第六十五話 殺したい。今すぐ引き裂いて、跡形もなく消してしまいたい
王都バルミナム。
城門の上で、私は静かに二人を見下ろしていた。
眼下では、ケンジ様が笑っている。
――笑っている。
その事実だけで、胸の奥がざわついた。
昔のケンジ様は、あんなふうに笑わなかった。
もっと濁っていた。
もっと壊れていた。
世界の全てを諦めたような目をしていた。
だから、美しかった。
私は思い出す。初めてケンジ様を見つけた時のことを。
死んだような顔。
腐ったような空気。
それなのに、奥底にだけ燃えていた狂気。
世界に馴染めず、静かに壊れていく男。
あれを見た瞬間、理解した。
この人は怪物になる。
だから私は拾った。
力を与えた。
殺しを教えた。
恐怖を教えた。
世界を壊す快楽を教えた。
誰より近くで、その変化を見てきた。
ケンジ様が、人間を辞めていく姿を。
それは甘美だった。
私だけが知っている。
あの絶望も。
あの虚無も。
あの狂気も。
全部、私だけのものだった。
なのに……
私の視線が、隣を歩く女へ向く。
サトコ。
あの女と行動をはじめてから、ケンジ様は変わった。
くだらない話をして。笑って。
退屈しない、などと言っている。
気に入らなかった。
サトコも私が育ててやったのに。
恩を仇で返すというの?
胸の奥が、焼けるように熱い。
殺したい。今すぐ引き裂いて、跡形もなく消してしまいたい。
同じ転生者?だから何だ。
ケンジ様を理解しているのは、私だ。
ケンジ様を怪物にしたのも、私だ。
あの方は、私が見つけた。
私が育てた。
私だけの、最高傑作だ。
その時。
「うわ、めっちゃ怒ってんじゃん」
ケンジ様が、こちらを見上げて笑った。
その瞬間、胸が痛いほど高鳴る。
怖がらない。
怯えない。
この世の誰もが膝をつく殺気の中で、この方だけは平然としている。
あぁ、やはり美しい。
ケンジ様。
あぁ……愛しています。
だが次の瞬間。
「行こうぜ、サトコ」
ケンジ様が、その女へ向かってそう言った。
私の思考が止まる。サトコが頷き、ケンジ様の隣へ並ぶ。
二人の背中。
その光景を見た瞬間。
ぶつり、と何かが切れた。
「――舐めるな」
低く漏れた声と同時に、魔力が溢れ出す。
大気が震える。
王都の空気が、一瞬で凍りついた。
そして。
遥か崖の向こうから、咆哮が轟く。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
ベヒーモス。
私の怒りに呼応するように、災厄級魔獣が姿を現す。
城壁が揺れ、人間どもが悲鳴を上げる。
だが、そんなものどうでもいい。
私の視線は、ただ一人だけを追っていた。
ケンジ様。
貴方は、私のものだ。
誰にも渡さない。絶対に。




