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R.I.P.末期ギャン ―死んで借金が消えた俺は、異世界でも賭け続ける―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

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第六十二話 二人の転生者と場末のカジノ。今は、こうしていたんだ。

 王都バルミナム。


 巨大な城壁の前では、夜にも関わらず兵士たちが慌ただしく動いていた。


「身分証を見せろ!」


「次!」


「荷物を開けろ!」


 怒号。

 松明の火。

 金属鎧の擦れる音。


 街の空気は張り詰めていた。


 当然だ。


 エーテルディア崩壊。

 各地で起きている魔物暴走。

 そして、地震の能力者の噂。


 人間たちは怯えている。

 俺は欠伸を噛み殺した。


「物々しいな」


「警戒しているのでしょう」


 隣でサトコが小さく呟く。


「止まれ」


 兵士が槍を向ける。

 俺は適当に肩をすくめた。


「旅人だ」


「こんな時期にか?」


 兵士は露骨に怪訝そうな顔をした。


 だが、隣のサトコを見る。

 フードを深く被った、小柄な女。

 どう見ても脅威には見えない。


「……身分証は?」


 俺は懐から適当なマイステータスカードを投げた。以前、どこぞの冒険者から巻き上げた物だ。


 兵士はしばらく確認し、舌打ちする。


「行け」


「どうも」


 二人はそのまま門をくぐった。


 王都バルミナム。


 人間の中心都市。

 石畳の大通り。

 並ぶ屋台。

 酒場。

 宿屋。

 夜だというのに、人の気配は消えていない。


 だが、どこか暗い。

 笑い声が少ない。

 皆、何かに怯えながら生きている。


「……平和ですね」


 サトコがぽつりと言う。


「そうか?」


「少なくとも、壊れる前には見えません」


「壊れる時ってのは、だいたい急だぞ」


「……」


「昨日まで普通だった奴が、次の日には終わってる」


 サトコは少し黙った。その言葉に、自分の人生を重ねたのかもしれない。


 人混みの中を歩く。

 俺の足が止まる。


「ん?」


 視線の先。路地裏に、小さな店が見えた。


 派手なネオン。

 安っぽい装飾。

 扉の上で回る赤いランプ。


 カジノだった。


 規模は小さい。場末の店。

 だが、聞き慣れた音が漏れている。


 コインの音。

 歓声。

 苛立った舌打ち。


 俺は少しだけ目を細めた。


「……あー」


 懐かしい匂いだった。

 サトコがそちらを見る。


「行くんですか」


「暇つぶしだ」


「これから王都を壊すのに?」


「壊す前に遊んどこうぜ」


 サトコは理解できない、という顔をした。


「……ギャンブル、嫌いじゃなかったんですか」


「嫌いだぞ」


「では、なぜ」


「好きだから嫌いなんだよ」


 サトコは少し黙る。理解できないのか、あるいは理解できてしまったのか。


 俺は親指で店を指した。


「行くぞ」


「私は……」


「怖いか?」


 サトコの言葉が止まる。


「はは。冗談だ」


 そして、先に歩き出す。


「別に打たなくてもいい。見てるだけでも退屈はしねぇよ」


 サトコは数秒迷い。

 やがて、小さく頷いた。


「……はい」


 俺たちは路地裏へ入っていく。


 王都バルミナム。

 その片隅にある、薄汚れた小さなカジノ。


 カジノの扉を開けた瞬間、むわりと熱気が押し寄せた。


 酒。

 煙草。

 汗。

 硬貨のぶつかる音。


 狭い店内には、思った以上に人がいた。


 王都全体が不穏な空気に包まれているというのに、ここだけは別世界みたいに騒がしい。


 笑う声。

 怒鳴り声。

 机を叩く音。


 どいつも、自分の現実を忘れたそうな顔をしていた。


「……普通に入れるんですね」


 隣でサトコが呟く。


「もっと厳重かと思ってました」


「場末だしな」


 俺は肩をすくめた。


「デカいカジノは別だろうけど、こういう店はガバガバだ。日本のパチ屋みたいなもん」


 サトコが少しだけ目を瞬かせる。


「……パチンコ屋、ですか」


「知ってるだろ?」


「はい、何度も行きました」


 そりゃそうか。こいつも転生者だった。


 店員がこちらを見る。だが、止める様子はない。客が金を落としてくれるなら、素性なんてどうでもいいのだろう。


 俺たちは店内を歩く。


 安っぽい。雑多。統一感ゼロ。

 でも、その空気が妙に懐かしかった。


「……」


 サトコは静かに周囲を見回している。


「こういう場所、来たことないのか?」


「ありません」


「意外だな」


「だって、カジノは日本になかったじゃないですか」


 その答えに、俺は少し笑った。


「ケンジさんは?」


「俺?」


 少し考える。


「オンラインなら」


 サトコが、小さく口元を緩めた。

 最初に会った頃なら、絶対に見せなかった顔だ。

 その時、店の奥から歓声が上がった。


「うおおお!!」

「マジか!?」

「ふざけんなよ!!」


 人だかり。俺はそちらへ向かう。

 円卓。中央には透明な筒。

 中で、数字の刻まれた小さな牌が跳ね回っていた。


「……あー」


 思わず声が漏れる。


 賭け方。

 盤面。

 倍率。


 完全にシックボーだった。

 もちろん、この世界では名前が違う。


 卓上には、ドラグロールと書かれている。


「知ってるんですか?」


「あぁ、シックボーに近い」


「勝てるんですか」


「運ゲーだよ、こんなの」


 ディーラーが筒を振る。

 ガラガラと音が鳴る。

 客たちが次々と金を置く。


 奇数。

 偶数。

 ゾロ目。

 数字指定。


 まんまだ。懐かしくて笑えてくる。


「やるんですか?」


 サトコが聞く。俺は財布を軽く弄んだ。


「少しくらいはな」


「負けたら?」


「笑う」


「勝ったら?」


「もっと笑う」


 サトコが吹き出した。本当に一瞬だけ。

 けれど確かに、楽しそうに。

 俺は少しだけ目を細めた。


「……なんですか」


「いや。お前、そんな風に笑えるんだなって」


 サトコは少し黙る。それから、視線を卓へ戻した。


「……ケンジさんといると、昔を思い出します」


「どんな?」


「くだらないことです」


 少し考えるように、サトコは目を伏せる。


「学校帰りに、ゲームセンターへ寄ったり」


「あー」


「友達がメダルゲームにハマっていて」


「いたな、そういう奴」


「私は見てるだけでしたけど」


 ディーラーが叫ぶ。


「締め切り!」


 筒が止まる。

 牌が転がる。


 三・四・四。


 見たこともない文字だが、この世界に来た時から何故かわかる。歓声と悲鳴が同時に飛んだ。


「うおおお!!」

「クソが!!」

「次だ次!!」


 騒音の中。サトコがぽつりと呟く。


「……変ですね」


「何が?」


「皆、苦しそうなのに……少し楽しそうです」


 俺は卓を見つめたまま、小さく笑った。


「終わってる奴ほど、こういう場所は落ち着くんだよ」


 そんな俺たちも、終わってるのかもしれない。

 でも、いまはいい。


 少なくとも今だけは、悪くなかった。

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