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R.I.P.末期ギャン ―死んで借金が消えた俺は、異世界でも賭け続ける―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

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第七十九話 黒死無双

 俺の名前はケンジ。


 王都正門前。


 目の前には金髪の女騎士。

 まだ少女だが、おそらく王国最強クラス。


 そんな化け物が本気で俺達を殺しに来ていた。


 剣が振るわれる。


 速い、いや速いなんてもんじゃない。視界から消えたと思った瞬間には斬撃が飛んでくる。


「サトコ!」


「はい!」


 サトコが右手を突き出した。


 見えない手。


 奪取の幽手(インビジブル・ハンド)


 少女の身体へ伸びる。


 心臓。

 肺。

 脳。


 どれか一つでも奪えれば勝てる。


 だが――届かない。


 動きが速すぎる。奪う直前で位置を変えられる。


 ならばせめて。


 足。

 腕。

 筋肉。

 関節。


 サトコは狙いを変えた。


 完全な奪取ではなく妨害。


 動きを一瞬だけ鈍らせる。

 その一瞬を俺が拾う。


 地面を踏み砕く。

 黒い魔力が全身を駆け巡った。


「ケンジさん!」


「ああ!」


 決める。


 黒の鳴動。


 この距離なら避けられない。


 そう思った。

 本当にそう思った。


 だが。


「遅い」


 声が聞こえた。

 次の瞬間、俺の右腕が宙を舞っていた。


「……え?」


 一瞬、理解できなかった。


 血が噴き出す。

 激痛が脳を焼く。


 切られた、いつの間に。


 どこから。


 少女は既に俺の懐へ踏み込んでいた。


 剣が振り上げられる。


 次で終わる。

 俺も、サトコも。


 ここで死ぬ。


 少女の瞳に迷いはない。

 確実に首を落とす軌道。


 終わった。


 そう思った。


 その瞬間だった。

 闇の光線が空を裂く。


 轟音、爆炎。


 少女が即座に飛び退いた。直撃していれば消し飛んでいた。


 彼女が空を見上げる。

 俺も反射的に振り返った。

 そして、見てしまった。


 赤い月、その下で漆黒のローブを翻しながら舞い降りる女を。


 血月の夜、ユラ。


 その顔には狂気すら感じる笑顔が浮かんでいた。


「見つけましたわ」


 震える声。

 歓喜に満ちた声。


「見つけましたわ……」


 ユラは俺だけを見ていた。

 世界に他の誰もいないみたいに。


「ケンジ様……」


 鳥肌が立つ。

 背筋が凍る。


 あの目だ。


 俺を怪物に変えた女の目。


 そして、ユラの視線がサトコへ移る。


 一瞬だけ。本当に一瞬だけ。


 笑顔が消えた。


「サトコ」


 低い声。

 冷たい声。


 殺意そのものだった。


「サトコォ!!」


 空気が震え、魔力が爆発する。

 その直後、別方向から。


「見つけたぞ、ケンジ!」


 聞き覚えのある声。


 異界の賭博師……確か、ギャンとかいう男だ。


 その後ろには数人の仲間、そしてその中に殲鬼シュレイド。


「大丈夫か!アリシア!」


「父上、何も問題はありません」


 なるほど、シュレイドの娘だったのか。

 どうりで強いわけだ。


 王国最強の親子。

 血月の夜。

 黒の鳴動。

 奪取の幽手。


 王都を揺るがす怪物達が一堂に会していた。

 役者は揃った。


 俺は血の滴る肩口を押さえる。


 呼吸が荒い。

 視界も霞む。

 右腕はもうない。


 この状況は絶望だ。誰がどう見ても。


 終わった。


 そう思うだろう。


 だが。


「……いや」


 俺は呟いた。


 終わった?ふざけるな。


「終わらせない」


 俺は立つ。膝を震わせながら。

 それでも立つ。隣を見る。


 サトコがいた。


 傷だらけになりながらも。

 まだ立っていた。


 だから、俺は残った左腕でサトコを抱き寄せた。


「ケンジ……さん?」


「行くぞ」


 左手を地面へ向ける。

 魔力が流れ込む。

 黒い亀裂が走る。

 そして大地が悲鳴を上げる。


 王都全体が震え始めた。


 俺は全てを、今ここで解き放つ。


黒死無双(こくしむそう)


 俺を中心に、大地は揺れた。


 いや。


 そんな生易しいものじゃない。


 王都そのものが悲鳴を上げていた。


 地面が裂ける。

 石畳が砕ける。

 城壁が軋み、塔が傾き、無数の建物が崩れ落ちる。


 轟音。

 悲鳴。

 崩壊。


 全てが混ざり合い、世界そのものが壊れていく。


「なっ……!?」


 ギャンが目を見開く。

 コルディが踏ん張る。

 イベルタが剣を地面へ突き立てる。


 だが意味はない。立っていることすら不可能だった。


 黒死無双。


 黒の鳴動を極限まで解放した先にある、俺の奥の手。地震ではない、災害そのものだ。王都全域を巻き込む超広域殲滅。地面に足をつけている限り、誰もまともに動けない。


「馬鹿な……!」


 アリシアが歯を食いしばる。さっきまで圧倒的だった女騎士が、今は膝をついていた。


 どれだけ強かろうが関係ない。

 大地そのものが敵なら、人間は無力だ。


 シュレイドですら例外ではなかった。

 片膝をつきながら、俺を睨んでいる。

 立てない。踏み込めない。斬れない。


 その化け物じみた身体能力も、足場がなければ意味を失う。


 空を見上げる。そこにはユラ。漆黒のローブを揺らしながら、楽しそうに笑っていた。


「素敵ですわ……」


 恍惚とした声。


「やはりケンジ様は最高ですわ……」


 気持ち悪い。本当に気持ち悪い。

 だが今はどうでもいい。


 俺は隣を見る。


「サトコ」


「はい」


 サトコも理解していた。

 この瞬間のために耐えていたのだと。


 今だけは誰も動けない。


 今だけは、あの女騎士も。

 王国最強も。

 誰も邪魔できない。


 サトコが静かに右手を突き出した。


 見えない手が伸びる。

 音もなく。

 気配もなく。


 空間そのものをすり抜けるように。

 アリシアへ。ゆっくりと。確実に。


 そして――


 初めて。


 奪取の幽手(インビジブル・ハンド)がアリシアへ届いた。


 見えない何かが身体へ触れる。

 アリシアの瞳が見開かれた。


「――っ!?」


 初めてだった。


 あの女が。


 王国最強の一角といえる騎士が、確かな動揺を見せたのは。


 サトコが静かに笑う。


「捕まえました」


 崩壊する王都。

 揺れ続ける大地。


 その中心で。


 勝敗を分ける一手が、ついに届いた。

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