第五十六話 死体を操る女ユラ。ケンジに執着する狂気
ギチ、ギチ、と。
死体の騎士が、また立ち上がる。
首が曲がったまま。
腕が欠けたまま。
それでも、こっちに向かってくる。
「……しつこすぎだろ」
俺は、剣を構えた。
サンダーグラディウスに、雷が走る。
「イベルタ」
「はい」
「さっきの、効いてなかったわけじゃねぇ」
あの爆破矢。
当たっていた、確実に。
「当たってるのに当たってない感じだった」
「……位相ズレ、もしくは投影体」
イベルタが即答する。
「実体が別にあるか、もしくは」
「ここにいるあれが、本体じゃねぇ」
「そういうことだ」
コルディが鞭を振るう。黒鞭が騎士の足を絡め取り、まとめて引き倒す。
「でもさー、それどうすんの?」
「殴れない相手って、一番だるいんだけど」
「……殴れないなら」
ユッキーが、一歩前に出た。
ヨーヨーが、低く唸る。
「繋がってるとこ切ればいいんじゃね?」
「……あ?」
俺はそいつを見る。
さっきまでとは、顔が違う。
軽さが消えてる。
「操ってんだろ、あいつ」
ユッキーは、柵の向こうを見た。
あの女、変わらず笑っている。
「なら、どっかで繋がってるはず」
「……なるほどねぇ」
コルディがニヤッとする。
「糸、的な?」
「見えないけどな」
「でも、ある」
ユッキーは言い切った。
その目は、妙に冷静だった。
「じゃあ試すか」
俺は笑った。
「全部ぶった斬る方向でな」
「雑ですねぇ」
イベルタがため息をつく。
だが、その目はすでに戦闘モードだ。
「ですが、嫌いではありません」
その時。
女が、初めて動いた。
スッ、と。
指が、こちらを向く。
まるで選んだみたいに。
「……っ」
嫌な感覚。
次の瞬間。
騎士たちの動きが、変わった。
速い、さっきまでとは別物。
「強化……!」
「来るよ!!」
コルディが叫ぶ。同時に、三体が突っ込んできた。
「チッ!」
俺は踏み込む。
雷を纏った斬撃で、一体を吹き飛ばす。
だが残り二体。
死角。
「ギャン!」
ユッキーの声。
横から、何かが走る。
ヨーヨーだ。
高速回転。
「フォワード・パス!」
一直線、騎士の頭部へ直撃。
そのまま戻り――
「ブレイクアウェイ!!」
軌道が変わる。
円を描きながら、もう一体の首へ。
そして刃が飛び出す。
ザンッ!!
首が、飛ぶ。
「……やるじゃねぇか」
「だろ」
ユッキーが、短く笑う。
だが、次の瞬間。
その笑みが、止まった。
「……見えた」
「何?」
「今、一瞬」
ユッキーが、目を細める。
「繋がってた」
「どこに」
「……あの女」
俺たちは、一斉に外を見る。
女は、笑っている。
だが、その周囲。
空気が歪んでいる。細い、何か。
糸のようなものが、騎士たちに伸びている。
「……マジかよ」
「視認できましたね」
イベルタが、弓を構える。
「なら、話は早い」
コルディが笑う。
「任せて!」
黒鞭が唸る。
広範囲に振るわれる。
だが、すり抜ける。
「やっぱ物理じゃダメか!」
「いや」
ユッキーが、ヨーヨーを構える。
「回転なら、触れるかも」
「……あ?」
「線をなぞるんじゃなくて、削る」
ヨーヨーが、高速で回転する。
「スリーパー」
低く唸る音。
空気が、震える。
「……いくぞ」
投げる。円を描きながら、糸へと突っ込む。
そして、触れた。
「……ッ!」
ギィィィン!!
