お姉さまと適性調査
フェイお姉さまは決してがっちり体系ではないのに、たいそうな力持ちで、人並み外れた身体能力の持ち主だった。なにしろわたしを横抱きにしながら全力疾走をすると、青年のセディール兄さまが追いつくことができないほどなのだ。
後ろから「お待ちください、母上ーっ!」「くうっ、さすがは我が母、無駄に体力があるな!」「い、いくら母上でも、本気で、怒りますよーっ!」「離せーっ、今すぐーっ、アナベルをーっ、返しなさいーっ!」「わたし、の、アナベルーっ!」という声が聞こえてくる……段々と辛そうになってくる声が。
うん、兄さまがんばれ。
わたしは、身体を安定させるためにフェイお姉さまの首につかまりながら、心の中で兄さまを応援した。
「アナベルはーっ! わたしが、抱っこする、からーっ! 今、すぐ、離してーっ!」
あれれ、セディール兄さま、趣旨がズレてますよ?
「どうやらうちの息子も金の小鳥ちゃんに夢中になってしまったようだね。あの真面目な息子が、本気でわたしを追いかけてくるよ。かないっこないのにね、ふふふ」
フェイお姉さまは不敵に笑ったが、兄さまを煽って本気にさせているのは、お姉さまではないだろうか?
「ねえアナベルちゃん、どっちにしろアナベルちゃんの武器の適性も検査する予定だったから、騎士団の鍛錬場に行って調べてしまおうね。なに、魔法省の奴らはいつも研究とやらで忙しいんだから、ほっといても勝手に仕事をしてるだろう」
「武器の、適性、ですか?」
そしてフェイお姉さま、わたしをお姫さま抱っこしながら疾走しているというのに、どうして息を切らさずに普通に会話できちゃうのですか? 息子さんの方が苦しそうですよ、せっかくイケメンなのに、仁王のような顔になってしまって必死に追いかけて来てますよ。
「そうだよ。この国の貴族は基本的に、いざという時には男性も女性も戦闘できるように、武術と魔法での攻撃法を身につけるからね。王立学園に入ったら授業で訓練もするんだ。もちろん、体力的に武術を身につけるのが難しい女性や、適性が全くないものは免除される。まあ、向いた勉強を極めさせてエルスタン国の役に立つ人物を育成するのが、学園の役目だからね」
そう、平民も、兵士になったり冒険者になったりするので、女性だって武術と魔法を身につけることもある。でも、貴族のように全員ではない。その代わり、商売をしたり物を作ったり、別の能力を磨いてお金を稼ぐのだ。
この世界には、日本と違って命がけの戦いというものが身近にある。なので、性別を問わず戦えるものは戦うための訓練をする。女性の筋力は男性に比べると低いけれど、魔力で補正され、男性よりも戦闘力が高くなったりすることも稀ではない。
このフェイお姉さまがいい例だ。
剣技に優れ、勇猛でおまけに頭がいいフェイお姉さまは、ふたりの息子の手が離れると騎士団に復帰し、『統合部長』という役職についているとのことだ。団長職の上で、軍部に関わる各部門の状態(例えば、魔法省や護衛兵士団、諜報部門など)を把握して、的確に指示を下す。とはいえ、有事以外はそれほど激務ではない。にも関わらずなかなか帰宅できないのは、いろいろな現場に顔を出して引っ掻き回……状況のチェックをしているからなのだ。
ちなみに、ふたりの息子は武術派というよりも頭脳派だったとのことで、兄は領地の治世に精を出し、弟は宰相の補助およびケイン王子の補佐を行なっていて、いずれは父親の跡を継ぐのであろうと言われている。
「さあ、ついたよ」
荒っぽいようで実は優しいフェイお姉さまは、わたしを壊れ物のようにそっと地面に降ろしてドレスを美しく整えてくれた。(どこまでもイケメンすぎるよ、お姉さま!)と叫びたくやるけれど、この優しいところがセディール兄さまに引き継がれているのだろう。
「おいで、アナベルちゃん」
「はい、お姉さま」
