優しい兄さま、素敵!
そして、翌日。
魔法省の建物は王宮に併設されているので、わたしはくるぶしまである丈の、グレーのふんわりしたデザインのドレスを着て、髪を結い上げてもらった。
靴はヒールのある大人っぽいものだ。恥ずかしながら、今まで実用的なぺたんこ靴しか履いたことがなかったので、気を抜くと足元がグラグラしてしまう。戸惑うわたしを見てカティさんが「早急に、紐で足首にしっかり固定できる靴をご用意いたしましょう。それですと踵が高くても履きやすいですわ」と言ってくれた。高いヒールの靴も履きこなせるように練習しなくては、と思う。淑女教育を受けるというのも、いろいろ大変である。
わたしはまだ正式に王家との顔合わせをしていないため、今日は王宮は訪れないのだが、念のためにきちんとした服装で行くことになったので、今回はこの靴でなんとかがんばりたい。
そして、グレーのドレスと言ったが、ごく淡いグレーの光沢のある布地に銀の糸で美しく刺繍がほどこされていて、おまけに所々宝石らしいものもつけられているので、全体がキラキラ光って銀のドレスに見える。
「まあ、アナベル姫、大変に可愛らしく美しい姿ですわ」
「ええ、本当に」
「素敵だわ」
カティさんとメイドさんたちが口々に誉めてくれるので、わたしは照れて小さく「ありがと……」とお礼を言った。
「ドレスって着慣れていないから、ちょっと恥ずかしいな」
なんだかコスプレしてるみたいなんだもん。
「お似合いでございますよ。やはり、お屋敷に女性がいらっしゃるというのは華やかで良いものですね」
「お仕事に楽しみが増えます」
「お姫さまを着飾るのは楽しいわね」
「1日3回はお着替えさせたいわね」
「夜会はまだかしら」
「あら、楽しみね! 夜会のドレスを着せたいわ」
メイドさんたちは、完全にわたしをおもちゃにしてるな。
って、待てよ?
「あの、イリアスおじさまの奥さまは? そんなにこのお屋敷に戻られないの?」
ラブラブな美人の奥さまがいるって、おじさまに聞いてるんだけど。
「あ……」
「それはそれで……」
「別のお楽しみというか……」
カティさんとメイドさんたちは、微妙な表情で言った。
「え? 何かあるの?」
追求しようとした時、部屋の扉がノックされた。
「アナベル、馬車の用意はできているからいつでも出発できるよ。わたしは玄関ホールで待っているから、仕度が終わったら来なさい」
「兄さま」
わたしがカティさんに頷くと、彼女の指示でメイドさんが扉を開けた。
「セディールさま、アナベル姫の仕度は整っておりますので、どうぞご入室くださいませ」
「そうか。ではアナベル、失礼するよ」
「はい、どうぞ……まあ」
現れたセディール兄さまの姿を見て、わたしは息を飲んだ。兄さまは、昨日は貴族としてはラフな姿(それでも充分に素敵だったけど)をしていたが、今日はきちんと上着を着て、銀の輝く髪もセットしている。
うわー、どう見ても王子さまだ!
おとぎ話の王子さまがここにいるよ!
ヤバいわー、イケメンの破壊力、半端ないわー。
「ふわあ」
「アナベル!」
あまりのかっこよさに間抜けな声を出し、ふらっと足元をよろめかせたわたしに、セディール兄さまは素早く駆け寄ると腰を抱えるようにして支えてくれた。
「どうした、大丈夫か?」
「はい、兄さま……」
ああ、眩しい。
見上げるとそこには、完璧に整った顔がある。セディール兄さまは、わたしの顔を心配そうに見た。そっとわたしの前髪をかきあげて、おでこに手を当てる。
「熱はないようだけど、まさか、体調が良くないのか? アナベル、無理をすることはない、予定を変えてもいいし、なんなら、魔法省の者をここに呼びつけることもできるよ。なにしろアナベルは『王家の至宝』の姫なのだから」
呼びつけるって、わたしは何様ですかー?
