学園に編入いたしますわ
「アナベルでございます。よろしくお願いいたします」
エルスタン国王立学園の園長室に来たわたしは、園長である初老の女性に挨拶をした。カティを従えたわたしが身につけているのは、まるでゲームキャラが着るような可愛い制服に、セディール兄さまからもらった銀のリボンだ。
登園する前に、玄関ホールで「お友達ができるかしら、いじめられないかしら」と緊張するわたしに、兄さまは「こんなに可愛いアナベルを、好きにならない子はいないから大丈夫だよ」と頭を撫でてから、「それに、いじめるなんて、そんな命知らずはいないと思う」と小さな声で付け加えた。
兄さま、聞こえてますからね!
なんですか、命知らずって!
わたしはか弱き金の姫君、『王家の至宝』アナベルですよ!
『骨肉断の包丁使い』なんていう騎士団での悪口を信じないで!
あれは、フェイお姉さまが面白がってドワーフ族の鍛冶屋さんに作らせた『肉切り包丁・改』っていう剣を持ったら、身体が勝手に動いて、気づいたら試し斬り用の木偶人形たちをバラバラに解体してしまっていたのよ。決してわたしのせいではないの。
それはともかく。
3年次への転入生はわたしだけということなので、わたしは期待と不安で胸をドキドキさせていた。
「よろしくね、アナベルさん。あなたには3年次のAクラスに編入してもらいます」
園長先生が、にこやかに言った。
Aクラスというのは、高位の貴族の子女が主に在籍するクラスである。
王立学園に入学するのは貴族だけではない。優秀だと認められた庶民も貴族に後見をしてもらって入ってくるし、貴族にも階級がいろいろあるので、クラス分けがされている。しかし、別に身分の上下で差別したり、交流を妨げるようなことはない。高位の貴族だと家庭学習が充分に与えられているため、不要な学科も出てくる。これはカリキュラムを効果的に組むのを便利にするためのクラス分けなのだ。
「そして、この学園に慣れるまで、アドバイザーをあなたにつけることにしました」
「アドバイザーを、ですか?」
わたしが王家の血を引くから、気を使っているのかしら?
でも、莉緒だった時には友達付き合いができなかったけど、この世界に転生してからは『ちゃきちゃきの町っ子』アナベルだったから、コミュニケーション力には困らないと思うわよ。
「あの、わたしを特別扱いなさらなくても……」
しかし、園長先生はにっこり笑ってわたしの言葉を封じ、「紹介するわね」と続き部屋の扉を開けた。
そして、開いた扉から現れたのは。
「初めまして、アナベル。……ああ、本当に金と青の姫なんだね」
そう言って微笑むのは、今まで見たことがないくらいに美しい男の人だった。肩まであるサラサラの銀の髪に、アイスブルーの瞳。
髪も目もセディール兄さまと同じ色だけど、この人は兄さまと違っている。兄さまもカッコいいイケメンなんだけど、この人は人間離れをしていると言うか、まるで精霊とか妖精の様な雰囲気なのだ。美人、麗人、ああもう、なんて言ったらいいんだろう?
それに。
なんだろう、この感じは。
この人とは初対面なのに、なぜか見覚えがある気がするの。
わたしが美青年から目を離さずにいると、園長先生が「アナベルさん、あなたのアドバイザーを務めてくださるケインさま……エルスタン国第一王子殿下ですよ」
「ケインさま? ああ、セディール兄さまの……エルスタン国第一王子……」
『エルスタン国第一王子ケイン。穏やかな美青年だが、好感度を上げすぎるとヤンデレ化するので要注意!』
『飼っているリスを溺愛しているので、リス用のスイーツを渡すと何かが起こるかも?』
頭に謎の文字が浮かんだ。日本語だ。カラフルな色の文字の横に美麗イラストが載っている。
「え……? これは、『恋のスイートまじっく!』の紹介文……」
そうだ、わたしが退院したらやろうと楽しみにしていた乙女ゲーム、『恋のスイートまじっく!』の紹介パンフレットに載っていたものだ。
そのゲームの攻略対象者のひとりが、エルスタン国第一王子のケインなのだ。
思い出した。
そして、わたしが着ているこの制服も、ゲームの世界の制服だし、この建物もゲームの舞台のエルスタン国王立学園の建物だし……わたしは……。
「わたしは、ヒロインの攻略を邪魔する令嬢、悪役のアナベル⁉︎」
すみません。
ちょっと気を失っても。
い い で す か ?
