第七十五話 護石崩壊、死者の進軍。王都バルミナムは、今夜終わるかもしれない
俺の名はギャン。
王都バルミナムの騎士団宿舎、その一室にいた。
隣ではユッキーがベッドに寝転がりながらヨーヨーの手入れをしている。
「暇だな」
「あぁ…」
牢屋から出されたと思ったら、今度は半監視付きの宿舎生活だ。騎士達の視線は痛いし、アリシアは怖いし、正直落ち着かない。
その時だった。
外が妙に騒がしい。
人の叫び声、何かが崩れる音。
地面が微かに震えている。
「なんだ?」
「さぁ……?」
ユッキーも首を傾げる。祭りでも始まったのかと思ったが、雰囲気がおかしい。
歓声じゃない、悲鳴だ。
俺が立ち上がった瞬間、勢いよく扉が開いた。
「二人とも!!」
飛び込んできたのはマリベルだった。
肩で息をしている。顔色も悪い。
「大変だよ!!」
「ど、どうした!?」
「アマス神の護石が破壊されたわ!!」
一瞬、頭が真っ白になる。
「は?」
「結界が消えたの!!」
アマス神の護石。王都を守る神聖結界の核。
それが壊れた。
俺は思わず叫んだ。
「ケンジか!?」
あいつしかいない。
エーテルディアの時同様、黒の鳴動で。
だがマリベルは首を横に振った。
「違う……」
「じゃあ誰だよ!?」
マリベルの表情が曇る。信じたくないものを見るような顔だった。
「レオナルド様が……」
「…………は?」
「レオナルド様が暴走したの」
王国の英雄・金獅子レオナルド。
ベヒーモスを倒した英雄。
「意味分かんねぇぞ」
「私も分からないわよ!!」
マリベルが叫ぶ。
「でも本部から緊急命令! 魔物が王都へ侵入してる!!」
その瞬間、遠くで爆発音が響いた。
窓の外が赤く染まる。
火事だ。
「マジかよ……」
ユッキーが呟く。その顔から笑みは消えていた。
「出るぞ」
俺は壁に立て掛けてあった剣を掴む。
サンダーグラディウス。
旅を共にしてきた相棒だ。
ユッキーも鋼鉄ヨーヨーを首へ掛ける。
「久しぶりの実戦すね」
「できれば無い方が良かったけどな」
マリベルは大盾を背負い直した。
「二人とも、絶対離れないで」
「そっちこそな」
俺達は宿舎を飛び出した。
そして、絶句した。
「うわ……」
王都が燃えていた。
建物が崩れ、人々が逃げ惑っている。
騎士達が必死に避難誘導をしている。
そして、魔物。
城壁を越えた無数の魔物が街中を暴れ回っていた。
「おいおいおい……」
ゴブリン。
ウルフ。
オーク。
見たこともない異形。
完全に戦争だ。
「ギャン!!」
マリベルの叫び。
同時に路地裏から三体のウルフ型魔物が飛び出した。牙を剥きながら襲い掛かってくる。
「来たか!!」
俺は前へ出る。サンダーグラディウスを振り抜いた。
銀色の軌跡、最初の一体の首が飛ぶ。
「ギャアッ!?」
二体目が横から飛び掛かる。
だが、鋼鉄ヨーヨーが一直線に飛んだ。
「ブレイクアウェイ!」
高速回転する鉄塊が魔物の顔面へ直撃する。
頭蓋が砕けた。
「ナイス!!」
「どうも!!」
三体目、今度はマリベルが前へ出た。
「はああああっ!!」
大盾による突撃。
騎士らしい真正面からの一撃。
魔物ごと石壁へ叩き付ける。
骨が砕ける音、そのまま押し潰した。
「まだ来るわよ!!」
マリベルが叫ぶ。
通りの奥、さらに十数体。
魔物の群れがこちらへ向かっていた。
俺は剣を握り直す。
背後には逃げ遅れた住民達。
ここは通せない。
「ユッキー!マリベル!」
「うん」
「はい!」
三人で並ぶ。
燃え盛る王都。
迫る魔物の群れ。
そして始まる戦争。
俺達は、それぞれの武器を構えた。
「来るぞ!!」
その時、足元で何かが動く。
「……?」
倒れていた騎士の死体。
腹を食い破られ、明らかに絶命している。
だが、その腕が動いた。
「なっ!?」
騎士がゆっくり立ち上がる。
虚ろな目。
力なく垂れた首。
生者の動きではない。
そして、別の場所でも。
また一人。
また一人。
魔物に殺されたはずの騎士達が立ち上がっていく。
「うそ……」
マリベルの顔が青ざめる。
仲間達だ。ついさっきまで共に戦っていた騎士達。
その死体が武器を拾い上げている。
「死霊術……!?」
「いや」
その時、ユッキーが目を細めた。
「違う」
ユッキーは空を見上げる。
いや、見ているのは別のものだ。
「糸。騎士達から伸びてる」
俺は何も見えない。だがユッキーだけは見えているらしい。視線を動かしながら呟く。
「黒い魔力の糸だ」
その言葉で思い出した。
ユッキーの故郷、あの村で起きた惨劇。
「まさか……」
ユッキーが低く言う。
「あの時と同じだ」
背筋が冷える。
血月の夜ユラ。
奴は死体を操る。
いや、正確には違う。
「魔力の糸で操ってやがるのか……!」
ユッキーが頷く。
騎士達はゆっくりこちらへ歩いてくる。
剣を構えながら、槍を引きずりながら。
かつて守る側だった者達が、今は牙を剥いている。
「そんな……」
マリベルが震える。
「仲間達を……操ってるの……?」
「ユラの仕業だ」
俺は歯を食いしばった。
「ユッキーの村でも同じ事があった」
マリベルがユッキーを見る。
そして何かを納得したように頷いた。
「なるほど、ユッキー君の権能ね」
「村の時は俺たちにも見えた、だが…今回は全く見えねぇ」
「今回は本気で、隠してるんだと思う」
そうこうしているうちに、騎士達が向かってくる。
「来るぞ!!」
俺が前へ出ようとした瞬間、ユッキーが手を上げる。
「待って、糸なら切れる」
そう言って鋼鉄ヨーヨーを握る。
そして、構えた。
見たこともない構えだった。
ヨーヨーが唸る。
高速回転、空気を裂く音。
「おいユッキー?」
次の瞬間、ヨーヨーが空へ放たれた。
「スプリット・ジ・アトム」
鋼鉄ヨーヨーが空中で複雑な軌道を描く。
縦横無尽、まるで意思を持つ刃。
俺には見えない。だがユッキーには見えている。
黒い糸だけを狙っている。
無数の切断音、そして。
ブツン。
ブツン。
ブツブツブツブツッ!!
何かが一斉に切れる音が響いた。
「……終わり」
ユッキーがヨーヨーを引き戻す。
その瞬間、立ち上がっていた騎士達が崩れ落ちた。
糸が切れた操り人形のように、全員がその場へ倒れる。もう二度と立ち上がらない。
「すご……」
マリベルが呆然と呟く。
俺も同じ気持ちだった。
だが、ユッキーは険しい顔をしていた。
「ギャン」
「なんだ」
「糸、まだある」
「何?」
ユッキーは燃え盛る王都の奥を見つめる。
その先、騎士団本部の方角。
「これ、たぶん何百本じゃきかない」
嫌な予感がした。
これが血月の夜と呼ばれる、ユラの恐ろしさか。
もし本当にケンジまで王都へ来ているのなら――。
王都バルミナムは、今夜終わるかもしれない。




