表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R.I.P.末期ギャン ―死んで借金が消えた俺は、異世界でも賭け続ける―  作者: 黒瀬雷牙
第二章 王都バルミナム 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/63

第六十一話 熱のない革命。死人みたいな目をした女。壊れた者は笑わない

 俺の名前はケンジ。


 王都バルミナムが見える丘の上で、俺は寝転がっていた。


 夜風が吹く。


 遠くに見える巨大な城壁。

 無数の灯り。

 人間たちの営み。


「……相変わらず、くだらねぇな」


 ぼそりと呟く。


 王都。人間の中心。

 この世界で一番デカい街。


 だが、そんなものに興味はなかった。


 昔のことは、あまり思い出さないようにしている。

 思い出しても仕方がないからだ。


 それでも、こういう夜は浮かぶ。


 仕事帰りの夜道。

 マンションの灯り。

 玄関を開けた瞬間、走ってくる小さな足音。


 息子と妻が笑っていた。

 別に特別な人生じゃない。


 ありふれた家庭。


 それで十分だった。

 ……いや。本当は、十分だったはずだ。


「はは」


 乾いた笑いが漏れる。

 俺はそれでもバレずにやっていた。

 上手く家庭も回してた。


 なのにあの日、無慈悲に壊された。

 人ではなく、地球そのものに。


「……クソみてぇだな」


 自嘲する。


 異世界へ来ても、本質は変わらなかった。

 エーテルディアへ流れ着いて。

 博打三昧。


 本当に笑える。


「つまんねぇ」


 空を見上げたまま呟く。


 壊す。殺す。滅ぼす。


 ただ、それを繰り返すだけ。


 そこに熱はない。

 生きてる感じもしない。

 早く終わればいい。


 全部。


「珍しいですね」


 声がした。俺は視線だけ動かす。


 ユラだった。


 月明かりに照らされた白い髪。


 その後ろには、二つの影がいた。


 一人は女。


 短い黒髪。フードを被っている。

 若い。だが、目だけが死んでいた。


「ケンジ様の、新しい配下です。サトコ」


 その女、サトコは無言で小さく頭を下げた。


 感情が薄い。

 壊れてる。そんな印象だった。


 そして、その後ろ。

 巨大な影が動く。

 地面が揺れた。


 魔獣。黒い毛並み。

 赤い眼。巨大な四足獣。

 城門ごと踏み潰せそうな化け物だった。


「ベヒーモスです、可愛いでしょ?」


「……そうか」


「これで揃いました」


 ユラが静かに言う。

 その目は、王都バルミナムを見ていた。


 風が吹く。


「王都バルミナムを壊しましょう」


 俺は頭を掻いた。


「で?」


「エーテルディア同様、まずはアマス神の護石を破壊します」


 ユラは即答した。

 そして、俺を見る。


「王都へ侵入するのは、貴方とサトコ」


「俺だけじゃねぇんだ」


「シュレイドやレオナルドがいます。ケンジ様でも一人では無茶だからです」


「なるほどな」


 めんどくせぇ。心底そう思った。


 ユラは冷たく言う。


「この戦いが終われば、世界は大きく変わる」


「興味ねぇな」


「でしょうね」


 ユラは否定しなかった。

 ただ、静かに笑う。


 そして、王都を見下ろしながら告げる。


「人間の時代は、終わるわ」


 ケンジとサトコは、王都バルミナムへ続く街道を歩く。


 空には薄い雲。月明かりが石畳を白く照らしている。ケンジは片手をポケットに突っ込みながら歩いていた。


 隣にはサトコ。


 無言。


 足音だけが続く。


 後ろを振り返れば、遠い丘の上。

 ユラの白髪だけが、かすかに月光に浮かんで見えた。


 見送っているのか。

 監視しているのか。


 どうでもよかった。


「……ケンジ様」


 不意に、サトコが口を開いた。


「ん?」


「貴方は、どうして壊れたんですか」


 唐突だった。ケンジは少しだけ目を細める。


「別に壊れてねぇよ」


「そういう人ほど壊れてます」


「お前、失礼だな」


 サトコは表情を変えない。


「……すみません」