悪目立ちしないようにか、騎士団の鍛錬場の前でわたしを立たせたフェイお姉さまが手を出してくれたので、そっとわたしの手を乗せた。お姉さまの手には剣を握るタコができていたので、包丁タコのあるわたしの手を乗せても気が楽だった。
「アナベルちゃんは町で一人前に働いていたのに、急に王家の血を引くお姫さまだから貴族として暮らせと言われて、突然お屋敷に連れてこられて、まったく大変なことに巻き込まれたもんね。でもね、使えるカードが増えたからチャンスなんだと思って、都合よく使ってしまいなさい。この機会を利用して、自分のスキルを上げるんだよ。それは絶対に、将来的にアナベルちゃんの強みになるし、アナベルちゃんが強くなれば誰かに利用されて振り回されることも少なくなるはずだ」
「はい」
「アナベルちゃん、お姫さまだったとしても、自分の生きたいように生きていいんだよ。まわりの思惑がどうであろうと、アナベルちゃんの人生はアナベルちゃんのものなのだから、その手綱を決して誰かに渡しちゃいけない。都合よく操ろうとする輩は、蹴散らしておしまい。やり方がわからなかったら、このわたしが教えてあげるよ」
そう言って、にやりと笑うフェイお姉さまは、おそらくご自分も強くあろうとして、自分の人生を切り開いて生きてきたのだろう。だから、こんなにも、側にいるだけでドキドキするほど素敵なんだと思う。
「さて、カードが一枚、追いついてきたね」
「はっ、母上! アナベルの世話役は」
「はいはい、セディールがはりきってお世話してるんだよね」
フェイお姉さまは、鍛錬場へとわたしをエスコートしながら言った。
「いや、その、それは」
ようやく追いつき、肩で息をしている兄さまは、フェイお姉さまの言葉に怯んだ。
「『わたしのアナベル』と言うほど、懇切丁寧にお世話をしているのはよくわかったから」
「それは、その、言葉の綾で、わたしが公務としてこの案件を請け負った責任があるので、だから」
「アホ息子、詰めが甘いわ!」
「つうっ!」
振り返ったフェイお姉さまから強烈なデコピンをくらったセディール兄さまは、両手でおでこを押さえて涙目になった。
「中途半端な言動はやめろ。男なら『アナベル姫を引き取ったからには、本当の家族以上に親身になって、どんなことをしてもエルスタン一幸せにしてさしあげる!』くらいのことを言ってみろ」
「……それは……もちろんそう思っている!」
セディール兄さまの返事を聞いたフェイお姉さまは、ふん、と鼻を鳴らして「それならまあなんとか合格をやろう」と笑った。
「では、あそこにある武器を持って、適性を調べてみようか」
鍛錬場にある武器が並んだ部屋に連れていかれたわたしは、ずらりと並んだ武器を見回した。町では冒険者の姿を見慣れていたので、触れたことはあまりないけれど武器には馴染みがある。様々な剣はもちろん、常連のリッカルさんが持っているような斧もあるし、弓矢もある。
おお、鞭もある。フェイお姉さまに持たせたら似合いそうな……。
いやいや、余計な妄想をしたらダメだ!
「わたしは、この両手剣を使っている」
お姉さまは、大きな剣を両手で持つと、少し離れた場所で軽々と素振りをしてみせた。
「魔法と同じで、武器にも適性があり、使い続けていくことで習熟度があがるんだ」
「わたしは、弓を得意としているが」
兄さまは、弓と矢をを手にして構えた。兄さまはあまり筋力がなさそうなんだけど(ヒョロガリではないよ! むきむきっとしてないってこと)硬そうな弦をらくらく引いた。
「普段は戦闘に関わっていないから、それほど習熟していない。だが、有事にはそこそこ戦えるくらいの腕はある」
「……ちなみに、『そこそこ』という判断は、どなたが?」
フェイお姉さまが言った。
「もちろんわたしだ。騎士団に所属するならもっと厳しく訓練して、一個小隊を瞬殺できるくらいに鍛えてやるんだけどな」
「頭脳職なので結構です」
笑顔でお断りするセディール兄さま、素敵!
