わあ、変なゲームが始まってる!
にこにこ笑うケイン王子のお膝の上で、温かいお茶のカップをふうふうしながら飲む、というご褒美……ではなく恥ずかしい課題をクリアさせられたわたしは、ようやく体調に異常がないことを学園長室のみんなに納得してもらった。
こんな、お膝抱っこなんて恥ずかしいこと、過保護なセディール兄さまにもされたことないよ!
エマ母さんと、たまーにレオン父さんにはやってもらったけど。あと、可愛いメリーをわたしのお膝に乗せることはあったけどね。
「授業に間に合う時間ですけれど、クラスに行きますか?」
「はい!」
ここに留まったらまずい気がしたわたしは、学園長に元気いっぱいの返事をした。
「僕はアドバイザーだけど、一日中アナベルに付き添っているわけではないから、何かあったら侍女に言って、救護室に向かうんだよ」
ゼールデン国の学園に留学してきたケイン王子は、その経験を生かしてエルスタン国王立学園のカリキュラムの見直しや新しい設備の整備などを決める会議のメンバーなのだそうだ。
「それとも、今日は特別に付き添っていようか?」
「いえ、カティがいるので大丈夫ですし、体調も整いましたので。ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「……そんなに堅苦しい話し方をしなくていいよ。僕たちは親戚なんだからね?」
ええ、めっちゃ遠い親戚で、今日が初対面で、おまけにあなたは一国の王子さまで次期国王ですけどね!
と、言いたいところだけど、わたしは上品な笑みを浮かべながら王子に言った。
「はい、ありがとうございます。困ったことがありましたら、ケイン第一王子殿下に相談させていただきますね」
「……ケインでいいよ」
「ケイン殿下に」
「ケイン。殿下は付けちゃダメ」
「……うむう。ケイン……お……さま」
おっと危ない、ここは『お兄さま』をつけたら、底知れない落とし穴に落ちるところだ。キャラクター説明に、ケイン殿下は高感度を上げすぎるとヤンデレ化するってあったもの。理性的に見えるセディール兄さまにも『兄さま』を付けたら、あんな妹ラブキャラになってしまったし、この世界は乙女ゲーム的な傾向があって、ここで暮らす皆さんのメンタルも日本人とは若干違うらしい。
「それでは、ケインさま、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「……仕方がない、それで我慢しよう。じゃあ、僕はベルって呼ぶからね」
初対面の王子さまにキラキラの笑顔で愛称呼びを決められて、わたしはその美麗な姿に心惹かれながらも内心で(これ以上高感度を上げたら危険だ!)と怯えるのであった。
そしてわたしは、ケイン王子の案内で三年Aクラスに行った。王子がドアを開けると、教室から女生徒の「きゃあっ!」という悲鳴のような声がした。
「ケイン殿下よ! まあ、なんて素敵なんでしょう!」
「まさかお姿を拝見できるなんて……本当に麗しい方だわ」
視線を集めたケイン王子がAクラスの皆に向かって軽く頷いて「ごめんね、ちょっとお邪魔するよ」と言うと、女生徒たちは真っ赤な顔をして頬を押さえた。間近で超イケメンの、しかも王子を見て、感激しているのだろう。
「先生、今日からこのクラスに編入するアナベルを連れてきました。僕がアドバイザーを務めますので、よろしく」
「これはケイン殿下、いろいろ仕事を頼んでしまってすまないね」
教壇にいた教師らしい男性が言うと、ケイン王子は「いいんですよ、アナベルは僕の親戚なんだから」とわたしの肩を抱いて教室内に入れた。すると、わたしのことを聞いているらしいAクラスの生徒たちが一斉にわたしに注目した。
どうしよう、ケイン王子はこの通りの美形王子だし、庶民あがりのわたしが懇意にしていたら顰蹙をかってしまうかもしれない。
せっかくの学生生活なんだから、楽しく過ごしたいな、いじめられたら嫌だな。
心の中は不安でいっぱいだったけれど、わたしはそんなことは一切顔に出さずに熱い視線に向かって笑顔で言った。
「皆さま初めまして、ごきげんよう。アナベルと申します。どうぞよろしくね」
たとえ庶民あがりでも、今は伯爵家にお世話になっているわけだし、宰相と王家がわたしの後ろ盾なのだ。なので、立場に合わせた態度ということで、教わった通りにケイン王子と同じくらいの軽い会釈をした。内心では(こんな偉そうな態度をとって、生意気だって思われたらどうしよう)とビビっていたけれど。
クラスメイトとなる男子も女子も、なぜかわたしを見て口と目を開けたまま固まっている。
あれ?
