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R.I.P.末期ギャン ―死んで借金が消えた俺は、異世界でも賭け続ける―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

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第八十九話 揺

 私の名前はユラ。


 三人の人間が、ちょこまかと動く。

 まるでハエのように。


 鬱陶しい……


 シュレイドもレオナルドも殺した。


 もう問題はない。


 いや、そもそも三大英雄の魔法使い・ルミナスがいなかった時点で私の勝ちは確定していた。


 過去に前任の四天王と来た時、私が手を出さなかったのは、ルミナスを相手にするリスクが高すぎたからだ。


 今回はぬるい。もうこの大陸はケンジ様の物――


 その時だった。


 破壊の奔流が私の体を流れた。


 ……は?


 全身を潰されたように、血が吹き出した。


 なんで?

 なんでなの?


「何をしやがったぁぁああ!!ケンジィ!!」


 叫んだ。

 理解できなかった。


 あり得ない。


 私の体は半霊体。属性を付帯していようと、物理攻撃は意味をなさない。


 しかし、純粋な魔力はダメだ。

 内側から、体の奥深くから、まるで私という存在そのものを破壊されたように。


「ぐっ……あ……っ!」


 血が止まらない。

 空中で体勢を崩し、落下する。


 何をした。

 何をしたんだ。


 どうして。


 どうして最後に私を傷付けるの?

 どうして最後に私の邪魔をするの?


「ケンジ……様?」


 あり得ない。


 ケンジ様は私の物だ。


 私が作った。

 私が育てた。

 私が怪物にした。

 私だけを見ているはずだった。


 なのに、なのに。

 最後の最後で。


 私ではなく、別の誰かを選んだ。


「ふざけるな」


 怒りが湧いた。

 憎しみが湧いた。

 嫉妬が湧いた。

 胸が裂けそうだった。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫が王都に響く。

 血涙が頬を伝った。


「私を裏切ったのか!?私がどれだけ!どれだけお前を愛したと思っている!!」


 その声は怒りだった。怨嗟だった。


 そして。


 誰よりも惨めな、一人の女の泣き声だった。

 遠くで、ケンジの体が地面へ倒れていく。


 その姿を見た瞬間、ユラの中で。

 何かが音を立てて壊れた。


 イベルタ達も、何が起こったのか理解していないようだ。


 私の体は消滅を始めた。


 あぁ……私は……誰かに愛して欲しかった……


 生まれた時から魔物。

 力を持って生まれた、選ばれし魔物。


 私たち、選ばれた四体の魔物は、特別な力を持つ転生者を魔人化し、アマスの加護の中に入れる手駒を育てた。


 それが四天王。

 しかし彼らは護石を破壊するための手駒。


 私達こそが真の――


 そこで思考が止まる。


 もうどうでもよかった。

 結局、私は何が欲しかった?


 力?違う。

 地位?違う。

 世界?違う。


 私はただ、寂しかった。


 誰も私を見なかった。

 誰も私を理解しなかった。

 誰も私を必要としなかった。


 だからケンジ様を選んだ。


 あの日、壊れていく人間を見つけた時、この人なら私だけを見てくれると思った。


 だから救った。

 だから力を与えた。

 だから側に置いた。

 だから愛した。


 歪んでいたのは分かっている。

 でも、他に方法を知らなかった。

 愛し方なんて誰も教えてくれなかった。


 気付けば私は。


 ケンジ様の悲鳴を聞く度に嬉しくなり。

 ケンジ様が苦しむ度に安心し。

 ケンジ様が人間らしさを失う度に愛おしくなっていた。


 最低だ。本当に最低だ。

 私は彼を愛していたんじゃない。


 壊していただけだった。私と同じ孤独へ引きずり込もうとしていただけだった。


「……あは」


 笑いが漏れた、今さら気付くなんて。


 本当に馬鹿みたい。


 視界が霞む。

 体が崩れる。

 魂が砕けていく。


 遠くでケンジ様が倒れている。


 もう動かない。

 もう声も聞こえない。


 最後まで私の思い通りにならなかった。

 最後に選ばれたのは私じゃなかった。


 サトコだった。


 人として生きる道だった。


 私じゃなかった。

 負けたのだ。


 血月の夜ユラは、一人の人間に負けた。


「……サトコ」


 初めてその名前を呼んだ。


 憎かった。

 羨ましかった。

 妬ましかった。


 でも少しだけ、本当に少しだけ。


 感謝していた。あなたがいたから、ケンジ様は最後に人間へ戻れたのだから。


「……ずるいなぁ」


 涙が溢れる。

 こんな感情、知らなかった。


 空を見上げる。

 王都の空を、朝の日差しが照らしていた。

 血の月は消えていた。


 綺麗だ、本当に綺麗だ。

 私は一度も、こんな空を綺麗だと思ったことがなかった。


 消えていく。

 もう終わりだ。


 誰にも愛されなかった魔物の人生。

 誰かを愛したかっただけの人生。


 その全てが終わる。


 最後に。

 最後に一度だけ。


 口にした。


「……ケンジ様」


 そして、少しだけ笑った。


 血月の夜ユラ。


 王国を震撼させた最悪の災厄。

 数え切れない命を奪った怪物。


 その最期は、誰にも看取られず。

 誰にも抱きしめられず。


 ただ静かに、春の雪のように。

 風の中へ、揺らめくように消えていった……

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