第9話:大炎上と没落(ざまぁ完了)
アイリスによる「真実の映像」の世界的ハッキング投下から、丸一日が経過した。
迷宮都市はもとより、世界中のネットワークは未だかつてない規模の大炎上を継続していた。
『マスター。現在のネットワークにおける「紅蓮の剣」および「ネームレス」の関連トラフィックですが、昨日からさらに四〇〇パーセント増加しました。もはや一つの社会現象、あるいは宗教的狂乱の域に達しています』
安アパートのベッドで天井を仰ぎ見る俺の視界に、アイリスが無慈悲なデータを投影してくる。
「……ギルドの対応はどうなった」
『中央ギルドの対応は異例の速さでした。ガレル、ミレナ、リックの三名は、ギルドの登録を永久抹消。さらに「同行者に対する故意の殺人未遂」および「虚偽報告によるギルドへの多大な信用毀損」の罪で、憲兵隊に正式に逮捕・投獄されました』
「妥当だな。むしろ、あれだけの証拠を全世界にばら撒かれて、言い逃れができるはずもない」
俺は深くため息をつきながら、空中に展開された巨大な匿名掲示板のホログラムウィンドウに目を向けた。
そこには、俺が最も恐れていた「大衆の熱狂」が、最高潮の形となって可視化されていた。
【スレッド名:【悲報】元S級「紅蓮の剣」さん、ガチで終わるwww Part.452】
1: 名無しの探索者
おいお前ら、今日のギルド公式発表見たか!?
ガレルたち、懲役八十年の実刑食らったらしいぞwww
15: 名無しの探索者
見た見たwww
あの記者会見でのドヤ顔から、自分のクズ映像流された瞬間のガレルの顔面蒼白っぷり、歴史に残る芸術点だったわ。飯が美味すぎる。
28: 名無しの魔術師
『あのゴミ一匹の命で、俺たちS級の命が助かるなら安いもんだろうが!』
↑これ、今年の流行語大賞確定だろwww
45: 名無しの探索者
ミレナも同罪でブタ箱行きらしいな。
あいつら、刑務所で強制労働させられるらしいけど、S級の装備全部没収された素のステータスじゃ、スライム倒すのにも苦労するんじゃね?
60: 名無しの探索者
マジで自業自得。
自分たちを守ってくれてた恩人を囮にして、挙句の果てにテロリスト扱いして手柄を横取りしようとしたんだからな。
同情の余地が1ミリもない。
88: 名無しの探索者
てか、あのハッキング映像流したの誰なんだろ?
ギルドのセキュリティ一瞬で突破して全世界に同時配信とか、情報戦のレベルが国を越えてるんだが。
102: 名無しの情報屋
>>88
決まってんだろ。「ネームレス様」の仲間か、あるいはご本人に決まってる。
物理的な破壊力だけじゃなく、電脳空間すら支配してるとか、どんだけチートなんだよあの人。
130: 名無しの探索者
紅蓮の剣(笑)の話はもういいよ。底辺のゴミの末路なんてどうでもいい。
問題は、あの「映像」の方だよ!!!
【スレッド名:【神】ネームレス様の「鉄の巨竜」について考察するスレ Part.999】
1: 名無しの軍事オタク
みんな、例の未編集の高画質版映像、コマ送りで見たか!?
俺は昨日から徹夜で百回以上リピートしてるが、未だにあの魔法(?)の原理が分からん!
12: 名無しの探索者
あの緑色の魔法陣(照準器?)が出た後、空間が割れて出てきた巨大な黒い鉄の塊!
ありゃなんだ!? 大砲のバケモノみたいな見た目だったが!
25: 名無しの魔術研究家
あれは魔法ではない。おそらく、超高度な物理兵器だ。
映像の音声を解析した結果、あの『ブウゥゥゥゥッッ!!』という空間を引き裂くような異音は、毎秒数十発以上の「極めて質量の高い金属弾」を超音速で連射している音だ。
40: 名無しの探索者
>>25
毎秒数十発!? アホか!
んなもん、どんな装甲だろうが数秒でミンチになるに決まってんだろ!
55: 名無しの探索者
現に、第30階層のイレギュラーボスが、たった五秒で「更地」になったんだぞ……。
ガレルさんの大剣(笑)が弾かれた装甲が、濡れた紙みたいに弾け飛んでた。
70: 名無しの探索者
しかも、あんな戦略級のバケモノ兵器を、ノーモーション、無詠唱、反動ゼロでぶっ放してたんだぞ、あのおっさん。
完全に神の御業だろ。
92: 名無しの探索者
俺、あの鉄の塊に名前つけたわ。
『咆哮する黒鉄の死神』ってどうよ?
