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クリアランス・ゼロ 〜無能ポーターとして見捨てられた俺、誤射の心配が消えたので相棒(戦術AI)とダンジョンを更地にする〜  作者: ぱすた屋さん


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第14話:弾道計算と偽装工作



 迷宮都市の初心者ダンジョン第4階層。

 薄暗い地下の岩肌を照らす松明の光の中、底辺パーティ『ひだまりの盾』は、かつてないほどの熱気と緊張感に包まれていた。


「みんな、気をつけて! ここから先は、装甲オークの生息エリアだよ!」


 リーダーの美雲夏美が、背丈の倍はある鉄の盾を構えながら、気合の入った声で指示を飛ばす。


「任せてください、夏美ちゃん! 今の俺の剣なら、オークの装甲だって紙切れ同然っすよ!」

「わ、私も、昨日の『覚醒』の感覚、まだ残ってますから……!」


 コウタとリコも、自信に満ちた表情で頷いている。

 彼らは完全に勘違いしていた。前回の探索でゴブリンを「粉砕」したのが、自分たちの中に眠る潜在能力の開花によるものだと、純度一〇〇パーセントの善意で信じ込んでしまっているのだ。


 その後方を、大荷物を背負ってトボトボと歩く俺――一条誠の胃の腑は、すでに限界に近い痛みを訴えていた。


(……おい、アイリス。現在の同接数を教えろ)

『はい、マスター。現在、ひだまりの盾の配信チャンネルの同時接続数は「三千二百人」を突破しました。さらに、毎秒単位で増加傾向にあります』


 俺のARウィンドウに表示されたコメント欄は、かつての長閑な過疎配信の面影など微塵もなく、猛烈な速度で滝のようにテキストが流れ続けていた。


『ここがネームレス様が降臨したって噂の配信か!』

『動画の切り抜き見たぞ! 確かにゴブリンの死に方が異常だった!』

『今日もネームレス様の狙撃が見られるってマジ!?』

『いや、ただの偶然だろ。底辺パーティの売名行為乙』

『でも、昨日からこのパーティ、無傷で第4階層まで来てるぞ?』


 昨晩の「ゴブリン爆散事件」の切り抜き動画がSNSで拡散された結果、数千人の野次馬が「ネームレスの影」を求めてこの弱小チャンネルに殺到してしまったのだ。


(最悪だ……。三千の監視カメラに見張られながら、どうやって彼らを裏から支援しろと言うんだ)

『プロフェッショナルとしての腕の見せ所ですね、マスター。……来ます。前方三十メートル、曲がり角の先から「装甲オーク」の群れ。数、五体です』


 アイリスの警告とほぼ同時に、重々しい足音と共に、全身を分厚い鉄の鎧で覆った巨大な豚頭の魔物――装甲オークが五匹、通路の奥からのっしのっしと姿を現した。


「ブモォォォォッ!!」


 オークの咆哮が洞窟内に反響する。

 ゴブリンとは比較にならない質量と威圧感。これまでの夏美たちであれば、一目散に逃げ出していたはずの強敵だ。だが……。


「行くよ、コウタくん、リコちゃん! 私たちの『本当の力』を、見せてやるんだからっ!」

「うおおおおっ! 俺の神速のカマイタチ、食らいやがれええっ!」


 勘違いで完全にバフがかかっている夏美とコウタが、あろうことか、装甲オークの群れへ向かって真正面から突撃を開始してしまった。


(馬鹿野郎!! お前らの攻撃なんか、その装甲に傷一つつけられるわけがないだろうが!)


 俺は心の中で絶叫しながら、背中を丸めて岩陰に隠れつつ、アイリスに超高速の指示を飛ばした。


(アイリス! 直接的な狙撃は禁止だ。銃創を残せば、完全にネームレスだとバレる! 弾道計算と環境偽装のプランを大至急出せ!)

『すでに完了しています。マスターの視界の上方、天井の岩盤構造をご覧ください』


 アイリスの誘導に従い視線を上げると、ARウィンドウ越しに、天井の巨大な鍾乳石とその基部の岩盤が、緑色のワイヤーフレームでスキャン・解析されていくのが見えた。


『該当エリアの岩盤は、極めて脆弱なフラクタル構造をしています。基部の「ポイント・アルファ」にピンポイントで爆発による衝撃波を与えれば、共振現象によって岩盤全体が崩壊します』

(落石に巻き込む、というわけか。……だが、どうやってその岩盤を崩す? 魔法の火球でも撃ち込めば、俺がやったとバレるぞ)

『ご安心を。……マスターの「真名解放」による兵器の顕現位置は、マスターの視認可能な空間内であれば、ある程度任意に設定できるはずです。落石の直撃タイミングと、オークの位置、そして夏美の「大声」を完全に同期シンクロさせます』


 俺の網膜に、恐ろしいほど緻密なタイミング計算のチャートが表示される。

 それは、ただ岩を落とすだけではない。「夏美の気合の叫び声」と「C4爆薬の起爆音」を重ね合わせ、爆発音を隠蔽しつつ、岩がオークをピンポイントで押し潰すという、狂気のピタゴラスイッチだった。


(……やれやれ、どっちが化け物だか分かったもんじゃないな)


