第17話:精密誘導(スマート)爆撃
鋼鉄巨人の丸太のような巨大な腕が、夏美の頭上へと振り下ろされる。
それは、彼女の細い身体など、ひび割れた鉄の盾ごと容易くすり潰してしまうであろう、絶対的な死の質量だった。
「ごめんね、コウタくん……リコちゃん……!」
夏美は、死を覚悟して目をギュッと瞑り、ただ仲間たちが無事であることだけを祈った。
同接十万人のコメント欄が、悲鳴と絶望のテキストで完全に埋め尽くされる。
――だが、その「死の瞬間」が訪れるよりも早く。
俺(一条誠)は、人間離れした脚力で床を蹴り、配信のドローンカメラが夏美たちを映している画角の「完全な外側」――ボス部屋の最も端にある巨大な瓦礫の陰へと、音もなく滑り込んでいた。
(アイリス、システム・オンライン! 広域座標リンクを開始しろ!)
『了解。現在位置、ダンジョン第20階層。地上からの深度、約二〇〇メートル。……上層の岩盤、および複数階層の天井構造の座標データを取得しました』
瓦礫の陰で片膝をついた俺は、自身の右手に、見慣れた銃器とは異なる特殊な機材を顕現させた。
――【AN/PEQ-1 SOFLAM(特殊部隊用レーザー目標指示装置)】。
三脚に固定された、巨大な双眼鏡のような形状のレーザー照射器だ。
(顕現完了。……アイリス、上空に『アレ』を待機させろ)
『イエス、マスター。……迷宮都市上空、高度一万フィート。戦略爆撃機のウェポンベイを仮想展開します。……対象兵装、ロック解除』
俺の脳内に、はるか上空――迷宮都市の空高くに展開された「見えない爆撃機」のシステム画面がリンクされる。
(いくぞ。……装甲が硬いなら、中身ごと押し潰すまでだ)
俺はSOFLAMの接眼レンズを覗き込み、極めて冷静な手つきで、鋼鉄巨人の巨大な頭部……その赤い単眼のど真ん中へと十字のクロスヘアを合わせた。
(レーザー照射、開始)
カチリ、とスイッチを押し込む。
SOFLAMのレンズから、肉眼では不可視の特殊なレーザーが射出され、鋼鉄巨人の頭部に「絶対外れない死のマーキング」を刻み込んだ。
『レーザー捕捉確認。……マスター、深度二〇〇メートルの岩盤をぶち抜くには、通常の爆弾では不可能です。最大火力の地中貫通爆弾を使用します』
(構わん。投下しろ)
俺の冷酷なゴーサイン。
その瞬間、アイリスの無機質な声が、神の宣告のようにシステム上に響き渡った。
『――【GBU-28・レーザー誘導地中貫通爆弾】、投下』
その頃。
夏美は、いつまで経っても自分を押し潰す「衝撃」が来ないことに疑問を抱き、恐る恐る目を開けていた。
「え……?」
彼女の目の前で、鋼鉄巨人の動きが、不自然にピタリと止まっていたのだ。
巨人の赤い単眼の表面に、どこからともなく「赤い光の点」が照射されている。
それは、俺がSOFLAMから照射している不可視のレーザーを、アイリスが「視聴者への演出」として、意図的に可視領域の赤い光へと変換して見せているものだった。
「な、なっちゃん! あいつの顔に、赤い光が……!」
「あれって……もしかして、魔法の照準!?」
壁際で倒れていたコウタとリコも、巨人の頭部に張り付いた不気味な赤い光の点に気づき、声を上げた。
『おい、見ろ! なんか赤い光が出てるぞ!』
『なんだあれ!? ネームレス様の新しい魔法か!?』
『でも姿が見えない! どこから狙ってるんだ!?』
『いや、待て……! なんか、上から「音」が聞こえないか!?』
コメント欄の視聴者たちが、配信の音声が拾い始めた「異常な異音」にざわつき始める。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォッ……!!!
それは、巨大な地震のようでもあり、空を裂く隕石の落下音のようでもあった。
地鳴りは、横からではない。明らかに「頭上」から迫ってきていた。
「な、なに……!? 天井が、鳴ってる……!?」
夏美が、鉄の盾を構えたまま、ポカンと天井を見上げる。
鋼鉄巨人もまた、自身の本能が告げる異常な危機感に気づいたのか、夏美から標的を外し、赤い光の点が張り付いた自身の頭上へと視線を向けた。
彼らの頭上にあるのは、第20階層の分厚い黒曜石の天井だ。
だが、その天井のさらに上――数千メートルの上空から、全長六メートル、重量二トンを超える巨大な「鉄の槍」が、音速を超える速度で自由落下してきているなど、この世界の誰一人として想像できるはずがない。
『マスター。対象兵器、第1階層の岩盤に着弾。……貫通します』
アイリスの実況が、脳内に響く。
――ズガァァァァァァァンッ!!!
