしょ。これからが本番でしょ」
すかさず国王陛下とケイン王子から突っ込みが入った。
「今日のメインは、アナベルとの顔合わせだからな。それを忘れては困るぞ」
わあ、全然用事が済んでないじゃない!
「兄さま!」
わたしが伸ばした腕を引っ込めると、兄さまはキリッとした表情で、国王陛下とケイン王子に言った。
「しかし、わたしは世話役として、アナベルの心を癒す必要がありますし、こんな気持ちを傷つけた場所にいさせることはできません。ということで、おいで、アナベル」
いえ、わたしは我に返りました。イケメンビームを受けて、あやうく無抵抗になるところでしたが、もう大丈夫です。なので兄さま、馬車まで抱っこの話は無かったことにしてください。
「セディールったら、もう、人格が変わりすぎ!」
兄さまの様子を見たケイン王子がため息まじりに言った。
すると、なぜかセディール兄さまは目を細めて、ふっと小さく笑った。
「まあしかし、アナベル本人がこの面会を続けることを希望するというのなら、わたしはそれを阻むつもりはありませんが。どうする、アナベル?」
兄さまが、わたしの手を取ってにこやかに言った。
「『たまたま』用があって『たまたま』国王陛下とお会いしたから、『ついでに』ほんの少しだけ、話をしていくかい?」
すれ違った縁で、会釈をするくらいの気持ちでね。
そんな兄さまの言葉が聞こえた気がした。
「……そうですわね。『たまたま』お会いしたのもご縁ですもの、少しだけ、お話をさせていただけますことを光栄に存じますわ」
わたしがそう言って、国王陛下にお辞儀をすると、陛下は「……なんたるガードの固さよ!」と呆れたように言った。
「おそれながら、現在リシュレー伯爵家にお世話になっております、アナベルと申します」
「知っている、充分知っているから、だから、アナベル、今さらそんな堅苦しく振る舞う必要は……」
「どうぞ、よしなに」
わたしは、国王陛下に向かって必殺アナベル光線を発射する。すなわち、首をこてんと倒しながら、国王陛下ににっこりと笑いかけたのだ。
それを見た陛下は「お、お人形さんか?」と呟いた。
「よしなに?」
にこっ。
「……お、おお、なんでもアナベルの好きなようにしてかまわんぞ」
頬をほんのり赤らめた国王陛下から、許可が出た。
「ありがとうございます」
「ち、父上⁉︎ 違うでしょう、父上!」
ケイン王子が、国王陛下に言ったがもう遅い。すかさずイリアスおじさまがその場を収めた。
「ということで、顔合わせが無事に済んだことですし、引き続きアナベルの後見は我らが責任を持っていたしますので、どうぞご心配なく。それでは、おいとまを」
「イリアス、済んでないじゃない! ちょっと、もっとアナベルと話を……ほら、父上、父上からも……」
ケイン王子をまるっと無視したセディール兄さまが、わたしに言った。
「アナベル、おいで」
「兄さま、本当にこれで、きゃっ」
セディール兄さまに抱き上げられて、わたしは驚いて兄さまの首にしがみついた。ちょっと得意そうな兄さまに、ケイン王子が「ずるい!」と文句を言った。
「初めての顔合わせですから、これで充分ですよね。陛下、アナベルに関しては、リシュレー伯爵家が全面的にお世話いたしますのでご安心を」
「セディール、それって王家は手を出すなってことだよね? アナベルは渡さないぞってことだよね?」
ケイン王子が、不満をあらわに言った。
「失礼いたします」
セディール兄さまが、笑顔で華麗にスルーした。
帰りの馬車の中で、セディール兄さまに「ねえ、これで大丈夫なの? 王族を相手に、これで……」と尋ねたら「なんのことかな? アナベルは今日も可愛かったね」と笑顔で返事をされた。
兄さま、あのね、なんだかね、兄さまだけは敵に回したくないなって、わたしの本能が言ってる気がするんですけど……。




