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R.I.P.末期ギャン ―死んで借金が消えた俺は、異世界でも賭け続ける―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

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第八十七話 そういえば、いつからだろう。ケンジさんのことを呼ぶ時、様からさんになったのは

 私の名前はサトコ。


 異界の賭博師にまんまとやられた。


 体内には電流が巡る。指先は痺れ、足はまともに動かない。ダメージは大きい。


「っ……」


 それでも私は地面に手をついた。


 立たなきゃ。

 立って、行かなきゃ。


 私は血の混じった唾を吐き捨てると、体を引きずるように前へ進んだ。


 目指す先は一つ。

 ケンジさんの元。


 遠くではまだ戦う音が聞こえる。


 王都は燃えていた。

 煙の匂いが鼻を刺す。


 それでも私の頭にあるのは、ただ一人だけだった。


 ケンジさん。


 ……そういえば、いつからだろう。ケンジさんのことを呼ぶ時、()から()()になったのは。


 最初は怖かった。

 当たり前だ。


 四天王、血月の夜の右腕。

 数え切れないほど人を殺した怪物。


 私なんかが気軽に話しかけていい相手じゃなかった。だから最初はずっと、「ケンジ様」。そう呼んでいた。


 距離を取るために。怖かったから。

 それがいつから変わったんだろう。


 思い出す。

 くだらない話をした日。

 ギャンブルを一緒にした日。

 負けて激安店で二人で食べて、お腹を壊した日。

 もう魔物だから、お腹空かないのに。


 何でもない日々。

 本当に何でもない日々だった。


 だけど、あの人はその時だけ、四天王じゃなかった。


 怪物じゃなかった。

 ただの人だった。

 前の世界の家族の話をする時。

 昔やっていた仕事の話をする時。

 どうでもいいことで笑う時。


 そこにいたのは、ケンジ様なんかじゃなかった。


 ケンジさんだった。


 だから気付いたら、自然とそう呼んでいた。


 ケンジさん、と。


 そして気付いた時には、私はその呼び方を一度も間違えなくなっていた。


 胸が痛む。

 電流のせいじゃない。


 嫌な予感がしていた。

 どうしようもなく、嫌な予感が。


「待っててください……」


 掠れた声が漏れる。

 私は震える足を前へ出した。


「ケンジさん……」


 やっと見えた。


 瓦礫の向こう。

 崩れた建物の影。


 そこに、ケンジさんがいた。


「……っ」


 思わず息を呑む。


 ボロボロだった。服は裂け、全身が血に染まり、右腕はない。立っていること自体が不思議なくらい傷だらけだ。


 それでも倒れない。それでも前を向いている。


 そんなケンジさんと対峙しているのは、ギャン。

 そして、巨大な盾を持つ女。


 二人とも満身創痍だった。


 ギャンは血まみれ、女も傷だらけ。

 もう限界なのは誰が見ても分かる。


「はぁ……はぁ……」


 だったら、私が行けば。私が間に合えば。


 二対二になる。


 勝てる。

 まだ勝てる。


「急が……なきゃ……」


 一歩、足を前へ出す。


 その瞬間。


「うっ……!」


 全身を激痛が駆け抜けた。


 膝が折れる。地面に手をつく。指先が震える。異界の賭博師が流し込んだ電流は、まだ私の体を蝕んでいた。


「くっ……!」


 立て。

 立ちなさい。

 こんなところで止まるな。


 心が叫ぶ。

 けれど体は言うことを聞かない。


 視界が揺れる。

 呼吸が苦しい。

 それでも私は顔を上げた。


 遠くの空。

 王都の上空。

 そこで荒れ狂う魔法の嵐が見えた。


 黒い雷。

 紅い光。

 渦巻く死の気配。


「ユラ……」


 血月の夜。

 私たちの主。

 絶対の存在。


 空で誰かと戦っている。あの規模の魔法をぶつけ合える相手なんて、そうはいない。


 たぶん、王国側の誰かだ。

 私はぼんやりと空を見上げた。


「できれば、相打ちしてほしいな……」


 思わず本音が漏れた。


 ユラが死ぬ。


 そんなこと、前なら考えもしなかった。


 でも今は違う。私は知ってしまったから。


 あの人がどれだけケンジさんを縛っていたのか。

 どれだけ執着していたのか。

 どれだけ壊してきたのか。


 だから、もし。

 本当にもし、ユラがここで死んでくれたなら。


 全部終わる。全部。


 私は目を閉じた。


 想像する。戦いのない日々、誰も私たちを知らない場所。


 小さな家。

 朝起きて。

 くだらない話をして。

 また激安の飯を食べて。

 お腹を壊して。

 笑って。

 そんな日々。


「私と……ケンジさんだけ、生き残って……どこか遠くで、平和に暮らすんだ……」


 叶えばいい。

 本当に、叶えばいい。


 だけど。


 私は空を見上げた。

 荒れ狂う魔法の嵐。

 世界そのものを壊しているような戦い。


 あの中心にいる怪物。

 血月の夜ユラ。


「でも、無理かな……」


 私は知っている。

 誰よりも知っている。


 ユラがどれだけ恐ろしいか。


 どれだけ理不尽か。

 どれだけ絶望そのものか。


「あのユラに……人が勝てるとは、思えない……」


 風が吹く。

 灰が舞う。

 王都が燃える。


 その中で私は再び立ち上がった。


 膝は震えていた。

 視界も霞む。


 それでも。

 それでも進む。


 たとえ間に合わなくても。

 たとえ全部が終わってしまうとしても。


 最後まで。

 最後の最後まで。


 私はケンジさんの隣へ行きたかった。

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