第6話:SNSの爆発と「ネームレス」の誕生
とりあえず完成した分投稿です
迷宮都市の片隅にある、防音と魔力遮断の結界が張られた安アパートの一室。
普段なら微かな生活音しかしないはずのその部屋は今、無数のホログラムウィンドウから発せられる眩い光と、絶え間なく鳴り響く通知音によって、狂乱のサイバー空間と化していた。
「……嘘だろ。なんだよ、この数字は」
俺は、ベッドの端に腰掛けたまま、両手で頭を抱え込んでいた。
網膜に直接投影されているARウィンドウには、信じがたい光景が広がっている。
昨晩の『紅蓮の剣』の配信アーカイブ。その再生回数は、一夜明けた現時点で実に「三千万回」を突破していた。さらに、俺がA-10の30mmガトリング砲を喚び出し、ボスを数秒で粉砕した数十秒間の映像だけが切り抜かれ、無数のSNSや動画サイトで無限に拡散され続けている。
『マスター。現在のネットワーク上における特定キーワードのトラフィック量を分析しました。「謎のポーター」「大砲」「瞬殺」「紅蓮の剣 逃亡」などのワードが、世界の全検索エンジンの上位一〇〇位までを完全に独占しています』
視界の端で浮遊する手のひらサイズの戦術支援AI・アイリスが、どこか誇らしげな、それでいてひどく事務的なトーンで報告を続ける。
『あなたのエンゲージメント率(反応率)は、この国の国家元首の緊急会見をすでに七〇〇パーセント以上、上回っています。情報戦という観点から見れば、歴史的な大勝利と言えるでしょう』
「勝ってどうする! 俺がいつ、そんな目立ち方をしたいと命令した!」
思わず声を荒げた。
プロのソロ屋、あるいは裏社会で生きてきた人間にとって、「目立つ」ことはすなわち「死」や「破滅」を意味する。
俺の持つ『現代兵器の顕現』という能力は、この剣と魔法のファンタジー世界においては、あまりにも異質で、強大すぎるのだ。
もし俺の正体が完全に割れれば、どうなるか。
間違いなく、ギルドの上層部や国家機関が黙っていない。「戦略級の軍事兵器」として国に囲い込まれ、自由を奪われるか、あるいはその力を恐れた暗殺者に狙われるかの二択だ。
どちらに転んでも、俺の最大の目的である『深層コアの回収』は、絶望的に困難になる。
「アイリス。俺の個人情報の流出状況を教えろ。あのバカども(紅蓮の剣)は、俺の本名を知っていたか?」
『否定します。彼らはあなたを雇用する際、履歴書すらまともに確認していません。ギルドの短期雇用契約書に記載された偽名「マック」も、彼らは一度も呼ぶことなく、終始「無能」「おっさん」「ポーター」と呼称していました』
俺は深くため息をつき、少しだけ安堵した。
あいつらの他人に興味がない傲慢さが、皮肉にも俺の匿名性を守ってくれた形だ。
「……映像からの顔面特定の可能性は?」
『極めて低確率です。あなたは戦闘直前まで、目深に被ったフードと、顔の半分を覆う防塵ゴーグルを着用していました。ゴーグルを外した瞬間も、カメラのアングルは床すれすれの極端なローアングルであり、かつ広間は著しく光量が不足していました。照合可能な顔面データは、全体の三四パーセントに留まります』
アイリスが空中に投影した昨晩の映像には、確かに俺の顔ははっきりと映っていなかった。
無精髭の生えた顎のラインと、冷たく見下ろす鋭い瞳が、暗がりの中で一瞬だけ光に照らされた程度だ。街を歩いていて即座に「あの動画の男だ」と特定されるレベルではない。
「……不幸中の幸いだな。だが、ネットの特定班の執念を舐めてはいけない。服装や装備のシルエットから辿られる可能性もある。昨日着ていたコートとバックパックは、すべて焼却処分だ」
俺は立ち上がり、プロとしての思考を急速に冷徹なものへと切り替えていく。
情報統制(OPSEC)。己の痕跡を消し、ゴーストとして振る舞うこと。それこそが、俺がこれまで生き延びてきた最大の武器だ。
『しかしマスター。あなたが沈黙を守れば守るほど、大衆の熱狂は加速していく傾向にあります。現在のネット掲示板の様子をご覧ください』
アイリスが、空中に巨大な掲示板のスレッドをいくつか展開した。
そこには、俺の想定を遥かに超える「神格化」のプロセスが、リアルタイムで進行していた。
【スレッド名:あの謎のポーター、結局何者なんだよ!? Part.154】
402: 名無しの探索者
おい、ギルドのデータベースにアクセス権ある奴いないのか?
紅蓮の剣のパーティ情報から、あのポーター割り出せないのかよ!
415: 名無しの情報屋
>>402
やってみたけど無駄だった。
短期の臨時雇用枠で、登録名は偽名っぽかった。しかもギルドカードの履歴も昨日の深夜でパタリと途絶えてる。完全に足取りを消された。
430: 名無しの探索者
プロじゃん……。マジでただの荷物持ちじゃないってことか。
あの圧倒的な大魔法(?)を無詠唱で撃てる実力がありながら、あえて底辺ポーターに扮して、S級パーティの背後を守ってたってことだろ?
455: 名無しの探索者
しかも、ガレルたちが逃げ出すまでは絶対に手を出さなかった。
あれってつまり、「自分の魔法が強力すぎるから、味方を巻き込まないようにわざと無能を演じてた」ってことだよな?