金属を削るような音。
見えないはずの何かが、確かにそこにある。
「やっぱりな」
ユッキーが歯を食いしばる。
「切れるぞ、これ!」
「全員、合わせろ!!」
俺は叫ぶ。
「一点集中で叩き切る!!」
「了解」
「任せて!」
「当然です」
三人が、動く。
だが、その時だった。
女が、ゆっくりと口を開いた。
「……ああ」
初めて、声が出た。
震えるような。
どこか、嬉しそうな。
「転生者が2人と、驚異的な力を持つ2人……全員殺せば、ケンジ様は喜んでくださるはず」
「ケンジ……だと?」
ゾワッ、と。全身に寒気が走る。
嫌な名前だ。
胸の奥が、ざわつく。その反応を、待っていたみたいに、女がゆっくりと笑みを深めた。
「……はい」
初めて、はっきりと声が落ちる。
柔らかい。
丁寧で、穏やかで。
それなのに、ぞっとするほど歪んでいる。
「申し遅れました」
柵の向こう。女は、優雅に一礼した。
場違いなほど綺麗な所作。
「私の名は、ユラ」
顔を上げる。その目は、真っ直ぐにこちらを見ている。
「ケンジ様にお仕えする者です」
静かに、言い切る。
その言葉に、一切の迷いはない。
「……仕える、だと?」
コルディが眉をひそめる。
「ただの部下って感じじゃねぇな」
「ええ」
イベルタが、短く答える。
「信仰に近いですねぇ」
「信仰……?」
ユラが、くすりと笑った。
「いいえ」
首を、ゆっくりと横に振る。
「そのような軽いものではありません」
一歩、前に出る。柵の外側。
なのに、距離感が狂う。
「私が選んだのです」
胸に手を当てる。その声は、歓喜で震えていた。
「私が、選んだのです。見つけて、育てて……ここまで来させた。そう、あの人は私の物」
その言葉に、空気が変わる。
重く、粘つく。
「ですから」
視線が、ゆっくりと動く。
俺から、イベルタへ。
コルディへ。
そして、ユッキーで止まる。
「ケンジ様の障害となるものは」
微笑む、優しく。
「すべて、排除します」
「……チッ」
俺は舌打ちした。
「分かりやすくて助かるな」
剣を構える。
雷が、唸る。
「じゃあ、ここで終わりだ」
「ええ」
ユラは、あっさりと頷いた。
「本来であれば」
指を、軽く鳴らす。
パチン。
その瞬間。騎士たちの動きが、さらに加速する。
明らかに、限界を超えた動き。
「ここで処理する予定でしたが」
少しだけ、首を傾げる。
「……想定外、ですね」
「何がだよ」
俺が睨む。
ユラは、答えない。
ただ、ユッキーを見ている。
じっと、食い入るように。
「……あなた」
ぽつりと、呟く。
「面白いですね」
「は?」
「見えているのでしょう?」
ユッキーの動きが、一瞬止まる。
「……っ」
「やはり」
ユラの笑みが、深くなる。
嬉しそうに。
壊れそうなほどに。
「やっと、見つけました。ケンジ様のために、あなたは使える」
「……断る」
ユッキーが、即答する。
ヨーヨーが、低く唸る。
「俺は、こっち側だ」
「……そうですか」
残念そうに。だが、その目は笑っている。
「では」
ユラが、一歩下がる。
影が、揺らぐ。
「今日はここまでにしておきましょう」
「……は?」
拍子抜けする言葉。
だが、嫌な予感しかしない。
「データは、十分に取れました」
軽く、頭を下げる。
「あなた方の実力」
顔を上げる。
「そして、可能性も」
「待てよ」
俺は踏み出す。
「逃がすと思ってんのか」
「ええ」
即答。迷いなく。
「逃げますよ」
その言葉と同時に。
ユラの輪郭が、揺れる。
最初に見た時と同じ、水面のように。
「ですが」
最後に。視線だけが、はっきりと残る。
ユッキーへ。
「次は」
静かに。
「もう少し、近くで。アナタなら……」
笑う。裂けるように。
「ケンジ様の右腕になれるわ」
その瞬間、ユラの姿が消えた。
糸も、気配も。
すべて、プツンと。
「……消えた」
コルディが呟く。
「撤退、ですね」
イベルタが弓を下ろす。
「……クソが」
俺は剣を振り下ろした。
地面に、雷が走る。
「完全に、舐められてるな」
「でもさ」
ユッキーが、低く言う。
「手応えはあった」
ヨーヨーを見つめる。
「触れたし、削れた」
「……ああ」
俺は頷く。
「勝てねぇ相手じゃねぇ」
空を見る。
もう、あの女はいない。
だが。確実に、繋がった。
「ケンジ……」
その名前を、もう一度噛みしめる。
「次は、逃がさねぇ」
次は、仕留める。ケンジごと潰す。




