お友達を作りましょう
今日は3年次の初日ということだったので、年間のカリキュラムの説明があった。編入してきたわたし以外は、皆2年間に渡ってクラスメイトとして過ごしてきたわけだから、その中に入ったわたしは馴染めるかどうかドキドキだった……と言いたいところだが、フレデリック・ユーゼリスのおかげで、そんなことを気にしている暇はなかった。
「アナベル姫……」
休み時間になり、隣の席のフレデリック青年は無駄にキラキラした瞳でわたしに話しかけてきた。
「半年前にお会いした時から、わたしの心は姫の気高き美しさに打たれ、姫の虜となってしまいましたが……あれから伯爵家で過ごされたお時間で、美しさに一層の磨きがかかって、今や眩いばかりのお姿ですね」
「あらまあ、ユーゼリスさまは、お目が悪くていらっしゃるのかしら?」
「まさに目が潰れてしまうほどの輝きですが、幸いなことにわたしの目にはあなたの魅力が余さず映っております」
「この学園では、男子生徒は皆そのような話し方をされるの?」
「もちろん、あなただからですよ、アナベル姫。あなたを前にしたら、どんな男性も膝をつき、気持ちをあなたに明け渡してしまうでしょう」
「慎んでお気持ちをお返しいたしますから、しまっておいてくださる? それから、そのような振る舞いはもうおやめくださらないこと? 他の皆さまが不審に感じてしまうわ。わたくしは、こちらには勉学のために参りましたのよ。美辞麗句を耳にしたいからではありませんの」
「申し訳ありません、しかし、咲き誇る薔薇のごとき姫を前にしたら、どんな者も誉めたたえずには……」
「せんせーい」
わたしは教壇に立ってプリントの準備をしているらしい教師に、すっと片手を上げて言った。
「席を替えていただけませんか?」
「姫っ⁉︎」
わんこ騎士が、悲鳴のような声をあげた。
「しかし、わたしは、宰相閣下より直々に、アナベル姫が学園に慣れるように気を配るというお役目をいただいておりまして……」
「でも、どう考えても、フレデリックさまはわたくしがこのクラスに馴染むのを邪魔なさっていてよ?」
わたしとお近づきになることしか考えていなかったらしいフレデリック・ユーゼリスは、ようやくクラスメイトの冷たい視線に気づいたようだ。
「アナベル姫とお話したいのに」
「フレデリック、独占しすぎだぞ」
苦情が聞こえてきた。
いくらゲームの攻略対象者で、とびきりの美形青年騎士であっても、目に余る態度だったのだろう。
「それから、わたくしを『姫』と呼ぶのはおやめくださいませ。他の皆さまと同じ扱いにしてくださることを……命じます!」
ああっ、我慢できずに、犬の躾をしてしまったわ!
「はっ、承知いたしました!」
椅子から飛び降りて跪き、深く頭を下げるフレデリックに、わたしは「だーかーらー、そういうのをやめてって申し上げているのよ!」とさらに叱りつけてしまった。
もう、だからわんこキャラって嫌なのよ!
これですっかり、わたしは高飛車なキャラに決定しちゃったじゃないの!
悪役令嬢路線を回避したかったのにーっ!
「アナベルひ……さま」
「はい、なにかしら?」
フレデリック以外のクラスメイトと話す機会が来た。
わたしは、わんこに情けをかけて(だって、イリアスおじさまに頼まれた彼の顔を潰すわけにはいかないでしょ?)席替えは免除してあげた。その代わり、待てを……いや、側での見守りを命令して……お願いしてある。
これでようやく、学生らしい交流ができるわ。
わたしが、勇気を出して最初に話しかけてくれた女生徒に、伯爵家の家庭教師に教わった『淑女らしい話し方』(ええ、食堂の肉乙女ベルちゃんとは違う話し方ね! あれは、時と場合によっては若干荒っぽくなっちゃうから、『王家の至宝』には不向きなのよ)を保ちながら、期待を込めて笑顔で彼女を見つめた。
ねえ、なっちゃう?
お友達になっちゃう?
おほほほほほ、よろしくてよーっ!