優しすぎるだろ……! 泣けるわ。
480: 名無しの探索者
それに引き換え、俺たちを騙してた紅蓮の剣のクズっぷりよ。
自分たちを守ってくれてた恩人を囮にして逃げるとか、人間として終わってる。
510: 名無しの探索者
で、結局あのおっさんの名前はなんて呼べばいいんだ?
「無能」はもう絶対違うし、「謎のポーター」も長い。
522: 名無しの探索者
名乗らず、正体も明かさず、ただ圧倒的な力で去っていったんだ。
――『ネームレス(名無し)』でよくね?
530: 名無しの探索者
>>522
それだ!!!
ネームレス様! 俺たちのネームレス様!!
550: 名無しの探索者
かっけええええええ!!
ネームレス! 最強の重火器使いネームレス!!
「…………ネームレス、だと」
俺は、そのあまりにも中二病じみたネーミングセンスに、頭痛が倍増するのを感じた。
ただ目立ちたくない一心で名乗らなかっただけなのに、それが逆にミステリアスな強者としてのカリスマ性を付与してしまったらしい。
大衆の想像力というものは、時に最悪の兵器となる。
『お気に召しませんでしたか? 私は、マスターの隠密主義を的確に表した、非常に合理的なコードネームだと評価しますが』
「茶化すな。……状況は最悪だ。俺は今、世界中の人間から『英雄』として探されている。ギルドの調査部も本格的に動くだろう」
俺は部屋のカーテンを少しだけめくり、外の様子を窺った。
迷宮都市の大通りは、朝から異様な熱気に包まれていた。すれ違う探索者たちが、誰も彼も手元の端末を見つめ、「ネームレス」の話題で持ちきりになっているのが、窓越しでも伝わってくる。
(この街で、これまで通りのダミーIDを使って活動するのは不可能だな。完全にほとぼりが冷めるまで、別の偽装ルートを探すしかない)
深層コアの入手ルートが絶たれたわけではない。だが、計画の大幅な修正は免れないだろう。
「アイリス。昨日使った『マック』というダミーIDの口座と情報を、完全に抹消しろ。痕跡を1バイトも残すな。俺はこれから、一切の表舞台から姿を消す」
それが、プロとして導き出した唯一の正解だった。
ネットの熱狂など、所詮は一過性のものだ。新しいスキャンダルや強者が現れれば、いずれ大衆はそちらへ群がる。俺が一切の燃料を投下せず、沈黙を貫き通せば、やがて「都市伝説」として風化していくはずだ。
『了解。ダミーIDの消去プロセスを開始します』
アイリスの従順な返答に、俺は少しだけ肩の荷を下ろした。
これでいい。誰も俺を見つけられない。俺はただの幻に戻るのだ。
『――ただし、マスター。どうやら、事態はあなたの望むようには「風化」してくれないようです』
だが、アイリスの声には、明らかな「イレギュラー」を告げる不穏な響きが混じっていた。
「……何があった」
『たった今、ネットワーク上に巨大なトラフィックの変動を検知しました。発信源は、迷宮都市の中央ギルド・プレスルームです』
アイリスが、部屋の中央に新たなホログラムウィンドウを強制的に展開する。
そこに映し出されたのは、緊急のライブ配信の画面だった。
フラッシュの嵐が焚かれる中、ギルドの紋章が刻まれた演台の前に、痛々しい包帯を巻き、悲痛な表情を作った男が立っていた。
「……ガレル」
俺は目を細め、その男の名前を呟いた。
昨晩、俺を囮にして無様に逃げ出したはずのS級パーティ『紅蓮の剣』のリーダーが、なぜか堂々とカメラの前に立っている。
『緊急会見にお集まりいただき、ありがとうございます』
画面越しのガレルは、殊勝な態度で深く頭を下げた。
同接数は、すでに五十万人を超えようとしている。世界中の目が、彼の口から語られる「真実」に注目していた。
『昨晩の配信について……皆様に、多大なるご心配をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます』
ガレルはマイクを両手で握り締め、カメラに向かって、信じられないほどの「嘘」を語り始めた。
『あのような痛ましい結果になってしまったこと……リーダーとして、責任を痛感しております。ですが、どうか真実を知っていただきたい。あのボスを倒したのは、あの「ポーター」ではありません』
ガレルのその一言に、会見場の記者たちが、そして画面の向こうの数百万人という視聴者が、一斉に息を呑む気配が伝わってきた。
「……おい、まさか」
俺の嫌な予感は、最悪の形で的中することになる。
ガレルは、顔を上げ、まるで悲劇の英雄であるかのように、力強く宣言したのだ。
『あのポーターが使ったのは、ギルドで固く禁じられている「自爆型の違法魔導具」です! 彼は我々を裏切り、ボスごと自爆したのです! そして……重傷を負いながらも、最後に残ったボスの息の根を止めたのは――他でもない、俺たち「紅蓮の剣」なのです!』
――静寂。
そして次の瞬間、ネットの海は、昨日とは比較にならないほどの、絶大なる「怒りと混乱の業火」に包まれることとなる。
俺は、画面の中で勝ち誇ったような瞳を隠しきれていないガレルを見つめながら、静かに、ひどく冷たい声で呟いた。
「……アイリス」
『はい、マスター』
「――あのクソ野郎の口を、物理的に塞いでもいいか?」
『交戦規定には抵触しませんが、社会的影響が大きすぎます。……ですが、ハッキングによる「社会的抹殺」であれば、私の演算能力の二パーセントで実行可能です』
静かに沈黙しようとしていたゴーストの前に、自らガソリンを被って火を点けに来た愚か者。
俺の静かな怒りが、臨界点を突破しようとしていた。
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次回お楽しみに。




