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R.I.P.末期ギャン ―死んで借金が消えた俺は、異世界でも賭け続ける―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

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第八十話 父上の娘であるこの私が、たった二人の魔人にここまで追い詰められている

 私の名前はアリシア=ローキンス。


 激しく揺れる大地の上で、私は膝をついていた。


 あり得ない光景だ。


 私が。


 父上の娘であるこの私が、たった二人の魔人にここまで追い詰められている。


 だが、問題はそこではない。


 違和感があった。

 何かがいる、見えない何かが。

 身体に触れている。


「――っ」


 反射的に身を捻る。

 だが遅かった。


 何かに掴まれた感覚。


 見えない、姿もない、気配すら感じない。

 それなのに、確かにそこに存在していた。


 理解する。先程から私を狙っていた、あの女の能力。


 奪取の幽手(インビジブル・ハンド)


 ついに届いたのだ。


 心臓か。

 脳か。

 肺か。


 一瞬で警戒する。


 だが、来ない。

 死が来ない。


 私は自分の身体を確認する。


 呼吸はできる。

 意識も明瞭。

 心臓も動いている。


「狙いが……逸れた?」


 皮肉な話だった。


 王都を崩壊寸前まで追い込んでいるこの大地震。


 黒死無双。


 その災厄こそが私を救ったのだろう。揺れ続ける世界では、正確に臓器を奪うことは難しかった。


 だから致命傷には至らなかった。

 だが、無傷ではない。


 身体の内側から嫌な音が響く。


 鈍い痛み。次の瞬間、激痛が脇腹を貫いた。


「――――っ!!」


 肺から空気が漏れる。

 呼吸が止まる。


 視界が白く染まった。


 肋骨。


 折られた。一本や二本ではない。何本もまとめて圧し折られている。身体の内側へ見えない腕を差し込み、握り潰したかのような破壊。


 私は思わず、苦悶の声を上げた。


 戦場で、真正面から力で傷付けられたのはいつ以来だったか。


 遠くで、あの女が笑う。


「捕まえました」


 その声が聞こえた。


 私は脇腹を押さえながら、初めてその女を見た。


 ただの補助役ではない。

 ただの従者でもない。


 この女もまた、紛れもない怪物だった。


 そう認識した直後だった。


 大地の揺れが徐々に弱まっていく。崩れ続けていた建物も、ようやくその動きを止め始めた。


 黒死無双。


 あの男の奥の手は終わったらしい。


「残念ですわ」


 甘ったるい声が響く。私は顔を上げた。


 血月の夜、ユラ。漆黒のローブを揺らしながら、こちらを見下ろしている。


 その瞳には愉悦しかなかった。


「本当ならケンジ様以外には興味がありませんのに」


 ユラがゆっくりと右手を掲げる。


 闇が集まる。嫌な魔力だった。


 本能が警鐘を鳴らす。


 危険だ、あれを受ければ終わる。

 しかも、今の私では防げない。


「ですが、邪魔者は消えていただきませんと」


 闇が膨れ上がる。放たれた黒い光線が一直線に私へ迫った。


 避けられない。


「アリシア様ぁぁぁぁ!!」


 轟音、影が割り込んだ。


 鋼鉄の壁。

 巨大な盾。


 マリベルだった。大きな体にもかかわらず、その動きは信じられないほど速い。


 盾が地面へ叩き付けられる。

 直後、闇の奔流が激突した。


 爆発、衝撃、土煙。


 それでも盾は砕けない。マリベルは歯を食いしばりながら叫んだ。


「アナタは絶対に死なせません!!」


 その声には迷いがなかった。


 忠誠。覚悟。


 それだけがあった。


 私は思わず目を見開く。マリベルは震える足で踏みとどまりながら、それでも私の前から退かなかった。


「ほう?」


 ユラが興味深そうに首を傾げる。


 だが次の瞬間。


「ユラァァァ!!」


 怒声が響いた。

 イベルタだ。

 弓が引き絞られる。


 放たれた矢は一直線にユラへ向かう。


 命中、そう見えた。

 だが、矢はユラの身体を通り抜けた。


 まるで幻影を射抜いたように、空中で爆発だけが起きる。


「また……!」


 イベルタの表情が歪む。

 以前から報告されていた。


 血月の夜ユラには攻撃が通じない。


 実体があるはずなのに、斬れない。射抜けない。触れられない。


 ユラはくすくすと笑った。


「だから申し上げていますでしょう?」


 赤い瞳が細められる。


「貴方達の相手は、私ではありませんわ」


 その言葉と同時だった。


 空気が変わった。


 父上……殲鬼シュレイド。


 その姿を見た瞬間、違和感を覚えた。


 動きがおかしい。まるで、糸で操られる人形のように。


 次の瞬間、父上が消えた。

 いや、速すぎて見えなかっただけだ。


 気付いた時には、その剣はイベルタの首へ向かって振り下ろされていた。


「っ!?」


 イベルタの顔が凍り付く。


 避けられない。

 間に合わない。


 そう思った瞬間、黒い影が走った。


 蛇のようにうねる黒。


 コルディの黒鞭だった。鞭はシュレイドの身体へ巻き付き、その腕と胴を強引に拘束する。


 剣筋が僅かに逸れ、斬撃はイベルタの頬を掠めるだけで終わった。


 鮮血が散る。だが首は落ちない。


「コルディ!」


 イベルタが息を呑む。コルディは歯を食いしばりながら黒鞭を握り締めていた。


「何だよ……これ」


 その額から汗が流れる。


「まるで暴れる怪物を縛ってるみてぇじゃねぇか……!」


 だが、シュレイドは止まらない。


 無言のまま。

 感情のない瞳のまま。

 拘束された身体を強引に動かそうとしていた。


 まるで誰かに操られているかのように。

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