第13話:視聴者の勘違い「今の、ネームレスじゃね?」
薄暗いダンジョンの第3階層。
血だまりの中に転がる四匹のゴブリンの無惨な死体を前に、夏美たちは「自分たちの潜在能力が覚醒した」と無邪気に信じ込んでいた。
だが、その様子を画面越しに見つめていた、同接わずか八人の「常連視聴者たち」の反応は、現場の能天気な空気とは全く異なっていた。
『マスター。コメント欄のトラフィックが、通常の平均値を五〇〇パーセント超過しています。彼らは、先ほどの不自然な「現象」に極めて強い違和感を抱いているようです』
アイリスの冷たい報告と共に、俺のARウィンドウに表示されたコメント欄が、凄まじい勢いで流れ始めた。
『え、なに今の?』
『なっちゃん、今、盾掠っただけだよね? なんでゴブリンの頭がスイカみたいに弾け飛んでんの!?』
『コウタの剣、完全に十センチくらい空振ってたぞ! なんでカマイタチみたいに身体が真っ二つになってんだよ!』
『リコちゃんの投げた小石に至っては、ただのペチッて音の後にゴブリンの首が吹っ飛んだんだが……バグか?』
彼らは底辺パーティをずっと応援してきた常連だからこそ、夏美たちのステータスがどれほど低いかを誰よりも正確に把握していた。
だからこそ、目の前で起きた「小石でゴブリンが爆散する」という現象を、火事場の馬鹿力などという都合の良い言葉で納得するはずがなかった。
(……チッ。やはり、画面越しの冷静な視点は誤魔化しきれなかったか)
俺は岩陰で怯えたポーターの演技を続けながら、内心で鋭く舌打ちをした。
俺の放った9ミリ亜音速弾の弾着タイミングは、彼らのモーションと一〇〇パーセント同期していた。だが、弾丸がもたらす『結果』が、彼らの貧弱なモーションとあまりにも釣り合っていなかったのだ。
『おい、お前ら……今のゴブリンの「死に方」、どこかで見覚えがないか?』
ふいに、一人の常連視聴者が投下したコメントが、小さな火種となった。
『見覚え? ゴブリンが物理的にミンチになるなんて、高ランクのハンマー使いの攻撃くらいしか……』
『違う! ハンマーの潰れ方じゃない! もっと異常な速度で、目に見えない「何か」に貫通されて弾け飛ぶような……』
『あっ……!』
『嘘だろ……。いや、でもあの「圧倒的な物理法則の暴力」みたいな壊れ方……!!』
『昨日の夜、S級のボスを数秒で更地にした、あの「ネームレス」の攻撃にそっくりじゃないか!?』
――ギクリ。
俺の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
(ば、馬鹿な!? 俺の姿は一切カメラに映っていない! VSSの銃声だって環境音で完全に隠蔽したはずだぞ!)
俺は分厚い眼鏡の奥で、信じられないというように目を見開いた。
姿も見せず、音も立てていない。なのに、残された「死体」の様子だけで、ネームレスの関与を疑う者が現れるとは、完全に俺の想定外だった。
『アイリス! どういうことだ! なぜこんな飛躍した推論に行き着く!?』
『マスター。大衆は現在、「ネームレス」という存在に熱狂の極致にあります。彼らの脳内フィルターは、あらゆる不可解な現象を「ネームレスの神業」と結びつけるよう、極端にバイアスがかかっている状態です』
アイリスが、無慈悲な分析結果を突きつけてくる。
『さらに、マスターの放ったVSSの徹甲弾は、昨晩のA-10の30ミリ弾と同じく、「極めて高い運動エネルギーによる物理的破壊」という共通のシグネチャ(特徴)を持っています。……隠蔽プロセスは完璧でしたが、あなたの攻撃の『質』そのものが、ネームレスの署名になってしまっているのです』
(くそっ……! プロの仕事が、裏目に出たというのか!)
コメント欄の熱量は、すでに同接八人の小さなコミュニティの枠を越えようとしていた。
『おいおいおい! マジかよ! ってことは、ネームレス様が裏でこのパーティを助けてくれたってことか!?』
『でも、なんでこんな底辺パーティを!?』
『分かんねえけど、あの人はS級のガレルたちを身を挺して守ってたような「聖人」だぞ! 初心者のピンチを見過ごせなくて、こっそり遠距離から魔法(?)で狙撃してくれたんじゃないか!?』
『うわああああ! かっけえええええ!! 姿を見せずに弱者を救うとか、完全にダークヒーローじゃん!!』
俺がただ「深層に行くための隠れ蓑」として守っただけの行動が、大衆の勝手な妄想によって「弱きを助ける聖人の無償の愛」へと美しく脚色されていく。
『ちょっと待って! 私、今すぐSNSの探索者掲示板にこの配信のURL貼ってくる! 「ネームレス様が降臨したかもしれない」って!!』
『俺も動画サイトの切り抜き速報にタレコミ入れてくるわ!』
(やめろぉぉぉっ!!)
