第八十五話 届いた一撃
私が嵐龍の牙を握り締めていると、遠くから聞き慣れた声が響いた。
「イベルタ姉ちゃん!」
「無事か!?」
振り返ると、瓦礫を飛び越えながら駆けてくる二人の姿が見えた。
コルディ、そしてユッキー。
二人とも傷だらけだったが、生きている。
周囲には魔物の死体が転がっていた。どうやらこちらへ来るまでに相当数を片付けてきたらしい。
「よかった……」
思わず呟く。
二人が私の隣へ並んだ。
「あいつ……」
ユッキーが空を見上げる。
コルディも眉をひそめた。
空には血月の夜ユラ。
変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「攻撃が当たらない」
私は短く答えた。
「剣も弓も駄目だった。でも――」
私はユラを見上げる。
「多分、魔法攻撃は通る」
ユッキーが目を丸くした。
「なんで分かるんだ?」
「説明は後」
その言葉にコルディがニヤリと笑う。
「なるほどね!」
彼女は黒鞭を構えた。
「私の黒鞭は特別仕様!」
魔力が走り、黒い鞭が唸りを上げながら空へ伸びた。
「ぶっ飛べぇぇぇっ!」
鋭くしなる一撃。
だが、黒鞭はユラの身体を通過した。
何の抵抗もなく、まるで霧を打ったように。
「は?ダメじゃん!」
続いてユッキーが前へ出る。
「なら俺だ!」
腰のヨーヨーを構える。
「俺のヨーヨーは魔力の糸が切れるんだ!」
高速回転。放たれたヨーヨーは一直線にユラへ向かった。
だが、結果は同じだった。
すり抜ける。何事もなかったかのように。
「マジかよ!?」
ユッキーが叫んだ。
私は眉をひそめる。
頭の中で情報を整理する。
コルディの黒鞭は、魔力を帯びていた。
ヨーヨーには魔力は無さそうだけど、ユッキーには特別な力がある。
でも、それでも通らなかった。
「違う……」
私は呟く。
「何が?」
コルディが聞き返す。
「多分」
私はユラから目を離さない。
「本体は魔力を帯びた武器も通らない、純粋な魔法攻撃じゃないと駄目なんだ」
「魔法そのもの?」
「うん」
確証はない。だが今の結果を見る限り、それが一番筋が通る。
ユラは空中で小さく笑った。
「会議は終わった?」
次の瞬間だった。
無数の黒い魔法陣が空に展開される。
「っ!!」
私は反射的に叫んだ。
「避けて!」
黒い光が降り注ぐ。
爆発。
爆発。
爆発。
王都の大地が揺れた。
建物が吹き飛び。瓦礫が宙を舞う。
「うおおおおっ!?」
「ちょっ、待っ――!」
三人同時に飛び退いた。
地面を転がり、崩れた壁を盾にする。
再び爆発。
すぐ横を黒い光が通り過ぎた。
あと少し遅ければ死んでいた。
私は瓦礫の陰へ飛び込む。
コルディとユッキーも続いた。
爆音が止み、ようやく息をつけた。
「はぁ……はぁ……」
ユッキーが顔を青くする。
「無理だろあんなの……勝てるわけないじゃん……」
コルディも珍しく弱音を吐いた。
「当たらない、近づけない、しかもあの火力」
彼女は頭を抱える。
「どうしろってのよ……」
だが、私は逆だった。
むしろ確信が強くなっていた。
「いや」
二人がこちらを見る。
私はゆっくり立ち上がった。
そして空のユラを見上げる。
「やっぱりだ」
「え?」
「攻撃してきた」
私は静かに言った。
「もし本当に無敵なら、私達なんて放っておけばいい。それなのに攻撃した」
ユラは今も空にいる。だが先程までの余裕はどこか薄れているように見えた。
私は拳を握る。
胸の奥で炎が揺らめいた。
「やっぱり魔法は通る」
その言葉に初めて、血月の夜ユラの笑みがわずかに消えた。
私は瓦礫を蹴った。
「イベルタ姉ちゃん!?」
コルディの声が聞こえる。だが止まらない。
答えは出た、確証が欲しいだけだ。
崩れた建物を駆け上がり、さらに跳ぶ。
風が頬を叩く。
空中、血月の夜ユラとの距離が一気に縮まる。
「へぇ?まだ来るんだ」
私は返事をしない。
右手を前へ突き出す。
胸の奥で燃える魔力を解放した。
「――っ!」
掌から炎が噴き出した。
至近距離。
避けられない距離。
ユラは咄嗟に腕を交差させる。
炎が炸裂した。
轟音。
熱風。
そして――
「っ!?」
私は目を見開いた。
ユラの腕から赤い雫が零れ落ちていた。
血だ。確かに傷ついている。
確かに通った。
「やっぱり……!」
魔法は通る。
予想は正しかった。
だが、一瞬の沈黙の後。
「……ぷっ」
ユラが吹き出した。
「は?」
「ふふっ……」
肩を震わせる。
次第に笑い声は大きくなっていく。
「あはははははははははははははははっ!!」
空に響き渡る狂ったような大笑い。
私は思わず顔をしかめた。ユラは腹を抱えるように笑い続ける。
「あーおかしい!」
涙まで浮かべながら私を指差した。
「だから何?」
笑みが消える。次の瞬間、その瞳が怒りに染まった。
「その程度で私が殺れるわけねーだろ!!」
怒号。同時に空間が震えた。
無数の魔法陣。
一つや二つじゃない。
十。
二十。
三十。
数え切れないほどの黒い魔法陣が空を埋め尽くす。
「っ!!」
私は反射的に後退した。
ユラが腕を振り下ろす。
「死ねぇぇぇぇぇっ!!」
黒い光が降り注いだ。
爆発。
爆発。
爆発。
視界が白く染まる。私は必死に地面へ着地し、転がる。
直後、背後の建物が吹き飛んだ。
「イベルタ姉ちゃん!」
「伏せろ!!」
コルディとユッキーの叫び。
さらに黒い光。近づけない、近づこうとすれば爆撃が降る。
魔法が通ることは分かった。だが、通るだけだ。
届かない、届いたところで致命傷にもならない。
私達とユラの間には、あまりにも大きな力の差があった。
私は歯を食いしばる。
コルディも。
ユッキーも。
何もできない。
ただ降り注ぐ死の雨から逃げ続けるしかなかった。
空では血月の夜ユラが嗤っている。まるで絶望そのもののように。
そして私は理解した。あの怪物を倒すには、弱点を見つけただけでは足りない。
私達には、決定的に火力が足りない。