 本当に悪いと思っているのか分からない声音だった。


 しばらく沈黙。


 夜風が吹く。


 やがて、サトコがぽつりと言った。


「私は、ギャンブル依存症でした」


「へぇ」


「パチンコ。スロット。競馬。なんでもやりました」


「典型的だな」


「最初は遊びでした。でも、気づいたら全部壊れてました」


 サトコの声には感情がない。

 まるで他人事みたいだった。


「仕事を辞めて。友達も消えて。借金して」


 淡々と続く。


「それでもやめられなかった」


 ケンジは何も言わない。


「負けると取り返したくなるんです」


「まあ、そうだな」


「次こそ勝てる気がして」


「あるあるだ」


「勝ったら、もっと増やしたくなる」


「終わってんな」


「はい」


 サトコは即答した。その返事だけ、少し早かった。


「最後は、親の金に手を出しました」


 ケンジの視線が動く。


「通帳を見つけたんです」


 サトコは前を向いたまま言う。


「隠してた老後資金でした」


「……」


「全部下ろしました」


 夜風だけが吹く。


「勝てば戻せると思った」


 サトコは小さく笑った。


「でも、全部負けました」


 乾いた笑いだった。


「家に帰ったら、父が座ってました」


 ケンジは黙って聞いていた。


「何も言わなかった」


「……」


「ただ、母がずっと泣いてました」


 サトコの足が少し止まる。

 だが、また歩き出す。


「その日の夜、睡眠薬を飲まされました」


 ケンジの目が細くなる。


「最初は分からなかった」


「……」


「でも、途中で気づきました」


 サトコは静かに言う。


「家族で死ぬんだ、って」


 月明かりが彼女の横顔を照らす。


「父は最後まで泣いてました」


「……」


「ごめんな、ごめんなって」


 感情のない声。なのに、その言葉だけ妙に重かった。


「私は苦しくて」


「……」


「でも、少し安心したんです」


 サトコは空を見上げる。


「もう打たなくて済む、って」


 静寂。ケンジは頭を掻いた。


「最悪だな」


「はい」


「救えねぇ」


「はい」


 また即答。ケンジは鼻で笑った。


「でもまあ」


 煙草を咥える。


「分かるわ」


 サトコが少しだけ目を見開く。


「俺も似たようなもんだ」


「……」


「壊れる時ってのは、一瞬だからな」


 火をつける。赤い火が夜に灯った。


「で、その能力か」


 サトコは頷いた。


奪取の幽手(インビジブル・ハンド)


 その瞬間、サトコの影が揺れた。


 黒い腕。


 半透明の手が地面から現れる。


 人間の腕だった。だが異様に長い。

 指先は爪のように鋭い。


 その幽手が、街道脇の岩へ伸びる。


 ズブリ。


 岩に沈んだ。まるで水面だった。


「ほぉ」


 次の瞬間。


 岩の向こう側に置かれていた空き瓶が、幽手に掴まれて戻ってきた。壁を完全に無視して。


 ケンジが眉を上げる。


「便利だな」


「掴んだものは、障害物の影響を受けません」


「つまり」


「城壁の中からでも物を奪えます」


「……えげつねぇ」


「心臓も取れます」


 さらっと言った。

 ケンジは吹き出す。


「はは。怖ぇ女」


「よく言われます」


「いや、お前あんま言われたことねぇだろ」


「はい」


「だろうな」


 二人は歩く。


 遠くに、巨大な王都バルミナムの城壁が近づいてくる。兵士たちの灯り。見張り塔。人間たちの喧騒。


 サトコがぽつりと言った。


「ケンジ様」


「ん?」


「この世界、壊したいですか」


 ケンジは少し考えた。

 そして、笑う。


「別に」


「……」


「でもまあ」


 煙を吐く。


「つまんねぇ世界なら、壊れてもいいとは思ってる」


 サトコは静かに頷いた。


「そうですか」


 その目はどこまでも暗かった。

 まるで、もう何も期待していない死人の目だった。


 そして二人は、王都バルミナムの巨大な門へ向かって歩いていく。


 その巨大な城壁は、もう目前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