105: 名無しの探索者
>>92
かっけええええええ!!
ネームレス様と死神アヴェンジャー! 最強すぎる!!
120: 名無しの探索者
ていうかさ、冷静に考えてみろよ。
ネームレス様、あんな頭おかしい火力をいつでも出せるのに、ガレルたちがいる間は「一切手を出さなかった」んだぜ?
145: 名無しの探索者
あ……。(察し)
150: 名無しの探索者
>>120
マジだ。味方をあのバケモノ兵器の巻き添えにしないために、ずっと我慢してたんだ。
自分を馬鹿にして、ゴミ扱いしてきた連中を守るために……。
180: 名無しの探索者
聖人かよ……。
俺だったら、ガレルに「おら、チンタラ歩くな無能」って言われた瞬間に、あの黒鉄の死神でガレルごとミンチにしてるわ。
200: 名無しの探索者
圧倒的な力を持っているのに、決して驕らず、味方を守るために無能を演じ、裏切られてもなお静かに去っていく。
……これが、本物の「強者」なんだな。
230: 名無しの探索者
おい、誰かネームレス様の居場所知らないか!?
俺、一生ついていきたい! 荷物持ちの荷物持ちでもいいからパーティに入れてほしい!
255: 名無しの探索者
ギルド本部にはもう、ネームレス様を指名しての「超特級クエスト」の依頼が山ほど殺到してるらしいぞ。
国家元首クラスからの直々のスカウトも来てるって噂だ。
300: 名無しの探索者
ネームレス様! 俺たちのネームレス様!
早く俺たちの前に姿を現してくれええええ!!
パチンッ。
俺はこれ以上見ていられず、乱暴な手つきでホログラムウィンドウを強制終了させた。
「……頭が痛い。なんだあの考察は。なんだあの神格化は」
俺は両手で顔を覆い、ベッドの上で深く絶望していた。
大衆の想像力による「勘違い」は、見事に最悪の方向へとフル回転し、一条誠という人間を「底知れぬ力と慈悲を持つ、聖人にして破壊神」という、カルト宗教の教祖のような存在にまで押し上げてしまった。
『素晴らしいエンゲージメントです、マスター。現在のあなたの社会的価値は、この大陸のどの国家の軍事力よりも高く見積もられています。まさに覇王の如き名声ですね』
アイリスの、わざとやっているとしか思えない底抜けに明るい声が、俺の神経をゴリゴリと削っていく。
「ふざけるな。……いいか、俺の目的は『深層コア』の隠密回収だ。目立てば目立つほど、ギルドや国家の監視網が厳しくなり、ダンジョンへの自由な出入りが不可能になる」
俺はベッドから起き上がり、鏡の前に立った。
無精髭の生えた、平凡でむさ苦しい中年男の顔。
だが今、この顔が少しでも外で割れれば、数万人の熱狂的なファンと、国家の諜報機関が血眼になって殺到してくるのだ。
「……もう、マックという偽名はおろか、ただのポーターとして潜り込むことすら危険だ。『少し腕の立つパーティ』に入れば、必ずギルドの審査やメディアの注目を浴びる」
俺は洗面台の水を出し、バシャバシャと顔を洗った。
冷たい水で、強制的に思考をクリアにする。
「アイリス。これより、完全な『ステルス・フェーズ』に移行する」
『了解しました。具体的な戦術目標を提示してください』
「俺たちの存在を完全に隠蔽できる、新しい偽装IDを作成しろ。そして……」
俺は鏡越しに、赤いセンサーを光らせる相棒のホログラムを見つめた。
「俺が次に潜り込むパーティは、『絶対に誰も注目しない』場所でなければならない。同接数が限りなくゼロに近く、ギルドからも見放され、深層攻略など夢のまた夢のような……最弱にして底辺のパーティだ」
最強の兵器であることを隠すためには、最弱の泥沼に身を沈めるしかない。
『……条件に合致するパーティの検索を開始します。……ヒットしました』
アイリスが空中に一枚のプロフィール画像を投影する。
そこには、安っぽい革鎧を着た、人の良さそうに笑う小柄な少女の姿が映っていた。
『パーティ名【ひだまりの盾】。リーダー:美雲夏美。職業:盾職。……現在のチャンネル登録者数、わずか二一〇人。圧倒的なまでの底辺配信者です』
「……決まりだな。今日から俺は、その『ひだまりの盾』の新人ポーターだ」
熱狂に包まれた迷宮都市の片隅で。
世界中が探す「神」は、自らを最底辺へと偽装するための準備を、静かに始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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次回お楽しみに。




