第九十四話 見送る者達
盗賊団との戦いから数日後。
俺達はようやく目的地へ辿り着いていた。
「見えてきた!」
ユッキーが嬉しそうに前を指差す。
懐かしい景色、森に囲まれた小さな村。
ユッキーの故郷だった。
「おぉ……」
俺は思わず声を漏らした。
以前訪れた時とは随分違う。
壊された家々は修復され、新しい建物も増えている。道には子供達が走り回り、畑では村人達が働いていた。
活気が戻っていた。
「復興してるな」
「うん!」
ユッキーが満面の笑みを浮かべる。
「みんな…頑張ったんだ!」
ユラの襲撃。
あの日、この村は大きな被害を受けた。だが村人達は諦めなかった。失ったものを嘆くだけではなく、前へ進んだのだ。
「良かったな」
「おう!」
その返事は本当に嬉しそうだった。
その夜、俺達は村唯一の宿へ泊まった。
豪華ではない。
だが妙に落ち着く場所だった。
夕食を食べながら、旅の思い出話で盛り上がる。
王都への道中のゴーゴン。
王都での騒動。
レオナルドとの出会い。
シュレイドとの戦い。
ケンジ。
ユラ。
サトコ。
色々あった。
本当に色々あった。
気が付けば深夜になっていた。
「もうこんな時間か……」
ユッキーが呟く。
「寝なさい」
イベルタが呆れたように言った。
そんな何気ない時間が妙に心地良かった。
翌朝。
窓から差し込む朝日で目を覚ます。
久しぶりにゆっくり眠れた気がした。
俺はベッドから起き上がり、懐からステータスカードを取り出す。
Level 14
「まだまだだな」
そう呟きながらカードをしまった。
この先も、ケンジやユラのような奴らを相手にするときが来るかもしれない。だから、もっと強くならなければならない。
宿の前。
出発の時間だった。
俺とイベルタ、コルディ。そしてユッキー。
四人で立っている。
しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのはユッキーだった。
「ここでお別れだね」
「ああ」
ユッキーは少しだけ寂しそうに笑う。
それでもその表情は明るかった。
「本当に楽しい旅でした!」
そう言って俺を見る。
「ありがとう、ギャン!」
次にイベルタを見る。
「ありがとう、イベルタ!」
最後にコルディを見る。
「ありがとう、コルディ!」
コルディが苦笑した。
「大袈裟よ」
「大袈裟じゃねーよ!」
ユッキーは胸を張る。
「みんなと旅ができて本当に良かった!」
その言葉に嘘はなかった。
俺も少し笑う。
「こっちこそ助かった」
「また会えるよな…?」
「会えますよ」
イベルタが言う。
「世界は広いようで狭いですから」
「その理屈よく分からないんだけど」
コルディが突っ込む。
ユッキーが吹き出した。
俺達もつられて笑った。
しばらく笑って。
そして、別れの時間が来た。
「じゃあな」
「おう!」
ユッキーは大きく手を振る。
いつもの笑顔だった。
「また来てくれよ!」
俺達も手を振り返す。
背を向け、歩き出す。
振り返らない。
だけど分かっていた。
これで終わりじゃない。
またいつか会う。
そんな気がした。
俺の名前はギャン。
ユッキーと別れた俺達は、再び三人でエーテルディアを目指していた。
街道を進み、森を抜ける。
そして数日後、見覚えのある場所へ辿り着いた。
「ここ……」
コルディが足を止める。
目の前には巨大な渓谷が広がっていた。
死者のアルカレンス渓谷。
切り立った岩肌はどこまでも深く、底は見えない。渓谷の底からは白い霧がゆっくりと這い上がっている。まるで無数の魂が空へ昇ろうとしているようだった。
前にイベルタから聞いた。
昔から曰く付きの場所だ。
罪人、不治の病を患った者、介護がなければ生きられない老人。そして、自分で育てることもできないくせに子を産み、捨てた無責任な親。
行き場を失った人間達が最後に辿り着いた場所。
やがて、この一帯で亡くなった人々の魂が集う場所になったと言われている。
もちろん本当かどうかは分からない。
でも、騎士団から逃げていた時、俺はここで見た。
ドナルドを。
そしてマスターを。
死んだはずの二人を。
「寄っていくか」
俺が言う。
イベルタとコルディは静かに頷いた。
渓谷を見下ろせる崖の上。
俺はしばらく黙って立っていた。
風が吹き、白い霧が揺れる。
「報告があるんだ」
誰にともなく呟く。
返事はない。だが構わなかった。
「ケンジは倒した。王都も守れた……色々あったよ」
苦笑が漏れた。
本当に色々あった。
仲間が増えた。
敵と戦った。
失ったものもあった。
知りたくなかったことも知った。
そして、ケンジは死んだ。
「でもな」
俺は空を見上げる。
「アイツ、最後は笑ってたよ」
静寂。
その時だった。
ふわりと、霧が揺れた。
俺は目を見開く。
そこにいた。
二人だった。
ドナルド。
そしてマスター。
以前見た時と同じ。
どこかぼやけた姿。
けれど確かにそこにいた。
「……」
ドナルドは何も言わない。
マスターも何も言わない。
ただ、二人とも笑っていた。
優しく、穏やかに。
まるで全て分かっているかのように。
「そうか」
俺は小さく笑った。
もう言葉はいらない。
ケンジを倒したことも、王都を守ったことも、全部伝わっている気がした。
風が吹く。
霧が流れる。
気付けば二人の姿は消えていた。
最初から幻だったかのように。
それでも、俺は不思議と寂しくなかった。
「行くか」
俺が言う。
「はい」
イベルタが答える。
「そうだね」
コルディも頷いた。
俺達はアルカレンス渓谷を後にする。
背中に吹く風は、どこか懐かしかった。
まるで誰かが送り出してくれているようだった。