「そんな、兄さま、大丈夫です。その……履き慣れない靴を履いたから、足を取られてしまっただけなのです」
セディール兄さまが麗しすぎてめまいがしましたよ自重しろこのイケメンめカッコいいぞ! とは言えなかったので、あわててごまかした。
「そうか、ならいいが」
「はい」
兄さまのアイスブルーの瞳にわたしが映ってる。
わたしの瞳にもきっと、兄さまの姿が……。
こほん、と、カティさんが咳払いをしたので、わたしたちは我に返った。
「あっ、すまない」
セディール兄さまはわたしの腰から手を離し、後ろに飛びずさった。なかなか素早い脚さばきである。
「いえ。ご心配をおかけして、申し訳ございません」
わたしがぺこりとお辞儀をすると、セディール兄さまはきりっとした顔で言った。
「気にするな、アナベル。……それに、そんなによそよそしく喋らなくていい」
「あらそう?」
わたしは(セディール兄さまのニーズに応えなければ!)と気合を入れて、妹らしく振舞ってみた。そう、接客業もしていたので、わたしはサービスがいいのだ。
「兄さま、このドレス似合うかな? うふふ、銀色だから兄さまの髪と同じ色ね」
「お、お、同じ色……」
「兄さまと、お揃い!」
するとなぜかセディール兄さまは挙動不審になって、口元を手で覆いながら「父上が自分の髪と目の色でアナベルの服を揃えていたらしいが、わたしも父と同じ色をしているから、つまりそれはわたしとお揃いという訳になるか! くっ、今気づいたが、これは……」と呟いた。
あれ、お揃いの色だとまずいのかな。
「あの……ダメなの? 別の色のドレスに着替えた方がいいの、かな?」
おそるおそる尋ねると、兄さまはハッとしたようにわたしを見て「それで構わない! むしろいい!」と言って、また「あ」と口元を押さえた。
誠に挙動不審である。イケメンだから許すけど。
「セディールさま、そろそろご出発を」
カティさんが、口元をヒクヒクさせながら、兄さまに声をかけた。
「早めに用事を済ませて、見学もなさるのでは?」
「あ、そうだったな、よし、行こう」
セディール兄さまが、エスコートしようと左腕をわたしに示した。わたしは足元に自信がなかったので、差し出された兄さまの腕につかまって「転びそうになったら、ぎゅっとしちゃうけど、ごめんね?」と言った。
「ぎゅっと……いや、いくらでもぎゅっとしていいから、転ばないようにしなさい」
「はい、兄さま!」
わたしが笑顔で見上げると、耳まで真っ赤になった兄さまは宙を見つめながら「エルスタン国の産業推進事業部を設置する件について……辛い、可愛すぎて辛い……牧羊部門が……」と呟いていた。
あれ、また仕事のことを考えてるよ。仕事熱心だね。
そして兄さまも、もふもふした生き物が好きなんだね。
子羊って可愛いよね。
ぜひわたしも、子羊をもふらせて欲しいな。
リシュレー家の馬車に乗り、わたしはセディール兄さまと一緒に王宮へ向かった。馬車の中では、時折仕事に思いをはせる兄さまと楽しくお喋りをした。
兄さまは現在25歳で、婚約者も恋人もいないという。
こんなにカッコいいのにフリーだなんて、やっぱりお仕事が忙しくて女性とお付き合いする暇がないのかな?
馬車が王宮の近くにある魔法省の前に着き、わたしは転ばないように気をつけながら、兄さまにつかまりつつ、ゆっくりと馬車を降りた。
「兄さまに頼らなくちゃろくに歩けないなんて、情けないな。早く歩きやすい靴をくださいな」
「……別に、急ぐ必要も……」
「え?」
「いや、足の形を測るところから始めて靴を作った方がいい。これからはダンスも習うことだし。それまではわたしが支えてやるから大丈夫だよ」
「でも、兄さまに迷惑をかけて……」
「構わん! ……あ、いや、わたしはアナベルの兄代わりなのだから、ちっとも迷惑ではないよ」
わあ、兄さま優しいね!