俺は心の中で、血を吐くような絶叫を上げた。
隠れ蓑として選んだ「絶対に誰も注目しないはずの底辺配信」。
しかし、俺自身の過剰な火力が原因で、そこに「ネームレスの加護がある」という、世界で最も注目を集める最悪の都市伝説が誕生してしまったのだ。
「ええっと……みんな、大丈夫? 怪我はない?」
画面の向こう側の狂乱など露知らず、夏美はホッとしたように仲間たちに声をかけていた。
「大丈夫っす! なんか一瞬で終わっちゃいましたけど……俺たち、やればできるんすね!」
「はい……! 私、自分がこんなに強いだなんて思いもしませんでした……。これなら、これからも深層目指して頑張れそうです!」
コウタとリコが、完全に己の力を勘違いし、キラキラとした瞳で拳を握りしめている。
俺は頭を抱え、その場にうずくまりたい衝動を必死で抑え込んだ。このお人好しの素人たちは、次に魔物と遭遇した時も「自分たちで無双できる」と信じて突っ込んでいくだろう。俺は彼らが死なないように、さらに裏から狙撃を続けなければならないのだ。
『マスター。事態は急を要します』
アイリスの声が、かつてなく緊迫したトーンに変わった。
『SNSでの情報拡散により、現在、この「ひだまりの盾」の配信チャンネルに対する外部からのアクセス要求が急増しています。……同接数、八人から五十人を突破。さらに増加中。まもなく数百の単位に達します』
俺のARウィンドウの隅にあるカウンターが、スロットマシンのように猛烈な勢いで回転し始める。
五十、八十、百二十、二百――。
閑古鳥が鳴いていた底辺配信に、ネームレスの影を求めて、世界中からの野次馬が雪崩を打って押し寄せてきているのだ。
「……最悪だ。俺の正体隠匿ミッションは、初日で破綻したというのか」
『否定します。彼らはあくまで「ネームレスがどこか遠くから狙撃した」と推測しているに過ぎません。画面の端でガタガタと震えている、冴えない中年ポーター(シン)の正体がネームレスであるとは、誰一人として疑っていません』
「だが、このまま注目を集め続ければ、いずれギルドの調査が入るぞ! 同接何万人という監視の目の中で、どうやって彼らを裏から支援しろと言うんだ!」
俺の胃の腑が、キリキリと音を立てて痛み始める。
ただでさえ「バレずに支援する」という高難易度の曲芸をこなさなければならないのに、これからは数万人の視聴者の目という最悪の監視網の中で、それを実行しなければならないのだ。
『戦術プランの再構築を提案します』
アイリスが、空中に新たな数式と偽装ルートの図面を展開する。
『今回の問題は、弾丸による「直接的な死因」がネームレスのシグネチャと一致してしまったことに起因します。ならば次回からは、敵の死因を「完全に自然なもの」に偽装する必要があります』
(自然な死因、だと?)
『はい。例えば……彼らの頭上にある脆い岩盤を計算づくで崩落させる「落石」や、ダンジョンに元から配置されている「トラップ」の意図的な起動。……これらの中に、現代兵器(C4爆薬など)の起爆を完全に紛れ込ませるのです』
アイリスの提案に、俺は息を呑んだ。
それはつまり、「銃で撃ち殺す」のではなく、「ダンジョンの自然現象に見せかけた『爆破暗殺』を、リアルタイムの生配信の中でやってのける」という、先ほどよりも遥かに異常で、狂気的な難易度のミッションだった。
『……できますか? マスター』
アイリスの挑発的な問いかけ。
俺は、視界の隅で猛烈な勢いで増え続ける同接数(すでに五百を突破している)と、何も知らずに「帰還の準備しよっか!」と笑い合っている夏美たちを交互に見つめた。
(……やるしかないだろうが。俺の平穏と、深層への切符を守るためにはな)
俺は、分厚い丸眼鏡を中指で押し上げ、冷たい汗を拭った。
「シンさーん! 荷物、重くないですか? 帰りも気をつけて行きましょうね!」
振り返った夏美が、底抜けに明るい笑顔で俺に手を振る。
俺は冴えない愛想笑いを浮かべながら、「ええ、大丈夫ですよ、リーダー」と答え、彼女たちの後ろをトボトボと歩き始めた。
――こうして、世界中が熱狂する「神の加護を受けた底辺パーティ」と、その裏で胃を痛めながら現代兵器による「完全犯罪(ステルス爆撃)」を強いられるハメになった男の、狂った快進撃の幕が上がったのである。
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