なんかやらかした?
そういう時は、秘技『笑ってごまかせ』だ!
わたしは、セディール兄さまやイリアスおじさまに絶大な攻撃力を持つこの技を使うことにし、あざとく首を傾げながらほんの少し口を開けて、ちょっと親しげな感じを出しながらにこっと笑って教室中を見回した。
「ね?」
すると、あたりから「ふわああああ」というため息があがった。
「まあ、驚きましたわ! お噂以上ですわ、なんて美しい姫君なの!」
「この方がアナベルさま……『王家の至宝』という方……」
「素敵だわ、あの青に金が散った輝く瞳の美しさといったら! 宝石すら自らを恥じてしまうでしょう!」
「きりりと後ろで縛った金の御髪のしなやかな煌めきが、光を反射してまるで後光がさしているようではなくて?」
「『銀の王子』ケイン殿下の隣に立たれると、金と銀のおふたりの輝かしさで眩いくらいだわ」
「どうしましょう、アナベル姫とクラスメイトになるなんて……お喋りしていただいてもよろしいのかしら。なんだか緊張してしまうわ」
……めっちゃ誉められてますけど。
これはもしや、ケイン王子の美形っぷりに、引っ張られちゃってる感じ?
よろしいよ、どんどんわたしとお喋りしてみんな仲良くしてよ、してくれないと泣いちゃうよ。
ああ、先生も苦笑してるし。
困ったな。
わたしが救いを求めて先生を見たけれど、『おやおや』と肩をすくめられただけだし、ケイン王子を見たら、とろけそうなほどに麗しく優しい微笑みを浮かべられてしまい、うっかり魂が抜けそうになったので、慌てて目を逸らし、もう一度『先生、なんとかして!』と念を込めて先生を見た。
「あー、それでは、もう授業の時間になるし、アナベル姫……アナベルさんにも席についてもらおうかな。ええと……」
すると、ひとりの男子生徒が立ち上がった。燃えるような赤い髪をした、精悍な青年だ。
「姫の席は、こちらに用意してあります!」
「おや、そうですか。フレデリックくん、ありがとう」
フレデリック青年は、ほんのりと頬を染めながらも、素早い身のこなしでこちらに進んでくると、「姫、どうぞこちらに」とエスコートの手を出してくれた。
教室でまでエスコートをしてくれるなんて、貴族って……あれれ?
「あなたは確か……騎士のフレデリック・ユーゼリスさまでは?」
そうだ、この人はわたしを食堂に迎えにくるイリアスおじさまとセディール兄さまに同行していた護衛の騎士だ。
そうそう、最終的に、懐いたわんこ化した騎士! 有力な貴族であるユーゼリス家の三男で、剣技に優れ、学生の身ながら騎士団に所属している上、フェイお姉さまが目をかけているって聞いてるわ。で、同じ学園に通うことになるから、顔合わせ代わりに護衛を頼んだんだけど、フレデリックがわんこ化してしまったのと、イリアスおじさまがわたしにべったりだったせいで、あの時はあんまり話せなかったんだっけ。
「あなたと同じクラスだったのね。よかったわ、知り合いがいて……え? フ、フレデリックさま?」
「姫、わたしのことはどうぞ『フレデリック』と呼び捨ててください!」
フレデリック・ユーゼリスは、わたしの手をとったままでいきなり跪いてしまった。
「この不肖フレデリック・ユーゼリスの名をお心に留めてくださっていたとは、感激です、アナベル姫!」
うわあ、イケメンの緑の瞳が『わんこ目』になってこっちをうるうると見上げてくるよ!
「お会いするのを待ちわびておりました。アナベル姫、あなたの御身は、このフレデリック・ユーゼリスが騎士の誇りにかけてお守りいたします」
でもって。
わんこだけど。
こんなにもわんこなんだけど。
改めて思い出したけど、このイケメン騎士『フレデリック・ユーゼリス』は、『恋のスイートまじっく!』の攻略対象者だあああーっ!
「おやおや、ベルにはすでに守りの騎士がいたんだね?」
「はい、殿下。初めてアナベル姫にお会いした時に、心に決めさせていただいております」
「勝手に決められても困るんだけどな。この学園でのことは、アドバイザーである僕の責任だからね」
「殿下が国外に留学なさっていた時、すでに剣に誓うことを姫に願い出ております」
「……」
「……」
うわあ、アイスブルー対エメラルドグリーンの、視線の戦いが勃発しちゃったよ!
でもね、わたしはこのゲームのヒロインじゃないからね。
悪役令嬢なんだからね。
これは、ゲームの流れとして間違っているからね!