そして、お姉さまの『そこそこ』レベルがわかった気がするよ……。
「じゃあ、まずは自由に武器に触ってごらん。しっくりくるものがアナベルちゃんに合った武器だからね」
「はい。では弓から」
わたしが手を出すと、セディール兄さまが持っていた弓を渡してくれた。
「わあ、結構重いし……固くて弦が引けないわ」
「アナベル、手を痛めるといけないから無理をしなくていいよ」
わたしが奮闘していると、兄さまがそっと弓を取り上げた。
「適性があるなら、訓練をしていなくてもある程度は引けるはずだから」
「ふむ、弓ではないな」
「あら、じゃあ、斧は……おっもーい」
「はい、却下」
ホルダーから外す前に終わってしまったわ。まあ、ドレスに斧って合わないしね、いいか。
「じゃあ、お姉さまと一緒の両刃剣を」
刃の両側が研がれた、いわゆる剣らしい剣を手に取る。一番短いのを持ってみたんだけど。
「うーん、重い」
両手で持って、素振りをしようとしたけれど、重心をつかみきれないのか剣筋がふらついてしまう。
昔、冒険者の人に少し教えてもらったことがあるけど、あの時はショートソードだったのかな。もう少し上手くできたような気がする。
「あとは、こっちの剣……大きいな」
わたしは、片刃の剣を見た。でかい。そりのある巨大な出刃包丁、という感じで『叩っ斬るぞ!』という剣の咆哮が伝わってくるようだ。でも、とりあえず手に取ってみる。
「あれ?」
意外と持ちやすい。
わたしは右手に剣を持って、すっと前に伸ばしてみた。
やっぱり、手にすごく馴染む。
わたしは、いつもやるように身体の周りでひゅんひゅん剣を回してみた。ドレスが少し邪魔だけど、問題なく扱えるし、そのままサクッと目の前のものを斬ることもできそうだ。
なるほど、適性があるってこういうことなんだね!
「うふふふ、楽しいな! 見て見てフェイお姉さま、わたしには片刃剣の適性があるようです……ね?」
フェイお姉さまとセディール兄さまに言うと、ふたりはなんとも言えない顔をしてわたしの剣さばきを見ていた。
「どうしたの?」
「アナベル……それは、適性があるというレベルではないと思うんだけど、君は片刃剣の修業をしてきたのかな?」
「……数年の鍛錬では、そこまで片刃剣を扱えるようにはならない。アナベルちゃんは、冒険者の経験があるのかい?」
「いいえ」
わたしは最後にくるっと剣を回すと、ホルダーに戻した。
「わたしは料理しかしていないですよ? そうね、レオン父さんから包丁を貰った日からは、毎日欠かさずに野菜をむいて肉を切って、肉を切って肉を切って肉を切って肉を切って肉を切ってきたけど……」
そして、肉料理に特化した『肉乙女』になったんだよね。もちろん、獲物の解体を自分でやって、欲しい肉の部位を綺麗に処理したり、なんてこともできるわよ。
そう、血抜きからが肉料理よ!
「肉を……そうか。長年の包丁修業で、アナベルちゃんの片刃剣のスキルが異常に上がっていたのか!」
「え? そうなの?」
確かに、『肉を切る回数』は多かったと思うけど……それでスキルがアップしてるなんてね。
「ふっ、アナベルちゃんにそんな才能があるなんてね……少し訓練すれば、大変な戦力になりそうじゃないか……」
「母上、ダメです!」
セディール兄さまが、わたしの手を握って、武器庫から連れ出そうとじりじり後ろに下がった。
「アナベルは、王立学園に入って勉強をして」
「学園を卒業したら、騎士団に入ってもいいんだよ?」
男装の美女ににっこりと言われてぼうっとなるわたしを、セディール兄さまがぐいぐい引っ張った。
「それは、その時にアナベルが決めることですから。この子の才能は他にもあるので、将来のことはまた後で考えます」
「ふふ、楽しみに待ってるからね」
「さあ、アナベル、魔法省に行きましょう」
「あ、はい、それではフェイお姉さま、失礼します」
「今度遊びにおいで、他の騎士と手合わせをさせてあげるからねー」
フェイお姉さまと手を振り合うわたしを、セディール兄さまがずるずると引きずるように連れて魔法省へと向かったのだった。




