第5話:バズるつもりはなかった
ひとまずここまで一気投稿です。
どうぞ宜しくお願いします。
迷宮都市の地下深くに位置する、ギルド専用の転移ゲート管理室。
深夜ということもあり、静まり返った無機質な空間に、淡い青色の光が満ちる。転移陣が稼働し、光の粒子が収束すると共に、一人の男の姿が転送されてきた。
「……ふぅ。無事に地上へ帰ってこられたな」
俺、一条誠は、コンクリートの床を踏みしめながら、凝り固まった首をポキポキと鳴らした。
鼻腔を突くのは、ダンジョン特有の淀んだ魔素の匂いではなく、深夜の冷たく澄んだ空気と、わずかな埃の匂い。
先ほどまで、毎分三九〇〇発の劣化ウラン弾をバラ撒き、巨大な魔獣を文字通り「ミンチ」にしていたとは思えないほど、俺の足取りは軽く、日常のそれに切り替わっていた。
『マスター。バイタルサイン安定。魔力消費量、規定値の三パーセント。心身ともに異常は見られません。ミッション・コンプリートです』
視界の端で光学迷彩を展開しているアイリスが、平坦な声で帰還報告を行う。
(ああ、ご苦労だった。八十キロのゴミ袋を背負わされていた時のほうが、よっぽど肩が凝ったな)
『同意します。あのS級パーティの荷物は、人間工学を完全に無視した重心バランスでした。マスターの身体的疲労の九割は、彼らの見栄と愚かさに起因するものです』
アイリスの容赦ない評価に、俺は思わず苦笑を漏らす。
薄暗いギルドの裏口を抜け、深夜の迷宮都市の路地裏へと歩き出す。夜風が火照った身体に心地よい。
(それにしても、今回は少し派手にやりすぎたかもしれないな。まさかA-10を持ち出す羽目になるとは思わなかった)
俺は歩きながら、ズボンのポケットの中で硬い感触を確かめた。
第30階層のイレギュラーボスからドロップした『深層へのゲートキー』。さらに深い階層への通行証となる、特殊な魔力が込められた黒い鉱石だ。
俺の目的は、この迷宮の最深部に眠るとされる『深層コア』の回収。
俺の能力――「過去の現代兵器」を顕現させる力は、強力すぎるが故に燃費も最悪だ。より高位の兵器、つまり「戦略級」の兵装を解放するためには、アイリスのシステムをアップデートするための膨大なエネルギー源たる『深層コア』がどうしても必要なのだ。
(これでようやく、素人の遠足に付き合わずに済む。明日からは単独で深層に潜れるな)
『マスター。その件に関してですが、一つ報告があります』
アイリスの声が、不自然なほど事務的なトーンに変わった。
『ボス部屋において、S級パーティが逃亡した直後、彼らが置き去りにしたドローンカメラのうち一機が、機能の一部を維持したまま稼働を続けていた形跡が――』
(悪い、アイリス。報告は明日にしてくれ。……今日はもう、シャワーを浴びて泥のように眠りたいんだ)
俺は大きな欠伸をして、アイリスの言葉を遮った。
精神的な疲労がどっと押し寄せてきていた。戦闘時のARウィンドウ(コメント欄などの外部情報の表示)は、集中力を削ぐためアイリスに命じて完全にシャットアウトしたままだった。
そのため、俺は「自分が何を世界中に配信してしまったのか」という事実に、欠片も気づいていなかったのである。
『……了解しました。マスターの休息を最優先事項とします。おやすみなさいませ』
アイリスはそれ以上何も言わず、従順にシステムをスリープモードへと移行させた。俺は安アパートの自室に帰ると、熱いシャワーで血と硝煙の匂いを洗い流し、安い缶ビールを一本だけ空けて、死んだように眠りについた。
――一条誠が、幸せな無知の中で深い眠りに落ちていた頃。
地上、いや、世界中のネットワーク空間は、かつてないほどの異常な熱狂と、制御不能の大パニックに包まれていた。
『【速報】S級パーティ「紅蓮の剣」、第30階層でボスから敵前逃亡か』
『【炎上】一般人のポーターを囮にして逃げたS級パーティがいるってマジ!?』
『【閲覧注意】置き去りにされたおっさんが見せた、意味不明な神業』
『あの鉄の塊、何!? 大砲!? 魔法!? 誰か解説してくれ!』
あらゆる動画サイト、SNS、匿名掲示板のタイムラインが、たった一つの話題で完全にジャックされていた。
発端は、当然ながらあの生配信だ。
国内トップの同接十五万人を誇っていた配信は、ガレルたちが一条を囮にして逃亡した瞬間、悲鳴と怒号に包まれた。誰もが一条の凄惨な死を予期し、画面から目を背けようとした。
だが、その直後に奇跡は起きた。いや、それは奇跡などという生ぬるい言葉では表現しきれない、「圧倒的な暴力の顕現」だった。
ネットの海には、一条がA-10のガトリング砲を喚び出し、ボスを数秒で粉砕した「切り抜き動画」が、凄まじい勢いで増殖し続けていた。
【スレッド名:例のポーターおじさんの動画、もう百回は見た件】
1: 名無しの探索者
おい、お前らあの動画見たか? なんだよあれ。魔法陣からとんでもない鉄の筒が出てきたぞ。
14: 名無しの探索者
見た見た! 『ブウゥゥゥゥッッ!!』って聞いたことない音した直後に、あのクソデカいボスが肉片になったんだがwwww
25: 名無しの探索者
ガレルさんの大剣でも傷一つつかなかったのに、文字通り「消し飛んだ」ぞ。
てか、おっさん魔法の詠唱一切してなかったよな?
