第九十話 王国を救った英雄、四天王を討ち取った男。その顔は勝者のものではなかった
私の名前はイベルタ。
目の前で、ユラが崩れ落ちた。
「なっ……」
理解が追いつかない。つい先ほどまで圧倒的な力で私達を追い詰めていた怪物が、まるで糸の切れた人形のように空から落ちていく。
いや、あの力の奔流は見たことがある。
間違いない。
ケンジの黒の鳴動だ。
暴発?それとも……
意図的に?
分からない。
でも結果だけは明白だった。
あの血月の夜ユラが、消滅した。
風に溶けるように、その姿は消えていく。
そして後には、夥しい量のゴールドだけが残された。
「なんだこれは……」
見たこともないほど膨大なゴールド。
まるで小山のように積み上がっている。
さらに、その中央には、白く輝く石のようなものが残されていた。
私はゆっくりとそれを拾い上げる。
温かい。
不思議な感覚だった。
ただの石ではない。そんな気がした。
「イベルタ姉ちゃん。ギャンの方に行こう」
コルディの声で我に返る。
「あ、ああ……そうね」
私達は踵を返した。王都の瓦礫を越えながら、ギャンさん達の元へ向かう。
そこで見た。
地面に倒れるケンジを。
その体は薄く透け始めていた。
消滅が始まっている。
私は足を止めた。
あれほどの怪物だった男。
王国を滅ぼしかけた四天王。
それが今は、どこか穏やかな顔をしていた。
その傍らへ、一人の女性が体を引きずるように近付いていく。
全身傷だらけで、今にも倒れそうだった。
それでも、彼女はケンジの元へ向かった。
「ケンジさん……」
震える声。
泣きそうな顔。
ケンジはゆっくりと目を開いた。
そして、かすれた声で言った。
「サトコ……俺の分まで……」
ケンジの姿がさらに薄くなる。
「俺が見たかった明日を……見てきて……」
その言葉を最後に、ケンジの体は光になった。
静かに。
本当に静かに。
風の中へ消えていく。
「――っ」
サトコが声にならない声を漏らした。
そして、その場に崩れ落ちた。
泣いていた。
声を殺して。
ただ泣いていた。
私達は何も言えなかった。
誰も、何も言えなかった。
やがて私は視線を移す。少し離れた場所。
そこには、ボロボロになったギャンさんが座り込んでいた。
全身傷だらけ、血まみれ。
立っていることすら難しい状態だ。
それでも生きていた。
私達は駆け寄る。
「おいギャン!」
真っ先に声を上げたのはユッキーだった。
「大金星じゃねーかよ!」
興奮した様子で肩を叩こうとして、止まった。
「……え?」
ギャンさんは泣いていた。
大粒の涙が頬を伝っていた。
拳を握り締め、歯を食いしばり。
それでも涙だけは止まらない。
王国を救った英雄。
四天王を討ち取った男。
その顔は勝者のものではなかった。
まるで、大切な友人を失った男の顔だった。
私は何も言えなかった。
ただ静かに、ギャンさんの涙を見つめることしかできなかった。




