第七十六話 王城を守る者達、街へ向かう者達
私の名前はクラウド=ローキンス。
「右翼を下げるな!!」
王城前広場に怒号が響く。
既に戦場は地獄だった。
アンデッド。
オーガ。
ゴーゴン。
そして操られた騎士達。
王城は最前線となっていた。
「陛下は下がってください!」
「余は逃げぬ」
王オーウェン=バルミナムは微動だにしない。
私は奥歯を噛み締める。
この人はそういう男だ。
だからこそ守らねばならない。
その時だった。
「副団長!! 上空です!!」
騎士の叫び。見上げれば、十数体のワイバーンが王城上空へ迫っていた。
「まずい……!」
城壁の弓兵だけでは間に合わない。
そう思った瞬間。
「ほっほっほ」
場違いな老人の笑い声が響いた。
「まったく、最近の若者は空ばかり見上げておる」
杖を突いた老人、長い白髭。
王国最高の魔導顧問。
老賢者ワイズだった。
「ワイズ殿!」
「クラウド殿。少々借りますぞ」
老人が杖を掲げる。
瞬間、王城全体を包むほどの風が巻き起こった。
「龍の息吹」
ゴォォォォォォォォォォッ!!
暴風、文字通りの暴風だった。
空気そのものが牙を剥く。
ワイバーン達が悲鳴を上げた。
「ギャアアアアッ!?」
「なっ……!」
暴風に呑まれたワイバーンが次々と空中で制御を失う。そのまま城壁へ叩き付けられ、地面へ墜落した。
騎士達が歓声を上げる。
「すげぇ……!」
「ワイズ様だ!!」
だが老人は肩を竦めた。
「年寄りを働かせおって」
全く疲れた様子が無い。
流石は王国最高の賢者。
「それと」
ワイズが私を見る。
「牢の件ですがな、勝手ながらあの娘達を解放しましたぞ」
直後、正面から巨大な影が迫る。
オーガ。
三メートルを超える怪物が、王へ向けて棍棒を振り下ろす。
「まずい!!」
だが。
「捕まえた」
黒い鞭が飛んだ。
オーガの全身へ絡み付く。
「コルディ!?」
瓦礫の上、少女が笑っていた。
隣にはイベルタ。
「兄様」
「イベルタ……!」
爆破矢が放たれる。
ゴーゴンの額が吹き飛んだ。
「まぁまぁ」
コルディがニヤリと笑う。
「せっかく捕まえたんだからさ」
嫌な予感がした。
「待て」
「即席エネミーハンマー!!」
待たなかった。
オーガが浮く。
「は?」
私の理解が追いつかない。
「そぉれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ブンッ!!
オーガが横回転した。
棍棒代わりに、オーガを。
ブンッ!!
ドゴォォォォォン!!
アンデッドが吹き飛ぶ。
ブンッ!!
バゴォォォォン!!
ゴーゴンが潰れる。
ブンッ!!
ドガガガガガッ!!
操られた騎士達がまとめて薙ぎ払われる。
「おい!!」
私が叫ぶ。
「それ味方に当たるだろうが!!」
「当たらなきゃセーフ!!」
理屈になっていない。
だが効果だけは絶大だった。
戦場が一気に開ける。
その様子を見ていたワイズが感心したように頷く。
「ほっほっほ、若者は発想が柔軟ですな」
「柔軟で済ませていいんですか!?」
「結果オーライですぞ」
そうだった、この老人も大概だった。
やがて、ボロ雑巾になったオーガが地面へ落ちる。
完全に沈黙。王城前を埋め尽くしていた魔物達も壊滅状態となった。
「右翼、前進!」
「アンデッドを囲め!」
「逃がすな!」
騎士達が押し返していく。
王城への侵攻は、ひとまず落ち着いた。
私は大きく息を吐く。
しかし、街の方角からは未だ黒煙が上がっていた。
悲鳴。
魔物の咆哮。
戦場は終わっていない。
「イベルタ」
「はい」
「コルディ」
「ん?」
二人が振り返る。私は剣を肩へ担いだ。
「ここは任せろ」
二人の目が少し見開く。
「王城の守りは騎士団と――」
横を見る。
老賢者は既に杖を構えていた。
「ワシもおりますしな」
ニヤリと笑う。
その背後では巨大な風の渦が唸っていた。
「そういうことだ」
私は頷く。
「街へ行け」
遠くで爆発音が響く。
「父さんやアリシア……それにお前の仲間の、ギャン達が戦っているはずだ」
イベルタの表情が僅かに変わる。
コルディも笑った。
「加勢してこい」
「兄様」
イベルタが頭を下げる。
「お気を付けて」
「誰に言っている」
私は笑った。
「私はお前の兄だぞ」
「そうでしたね」
「じゃ、行こっか!」
コルディが黒鞭を肩に担ぐ。
「ギャン達が泣いて待ってるかも!」
二人は燃え盛る王都へ駆け出した。
私はその背中を見送る。
イベルタ……頼もしくなったものだ。
「副団長!!」
騎士が駆け寄る。
「西門付近に大型魔物反応!」
「総員、迎撃準備!」
私が剣を構える。
その隣でワイズが杖を掲げた。
「さて」
老賢者のローブが風に揺れる。
「若者達が帰る場所を守るのも、老人の役目ですかな」
王城の上空に風が唸った。
王都は燃えている。
だが、王国はまだ終わっていない。