妹ができて、嬉しいんだね。わたしもメリーが生まれてとても嬉しかったから、気待ちがわかるよ。
「兄さま、ありがとう! 大好き!」
わたしが腕にしがみつくと、セディール兄さまは「エルスタン国の綿花の収穫期と流通についての問題だが……」とまたお仕事のことで頭がいっぱいになったみたいだけど、その合間にまた頭をポンとしてもらったので、わたしはご機嫌だった。
が。
「セディール!」
遠くの方から兄さまを呼ぶ人がいた。そして、兄さまはわたしの頭に置いた手をびくっとしたように引っ込めた。
兄さま、あの美女は誰なの?
「セディール、わたしに用事なのか?」
すたすたと近寄ってきた美女が、セディール兄さまに言った……美女、だよね? 騎士の服を着てるけど。
「いや、今日は魔法省に用事があるんですけれど、ちょうど良かった。母上、この子がアナベルですよ」
え?
今なんと?
わたしは目の前の、男装の美女を見た。
凛々しい姿の背が高いその女性は、淡い茶色の髪に赤いメッシュが入って、背中まであるウエーブヘアを後ろでひとつに結んでいる。そして、どう見てもセディール兄さまを産むほどの歳には見えない。
……まさか、後妻さんなの?
彼女は、ぼかんと口を開けているわたしを見て「おお、本当に『王家の至宝』の姿だね! これはイリアスが夢中になるはずだよ」と感心したように言った。
まじまじとその女性の顔を見ると、確かに兄さまに似ている。
後妻ではなさそうである。
じゃあ、アレか?
美魔女ってやつか⁉︎
「アナベルちゃん、どうしたの?」
美魔女さんに、ほっぺたをつんつんされた。
うわあ、萌える!
カッコいい!
この人、ヤバいカッコいいです!
「わたしはセディールの母の、フェイだよ。よろしくね。仕事が忙しくてあまりうちに帰れないから、今日会えてよかったよ。みんなに良くしてもらってる? 困ったことはないかな?」
「は、はい、大丈夫です、セディール兄さまには良くしてもらっています」
わたしはフェイさまに視線が釘付けになったまま、なんとか返事をした。
だって、本物の男装の麗人だよ?
リアル宝◯だよ?
「おやおや、セディールに可愛い妹分ができたようだね」
美魔女さんが、わたしの頭をわしわしと撫でた。
なかなかワイルドである。首がぐらんぐらんしてしまう。
「カティがいるから大丈夫だと思うけど、何かあったら遠慮なくわたしに連絡を取りなさい。いきなり攫われるように連れてこられてびっくりしちゃったね。まったく、男どもときたら……」
男装の美女ににらまれて、セディール兄さまは「わたしまで一緒にしないでください」と肩をすくめた。
「後で、騎士団にも遊びにおいで。騎士たちと顔合わせをするからね。バタバタしていてごめん、今度ゆっくり話そうね」
「はい、よろしくお願いします、フェイお姉さま……」
わたしは『ほええ……』と、だらしなく女騎士さんに笑いかけてしまった。
すると、フェイさまはわたしの頭から手を引っ込めた。
「う……」
そして、両腕でわたしを抱きしめた!
「きゅうっ」
「わあ、きゅうって鳴いたよ! 可愛いな」
「母上! 何をするんですか! アナベルを返してください!」
うわあ、いい匂いがしますぅ……リアル◯塚のフェイお姉さま、素敵です……。
「よし、やっぱり今日騎士団に連れて行ってあげようね!」
「母上、違います、今日は魔法省に、やめてくださいって、母上ーっ!」
「さあアナベルちゃん、こっちだよ!」
そして腕力のあるフェイお姉さまは、わたしをひょいとお姫さま抱っこして「あはははは」と爽やかに笑いながら走り出したのであった。
「ははははは、金の小鳥ちゃんを捕まえたぞ!」by フェイ