しかし、ぽっと頬を染めたその令嬢は「あっ……」と言って側にあった机に突っ伏してしまった。
「わたくしごときがお声がけするなんて、なんて僭越な真似を……」
すると、その周りで固唾を飲んで見守っていた他の女生徒たちが、机に駆け寄って令嬢の身体を支えた。
「フェルミーさま、しっかりなさって!」
「そうですわ、お気をしっかりお待ちくださいませ。フェルミーさまがお声をかけずに、どなたがかけるとおっしゃるの⁉︎」
「そうですわ、フェルミー・リザリット辺境伯令嬢さま以外にいらっしゃらなくてよ」
あらま。辺境伯って、伯爵よりも上の爵位よね?
リシュレー伯爵の後見を受けているわたしより、身分的に上に……ならないんだわ、だってわたしは『王家の至宝』なんだもん!
食堂の肉乙女なのに、無駄に身分が高すぎるーっ!
内心の葛藤を収めようと、わたしがふっと目を細めたら、それを見た女生徒たちが誤解をしてしまった。
「も、申し訳ございません、アナベルひ……さま! 違うのです」
「そうですわ、決してフェルミーさまが、そのお声がけするにふさわしい身分とか、そのようなことではなくて」
「単に、このクラスでいつも中心になってくださるのが、フェルミーさまで、ただそれだけで」
「アナベル姫のことを軽んじているわけでは……決してそのようなことは……」
おい待て。
落ち着け。
わたしは怒っているわけではないから、そんなに怯えないで。
あと、姫呼びに戻っちゃってるよ。
もっとフレンドリーで、よろしく!
というようなことを淑女らしい言葉で言おうとして立ち上がったら、女生徒たちが一斉に「ひいっ!」と引き攣った声をあげた。フェルミー嬢はというと、真っ青な顔色をして足元をふらつかせ、倒れそうになってしまった。
「危ない!」
やめてよー、わたしのこの悪役令嬢キャラクター設定!
ゲーム世界だからなの?
そう思いながらも身体は自然に動き、わたしはフェルミー嬢の身体を受けとめていた。そう、肉乙女は腕力があるのだ。
「……アナベル、さま?」
「大丈夫、フェルミーさま。ご気分は悪くないかしら?」
わたしは腕の中の女の子に言った。
あら、なんだかいきなり、大接近じゃない?
「は、はい、大丈夫です」
顔を真っ赤にしたフェルミー嬢は、わたしの腕の中で震えている。
よーしよしよし、怖くなーい……って、それじゃあまたしても犬の躾になっちゃうわ。
「貧血を起こしてしまったのかしらね。でも、今はもう顔色も良くなったし……これなら救護室にお連れしなくても大丈夫かしら」
「だだだだだだだ大丈夫です、全然、元気、元気です!」
「そう、それはよかったわ。なら、ここにおかけなさいな」
わたしはにっこりと笑いながらフレデリックに視線で『そこをどけ』と伝えて、空いた椅子にフェルミー嬢を座らせた。
「よろしかったら、この学園のことをいろいろと教えてくださらないこと? それから、このクラスの皆さまのこともお聞きしたいわ。どうぞ仲良くしてね、フェルミーさま」
わたしはあざとくこてんと首を倒して、セディール兄さまにおねだりする時のように『無垢な笑顔by王家の至宝アナベルちゃん』を作って言った。
どうやら、わたしの『お友達作り作戦』は成功したようだ。クラスの女子のリーダーであるフェルミー・リザリット辺境伯令嬢は無事にお友達になってくれて、その他の女子たちとも一言ふた言ずつだけど言葉を交わすことができた。
えっ、男子生徒?
そんなのは後回しでしょ。
学園と言えば、女子同士がキャッキャうふふと笑いさざめく場所なんだからね!
午前中はカリキュラムの説明で終わり、午後は魔法演習場に行って、AクラスとBクラスと合同で実技についての課題の説明と、わたしの魔力のテストを行うことになっている。
「今年は、Bクラスにも編入生がいるそうですの」
そして、フェルミーの情報を聞いて、わたしは緊張した。
「シェリー・ラスタンという、男爵の後見を受けている庶民の方だそうですわ」
シェリー・ラスタン。
それは、『恋のスイートまじっく!』のヒロインの名前だった。