 俺はため息をつきながら、右手の人差し指を、密かに天井の「ポイント・アルファ」へと向けた。

 配信のドローンカメラは、夏美とオークの激突を映すために下を向いている。天井は完全に死角だ。


(顕現せよ――【C4・プラスチック爆薬コンポジション・フォー】、及び【遠隔起爆装置デトネーター】)


 緑色の電子紋様が虚空に閃き、天井の岩盤の基部に、粘土状の高性能爆薬と小型の受信機が音もなく付着した。

 同時に、俺の右手の中に、小さなスイッチ式の起爆装置が握り込まれる。


 通路では、夏美が突進してくるオークの巨大なメイスを、重い鉄の盾で必死に受け止めようとしていた。


「くぅっ……! 負けないっ! 私の、ぜんりょくのぉぉぉ……!!」


 夏美が、限界まで息を吸い込み、気合の叫びを上げるための予備動作に入る。


『マスター。起爆タイミングまで、三、二、一……』


「シールド・バァァァッシュ!!!」


 夏美の甲高く、洞窟内に響き渡る渾身の叫び声。


(――今だ)


 カチリ。

 俺は、無表情のまま右手の起爆スイッチを押し込んだ。


 ドォォォォォンッ!!!


 夏美の叫び声に完全に被さる形で、天井に設置されたC4爆薬が炸裂した。

 緻密に計算された指向性爆発は、火炎や煙を発生させることなく、純粋な「衝撃波」のみを岩盤の急所へと叩き込む。


「えっ……!?」


 夏美が盾を突き出した瞬間。

 彼女の頭上数メートル先の天井から、数トンから数十トンにも及ぶ巨大な鍾乳石と岩盤の塊が、雷鳴のような轟音と共に崩落した。


「ブギャアアアッ!?」


 突進してきていた五匹の装甲オークたちは、回避する暇など一切なく、頭上から降り注いだ圧倒的な岩の雨によって、その分厚い装甲ごと文字通り「ペシャンコ」に押し潰された。

 ズドォォォンッ! という地響きが数秒間続き、猛烈な土煙が通路を覆い尽くす。


「ヒィィィッ! ら、落石だぁぁっ! 死ぬぅぅぅっ!」


 俺は岩陰で頭を抱え、三流のダイコン役者のような悲鳴を上げながら、ガタガタと震える演技を全うした。


 やがて、土煙がゆっくりと晴れていく。

 そこには、完全に崩落した巨大な岩の山と、その下敷きになって絶命したオークたちの、ピクピクと痙攣する手足だけがはみ出していた。

 夏美たちは、崩落のギリギリ安全圏に立っており、小石一つ当たっていない。


「…………へ?」


 夏美は、突き出した自身の盾と、目の前の岩の山を交互に見比べ、完全にポカンと口を開けていた。


「な、なっちゃん……! お前、今、盾でオークの群れごと『ダンジョンの壁』まで叩き壊したのか!?」

「えっ!? ち、違うよ! たぶん、私が叫んだ声が大きすぎて、天井の岩が落ちてきたんじゃ……!」

「声で岩盤を崩落させるって……それ、伝説の『竜の咆哮ドラゴン・ロア』じゃん! 夏美ちゃん、実は竜の血でも引いてるんすか!?」


 コウタとリコが、完全に常軌を逸した勘違いを加速させ、夏美を畏敬の眼差しで見つめている。

 夏美自身も、「もしかして私、本当に竜の力(?)が目覚めちゃったの……?」と、両手を見つめて困惑しきっていた。


(……よし。これで敵の死因は「落石」だ。銃創などどこにもない。完全犯罪の成立だ)


 俺は内心でガッツポーズを決め、額の冷汗を拭った。

 だが、その安堵も束の間。


『マスター。大変です。コメント欄が……』


 アイリスの呆れたような声に促され、ARウィンドウを確認した俺は、再び激しい胃痛に襲われることとなった。


『えええええええええ!?』

『落石!? タイミング良すぎだろ!!』

『あんな偶然あるわけない! 絶対に「誰か」が岩盤を崩して助けたんだ!!』

『しかも、夏美ちゃんの声に合わせて爆発音みたいなのが聞こえなかったか!?』

『やっぱりネームレス様だ! ネームレス様が、カメラの死角から魔法で天井を撃ち抜いて落石を起こしたんだ!!』

『すげええええ! 環境を利用したステルス支援! ネームレス様、神すぎる!!』


 三千人を超える視聴者たちの「集合知」と「ネームレスへの信仰心」は、俺の偽装工作の意図を半ば見抜き、見事に「ネームレスの神業」という結論へと到達してしまっていた。


『これ絶対確定だろ! このパーティ、ネームレス様に守られてるぞ!!』

『やばい、伝説の始まりに立ち会ってるかもしれない!』

『SNSで拡散してくる! 【速報・ネームレス様、落石トラップで底辺パーティを救う】!!』


「…………おい、アイリス」


 同接カウンターが、三千から四千、五千へと、倍々ゲームのように跳ね上がっていく。


「これ……どうすんだよ」

『見事な情報拡散力バズりですね。マスター。……あなたのプロフェッショナルな偽装工作が、皮肉にも視聴者の「考察欲」を最高潮に刺激してしまったようです』


 俺は、無自覚に世界を熱狂させ続ける自分自身の業の深さに、ただただ頭を抱えるしかなかった。

 底辺パーティの快進撃と、俺の胃痛のピークは、まだ始まったばかりだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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