頭上の遥か彼方で、重々しい爆発音が響いた。
ダンジョン全体が、まるで悲鳴を上げるかのように激しく揺れる。
だが、それはただの爆発ではない。GBU-28バンカーバスターは、着弾と同時に爆発するのではなく、その異常な運動エネルギーと特殊な弾頭構造によって、硬い岩盤を「掘り進む」ように貫通していくのだ。
『第5階層、貫通』
『第10階層、貫通』
『第15階層、貫通』
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
異音は、毎秒ごとに大きくなり、確実な「死の気配」として夏美たちの頭上へと迫ってくる。
『おいおいおい! これヤバいって!』
『ダンジョンが崩れるぞ!?』
『上から何かが落ちてきてる!?』
「夏美ちゃん! 逃げてぇぇぇっ!!」
リコの悲鳴が響き渡る。
しかし、夏美は恐怖で足がすくみ、動くことができない。
そして――。
『マスター。目標上空の岩盤に到達。――着弾します』
メメリッ、と。
ボス部屋の分厚い黒曜石の天井に、巨大な亀裂が走った。
次の瞬間。
パラパラと崩れ落ちる破片と共に、天井の岩盤をぶち抜き、空気を摩擦で真っ赤に焦がした「巨大な鉄の杭」が、超音速でドームの内部へと乱入してきた。
「ブモォォォォッ!?」
鋼鉄巨人が、自身を貫こうとする圧倒的な質量に気づき、防御障壁を最大出力で真上へと展開する。
しかし、無駄だ。
GBU-28は、俺のSOFLAMが照射し続けている「赤い光の点」に向かって、コンマ一ミリの狂いもなく、完璧な軌道で吸い込まれていく。
ズドゴォォォォォォォォンッ!!!!!!
それは、戦いという概念を超えた、純粋な「天罰」だった。
音速を超えて落下してきた二トンの鉄の塊は、巨人の展開した多重物理反射障壁を、紙切れのように容易くぶち破った。
そして、赤い光の点が照射されていた巨人の「脳天」へと深々と突き刺さり――そのまま、八メートルの鋼鉄の胴体を、足元まで完全に「縦割り(貫通)」にしたのだ。
「――――ッ!!」
夏美たちは、声すら出すことができなかった。
だが、バンカーバスターの真の恐ろしさは、貫通力だけではない。
分厚い装甲を突き破り、巨人の体内の最も奥深く――魔力コアが位置する中心部に到達した瞬間、内蔵された遅延信管が作動した。
『起爆』
俺の低い呟きと同時。
鋼鉄巨人の体内で、超高密度の高性能爆薬が炸裂した。
カッ……!!
一瞬、巨人の全身の隙間から、太陽のような極大の閃光が漏れ出す。
直後、外からの攻撃にはあれほど強固だった鋼鉄の装甲が、内側からの膨大な圧力に耐えきれず、風船のようにパンパンに膨れ上がり――。
ドバァァァァァァァンッ!!!!!!
凄まじい大爆発と共に、鋼鉄巨人の身体は、数千の細かい鉄くずとなって四方八方へと弾け飛んだ。
爆発の大部分のエネルギーは、巨人の体内で吸収され、残りの指向性エネルギーは「真下」の床をすり鉢状にえぐり取ることに費やされたため、奇跡的に広範囲への誘爆は防がれていた。
「きゃあああああっ!!」
爆風と熱波がドーム内を吹き荒れる。
夏美は無意識に鉄の盾を構え、吹き飛んでくる無数の鋼鉄の破片から、必死に自身と仲間たちを守った。
……やがて。
鼓膜が麻痺するような轟音の余韻が去り、もうもうと立ち込めていた土煙と硝煙が、ゆっくりと晴れていく。
「…………え?」
盾を下ろした夏美の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。
つい数秒前まで、彼らを絶望のどん底に叩き落としていた八メートルの鋼鉄巨人は、もはや影も形も残っていない。
ボス部屋の中央には、直径二十メートル、深さ十メートルにも及ぶ、巨大でいびつなクレーターだけが残されていた。
そして、それ以上に彼らを驚愕させたのは――。
「て、天井に……穴が……」
コウタが、震える指で真上を指差した。
クレーターの真上。第20階層の分厚い天井には、地上から一直線に貫通してきた、巨大な「円形の穴」がポッカリと空いていた。
地下数百メートルの暗闇のダンジョン。
そのぶち抜かれた天井の穴から、一筋の美しい『月光』が、まるで神の祝福のように、真っ直ぐにクレーターの中心へと降り注いでいたのである。
『マスター。対象の魔力反応、完全消滅。……精密誘導爆撃、完璧です』
瓦礫の陰で、俺は熱を持ったSOFLAMの電源を切り、ゆっくりと息を吐いた。
ARウィンドウに表示された同接十万人のコメント欄は、完全にフリーズし、滝のような流れがピタリと止まっていた。
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次回お楽しみに。