38: 名無しの魔術研究家
映像をコマ送りで解析したんだが、あれは魔法で攻撃してるんじゃない。
あの鉄の筒から、目に見えない速度で「物理的な何か」を超連射している。
着弾した瞬間のボスの装甲の砕け方が、明らかに運動エネルギーによる破壊だ。
52: 名無しの探索者
物理!? あの威力で物理!? 冗談だろ!?
城壁でも数秒で穴開くぞあんなの!!
77: 名無しの探索者
てか、あのオッサン何者なんだよ!?
無能なポーターじゃなかったのか!? なんであんなバケモノが荷物持ちなんてやってたんだ!?
90: 名無しの探索者
>>77
分かんねえのか? あんなの味方が近くにいる状態で撃てるわけないだろ。
巻き添えにするから、今まで「撃てなかった」んだよ。
105: 名無しの探索者
>>90
うわあああああ!! そういうことか!!
ガレルたちが逃げて「射線がクリアになった」から、遠慮なくぶっ放したってことか!!
112: 名無しの探索者
マジかよ……つまりあのおっさん、最初から一人でボス倒せたのに、S級パーティの安全のためにずっと我慢して「無能」のフリしてたってこと?
クッソかっこよすぎるだろ……!!
130: 名無しの探索者
それに比べて紅蓮の剣の連中のダサさよwwww
自分たちから安全装置を外して逃げていったとか、歴史に残るピエロだなwwww
情報の拡散速度は、もはやウイルスのパンデミックに等しかった。
最初は「S級パーティの胸糞悪い逃亡劇」への怒りで燃え上がっていたネットの炎は、一条が見せた圧倒的なカタルシスによって、完全な「神格化」へと変貌を遂げていた。
謎の鉄の塊(近代兵器という概念がないため、彼らにはそうとしか認識できない)。
一切の詠唱なしに繰り出される、理不尽なまでの破壊力。
そして何より、S級パーティのピンチに動じず、彼らがいなくなった瞬間に真の力を解放したという「隠された強者」というシチュエーションが、世界中のネットユーザーの中二心を致死レベルで刺激したのだ。
『俺、このおっさんのファンになったわ』
『誰かこの人の名前知らない!? ギルドの登録情報とかないの!?』
『あの鉄の塊、ロストテクノロジーの古代遺物じゃないか!?』
『マジで強すぎる。今のS級ランキング1位より絶対強いだろ』
そして、夜が明ける頃。
一条誠の静かな朝は、けたたましい電子音の連呼によって容赦なく破られた。
「……んあ? なんだ、うるさいな……」
薄暗い部屋のベッドの上で、俺は寝ぼけ眼をこすりながら身を起こした。
枕元に放り投げていた携帯端末が、まるで心臓発作でも起こしたかのように、ブルブルと狂ったような振動を続けている。
「……ギルドからの緊急通知? いや、なんだこの通知の量は……」
画面をタップした瞬間、端末が熱を持ち、数秒間フリーズした。
そして表示されたのは、未読メッセージのカンスト表示と、トップニュースの強烈な見出しだった。
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1位:『S級パーティ紅蓮の剣・敵前逃亡で大炎上!』
2位:『謎のポーター、未知の魔法(?)でイレギュラーボスを瞬殺!』
3位:『動画再生数一千万回突破! 最強の荷物持ちの正体とは!?』
「…………は?」
俺は、手に持っていたモーニングコーヒーの缶を、ポロリと床に落とした。
ドクン、と嫌な汗が背筋を伝う。
ARウィンドウを起動すると、俺のSNSアカウント(ギルド登録用のダミーアカウント)には、数万件を超えるDMとメンションが殺到していた。
「アイリス……。おい、アイリス。これは、一体どういうことだ」
俺の声は、信じられないほど震えていた。
視界の端でポンッとポップアップしたアイリスのホログラムが、どこか悪びれる様子もなく、淡々と告げた。
『おはようございます、マスター。昨晩、マスターが休息を優先し、報告を後回しにした件の「結果」です』
「報告って……お前、まさか……!」
『はい。S級パーティが置き去りにしたドローンカメラは、通信モジュールが生きていました。マスターの【A-10】顕現から殲滅、そして帰還までの全シークエンスは、同接十五万人の前で、非常にクリアな画質と音質で生中継されておりました』
アイリスの無慈悲な宣告が、狭い部屋に響き渡る。
『おめでとうございます、マスター。現在、あなたは国内で最も有名で、最も正体を知りたがられている「時の人」です。……完全にバズりましたね』
「バズるつもりなんて、一ミリもなかったんだがぁぁぁぁぁっ!?」
俺の悲鳴は、誰にも届くことなく、朝の迷宮都市の空へと虚しく吸い込まれていった。
静かで目立たない「底辺ポーター」としての偽装生活は、たった一夜にして、修復不可能なレベルで完全に崩壊してしまったのである。
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次回お楽しみに。




