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R.I.P.末期ギャン ―死んで借金が消えた俺は、異世界でも賭け続ける―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

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第八十六話 もし、あいつともっと早く会ってたら

 俺の名前はギャン。


 瓦礫だらけの王都の一角。

 俺達は互いに距離を取り、向かい合っていた。


 誰一人として無傷じゃない。


 四天王ケンジ。


 右腕はアリシアに斬り落とされて、全身は血塗れ。

 さっきマリベルの大盾をまともに受けたせいで、肋骨も何本か折れているだろう。


 それでも立っていた。まるで亡霊みたいに。


 俺の隣にはマリベル。


 アリシアを庇い、ユラの魔法を一度正面から防いだ代償は大きい。


 大盾は歪に変形しており、鎧は砕け、呼吸も荒い。本来の状態には程遠かった。


 そして、俺。


 サトコとの死闘で、全身が悲鳴を上げている。

 足は重い、視界も霞む。

 今にも倒れそうだった。


 満身創痍。


 そんな言葉がぴったりの三人だった。


 しばらく誰も動かなかった。


 風だけが吹く。

 遠くから聞こえる悲鳴。

 燃え続ける王都。


 その中で。


「くくっ……」


 ケンジが笑った。


「ははっ……」


 そして少しずつ大きくなる。


「はははは……」


 肩を震わせ、血を吐きながら笑っている。


 俺は眉をひそめた。


「何がおかしい」


 ケンジは答えない。


 笑う。

 ただ笑う。

 やがて空を見上げた。


「なぁ……」


 掠れた声だった。


「俺さ」


 沈黙。そして。


「頑張ったよな」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。

 ケンジは空を見たまま続ける。


「家族を失った。こっちの世界に来てからは、街も壊した。人もいっぱい殺した」


 自嘲するように笑う。


「でもさ」


 血が口から零れ落ちる。


「結局、何も残らなかったな」


 俺は黙って聞いていた。


 ケンジは俺を見た。その目は、もう戦士の目じゃなかった。まるで、どこか遠くへ行ってしまった人間の目だった。


「異界の賭博師……いや、ギャン」


 静かな声。


「お前、強くなったな……最初会った時は雑魚だったのによ」


 少しだけ笑う。

 そして、その笑みが消えた。


「もういい」


 ぽつりと呟く。


「もう疲れた」


 膝が僅かに揺れる。

 それでも倒れない。


「なぁ」


 ケンジは真っ直ぐ俺を見た。まるで友人に頼み事をするみたいに。穏やかな顔で。


「殺せ」


 静寂。王都の喧騒だけが遠くで響いている。

 ケンジはもう一度言った。


「もういいんだ」


 その声には、怒りも、憎しみも、狂気もなかった。

 ただ、どうしようもない疲労だけが滲んでいた。


 マリベルが一歩前に出た。歪んだ大盾を構え、ケンジへ向かおうとする。


「マリベル」


 俺は静かに呼び止めた。

 マリベルが足を止める。


「ギャンさん……?」


「少しだけ、待ってくれ」


 俺は前へ出た。

 ケンジと向かい合う。


 風が吹いた。燃え盛る王都の熱気が頬を撫でる。


 俺はケンジを見据えた。


「一つだけ聞かせろ」


 ケンジは黙っていた。


「何がお前を変えた」


 その問いに、ケンジは少しだけ目を見開いた。

 意外そうな顔だった。


 やがて。


「変わった……か」


 自嘲気味に笑う。


「そうだな」


 空を見上げる。


「多分、あいつだ」


 あいつ。


 言われなくても分かった、サトコだ。

 ケンジはしばらく黙り込んだ。

 そしてぽつりぽつりと話し始める。


「最初は気に食わなかったんだよ」


 苦笑する。


「根暗だし、ビクビクしてるし」


 血だらけの顔で笑う。


「何より、あいつはまだ中身が人間だった」


 その言葉に俺は黙って耳を傾けた。


「俺はもうとっくに壊れてた」


 ケンジは自分の胸を指差した。


「家族を失った時に半分死んだ。そしてユラに拾われて、残りも死んだ」


 静かな声だった。

 怒りもない、恨みもない。

 ただ事実を語っているだけだった。


「だから人を殺しても何も思わなかった。街を潰しても何も感じなかった。どうせ全部終わってる世界だってな」


 自嘲するように笑った。

 だが、その笑みはすぐに消えた。


「あいつは違った」


 サトコのことを思い出しているのだろう。

 ケンジの表情が少しだけ柔らかくなる。


「あいつといると俺は、くだらねぇ話をしちまうんだ。ギャンブルをしたいとか、飯くいたいとか、風呂が気持ちいいとか……いつか普通に暮らしたいとか」


 小さく笑う。


「もし、あいつともっと早く会ってたら」


 そこで言葉が止まる。続きを言わなかった。

 言う資格がないと分かっていたからだ。


「馬鹿みたいだろ」


 俺は何も言わなかった。

 ケンジは続ける。


「でもな」


 空を見上げた。


「気付いたら笑ってた」


 そして。


「気付いたら」


 一度言葉を切る。その目が少しだけ揺れた。


「俺も、まだ人間だったんだなって思っちまった」


 風が吹く。燃える王都の音だけが響いていた。


 ケンジはゆっくりと俺を見る。


「笑えるよな。何万人も殺した後で、全部手遅れになった後で、ようやく思い出したんだ」


 その顔に浮かんでいたのは、四天王の笑みではなかった。ただの男だった。


 家族を失い、壊れ、そして最後の最後で、人の心を思い出してしまった男だった。

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