はい、気を失いました。
だって、仕方がないと思うの!
アナベルとしての生活に夢中になっていたわたしは、思い出すこともほとんどなくなっていたけれど、前世は日本の女子高生『浅田莉緒』だったのだ。そこまではちゃんと思い出していた。
けれど、この国がエルスタンだと知っても、第一王子の名前がケインだとしても、ここが乙女ゲームの世界だったなんて全然思いつかなかった。なのに今、パズルのピースがかちっとはまったように、わたしは全てを思い出したのだ。
転生先が、乙女ゲーム!
そんなことってありえるの⁉︎
でも、ケイン王子を見たら、納得した。
こんなに綺麗な人が存在する世界なんて、乙女ゲームの世界くらいじゃない?
衝撃で意識を失ったけれど、わたしはカティの「ベルさま! ベルさま! ああ、どうしましょう、しっかりなさってくださいませ!」という半泣きの声ですぐに浮上した。リシュレー家にお世話になって以来、風邪ひとつひかない健康優良児だったわたしが、こともあろうに失神するだなんて、カティにとっては大ショックなのだろう。
「ん……」
「ベルさま! よかったわ、お気づきになられましたか?」
「カティ、ごめんなさ……い?」
身体が横になってるなー、とぼんやり考えながら目を開けると、そこに見えたのはカティの顔だけではなかった。
「アナベル、大丈夫かい?」
美しい水色の澄んだ瞳で、麗しの王子さまがわたしを心配そうに見つめている。
わたしを横抱きにして。
横抱きにして!
「え? ちょ、こ、な、」
あわあわと挙動不審になるわたし。
だって、わたしはソファに座っているらしいケイン王子の膝の上に乗ってるのよ?
うら若き乙女が、美青年王子の、膝の上に!
まずいっしょ!
いろんな意味で、まずいっしょ!
「ダメ、いい子だからおとなしくしていて」
「ほえええ」
膝から降りようとバランスを崩すわたしを、ケイン王子はぎゅっと抱きしめた。そしてわたしは奇声を発した。
「あなたは今、気を失っていたんだよ? 少しこのまま休んだ方がいい。学園長、なにか彼女に温かい飲み物をもらえますか」
「わかりました」
学園長は頷くと、侍女らしい人に指示を出した。
「昨日はちゃんと眠れたの?」
「はい……」
「今まで、こんな風になることはあった?」
「いえ、初めてです……」
うわあん、ケイン王子のドアップによる問診が破壊力ありすぎで、わたしはどうしていいかわからないよ!
「熱は……ないね」
「ひゃ」
カティが変な声を出した。
当然である。
普通、熱を計るために、おでことおでこをこっつんなんてしないからね!
この王子、なにかが間違ってるよ!
「大丈夫です、ので、今すぐ下ろしてくださいっ」
「アドバイザーとして、そういうわけにはいかないよ」
真面目なんですね!
アドバイザーとしての使命感に溢れてますね!
でも、あなたの麗しいお顔をこんなに間近で見続けるのは、非常に、果てしなく、精神的な負担になるんですよ!
「がくえんちょおおお……」
涙目になったわたしは、学園長に向かってすがるように言った。すると、学園長はひとつ咳払いをして言った。
「ケイン王子、アナベルさん……アナベル姫に会えて嬉しいのもわかりますし、失神した姫のことが心配なのもわかります」
「そうだよ、アナベルは僕の遠縁のお姫さまなんだから、僕がきちんとお世話をするんだよ」
そしてケイン王子が「会いたかったよ、アナベル」となんだか妙に色っぽい声で囁くので、わたしは顔がかあっと火照ってしまった。
「セディールの手紙を読んで、あなたのことをリスのように可愛く思ってたんだ」
セディール兄さまーっ!
いったいケイン王子にどんな手紙を書いたのよーっ!




