第五十二話 ヨーヨーの少年…って、この世界にないはずだよな?
森を抜けた瞬間、空気が変わった。
あれだけ鬱蒼としていた木々が途切れ、視界が一気に開ける。柔らかい風が吹き抜け、草の匂いが混じる。
「……抜けたな」
俺は小さく呟いた。
身体は相変わらずボロボロだが、さっきまでの張り詰めた空気が消えただけで、少しだけ楽になる。
「ええ。ここから少し行けば、村があります」
イベルタが前を見据えたまま答える。
「助かる……マジで休まないとヤバい」
コルディも肩を回しながら苦笑した。
俺たちはそのまま、緩やかな坂を下っていく。
しばらく歩くと、それは見えた。
小さな村だ。
木造の家が並び、煙突からはゆっくりと煙が上がっている。畑では誰かが作業をしていて、遠くから子どもの笑い声も聞こえた。
平和だ。さっきまで殺し合いしてた場所と、同じ世界とは思えねぇ。
「……いいね、こういうの」
コルディがぽつりと言う。
「ええ。でも油断は禁物」
イベルタは変わらず冷静だ。
まぁ、その通りだな。
俺たちは村へと足を踏み入れた。視線が少しだけ集まる。見慣れない顔、しかも俺はボロボロだ。
「……あー、すまん。泊まれるとこあるか?」
適当に近くの村人に声をかける。
「ああ、それならあっちの宿だよ」
親切に指差してくれた。
「助かる」
俺たちは言われた方向へ向かう。
すぐに見つかった。こぢんまりとした、だが手入れの行き届いた宿だ。
木の看板が揺れている。
「ここでいいですね」
「ああ……もうどこでもいい、ベッドがあれば神だ」
中に入ると、優しそうな女将が迎えてくれた。
「いらっしゃい。おや……ずいぶんと大変そうだね」
「ちょっとな」
細かい説明はしない。必要もねぇ。
部屋を取って、すぐに休めることになった。
階段を上がるだけで、身体が悲鳴を上げる。
「……クソ……」
「無理しないでください」
「今さらだろ……」
なんとか部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。
――柔らかい。
「……最高だな、これ」
思わず笑った。
「生き返る……」
コルディもベッドに倒れ込む。
「ほんとね……」
イベルタは窓際に立ち、外を軽く確認している。
さすがに警戒は解かねぇか。
俺は一度深く息を吐いてから、ゆっくりと上体を起こした。
少しだけ、外を見る。
のどかな風景だ。
畑、子ども、犬が走り回ってる。
……ん?
「……は?」
思わず声が漏れた。
「どうしました?」
イベルタが振り返る。
俺は窓の外を指差す。
「あれ……見えるか?」
二人も視線を向ける。
そこには、一人の若者がいた。
手に持っているのは、紐のついた小さな円盤。
上下に動かし、戻し、また投げる。
軽やかなリズム。
「……なんだあれ」
コルディが首を傾げる。
だが俺は、知っている。
忘れるわけがねぇ。
「……ヨーヨーだ」
「ヨーヨー?」
「俺の元いた世界の……オモチャだよ」
胸の奥が、ざわつく。
こんな異世界で、あり得ねぇ。
偶然?それとも――
転生者。
窓の外、楽しそうにヨーヨーを操る若者。
こいつは、本当にただの村人か?
俺は目を細めた。
(……面白くなってきたじゃねぇか)
気づいた時には、もう立ち上がっていた。
「ちょっ――ギャン!?」
コルディの声が背中に刺さる。
「どこ行くの!?」
「……ちょっとな」
痛み?そんなもん、どうでもいい。
あれを見た以上、じっとしてられるか。
「すぐ戻る」
それだけ言って、俺は部屋を出た。
階段を降りるたびに、骨が軋む。
「ッ……!」
手すりを掴む。視界が一瞬白く飛ぶ。
(クソ……マジでボロボロだな)
だが止まらねぇ。
扉を開けて、外へ出る。
陽の光が、少し眩しい。
村の空気は穏やかで、さっきまでの殺し合いが嘘みてぇだ。
そして――いた。
さっきの若者。
紐を操り、ヨーヨーを軽やかに上下させている。
動きに無駄がねぇ。慣れてる。
俺は、ゆっくりと近づいた。
「……なぁ」
声をかける。
若者の手が、ピタッと止まった。
こちらを見る。
年は……15、16くらいか。
目が合う。一瞬の沈黙。
「……その顔」
そいつが、ニヤッと笑った。
「もしかして、同類?」
確信めいた声だった。
「……やっぱりか」
俺も、少しだけ笑う。
「そのヨーヨー見りゃ、わかる」
「だよね」
軽く肩をすくめる。
「この世界の人、あんなの作らないし」
「自作か?」
「うん」
そいつはヨーヨーを軽く回して見せた。
「木削ってさ。紐もそれっぽいの見つけて」
カラカラと、軽い音が鳴る。
「やっぱ恋しくなるんだよね。こういうの」
「……わかる」
俺は頷いた。
「名前は?」
「ユッキー」
あっさりと名乗る。
「そっちは?」
「ギャンだ」
「へぇ、変な名前」
「ほっとけ」
軽口を叩き合う。
だが、その空気の奥にあるものは同じだ。
「……いつだ?」
俺が聞く。
「死んだの」
ユッキーは、少しだけ視線を逸らした。
そして、あっさり言う。
「16」
「……若ぇな」
「でしょ」
笑う。軽い調子だが、その奥は薄くない。
「イジメ」
短く、それだけ。
「まぁ、よくあるやつ」
ヨーヨーを、また回す。
「逃げ場なくてさ。あーもういいやって」
ポン、と軽く投げて、戻す。
「で、死んだ」
淡々としてる。
だが、軽くはねぇ。
「……後悔は?」
俺は聞いた。
「んー……」
少し考える仕草。
「ない、かな」
即答じゃないのがリアルだ。
「でもさ」
ユッキーは笑った。
「こっち来れて、正解だったって思ってる」
空を見上げる。
「痛くないし、誰も殴ってこないし」
「……そりゃそうだな」
「飯も食えるし、寝れるし」
肩をすくめる。
「最高じゃん」
その言い方は、強がりでも嘘でもねぇ。本音だ。
「権能は?」
俺が聞く。
「ない」
即答。
「自殺だから」
「……そうか」
こいつも、権能の事を知っていたか。
「まぁでも、別に困ってないよ」
ヨーヨーを回しながら言う。
「この村で普通に暮らしてるし」
「馴染んでんのか」
「うん。みんな優しいし」
少しだけ、柔らかい顔になる。
「ここ、好きだよ」
いい場所を見つけたんだな。
俺は、少しだけ息を吐いた。
「ヨーヨーは?」
「唯一の自慢だったからさ」
少しだけ照れたように笑う。
「大会とか出てたわけじゃないけど、ガキの頃から負けなかったし」
「なるほどな」
今もガキだろ、と喉まで出かかって――やめた。
「だから、どうしても欲しくて」
くるくると回るヨーヨー。
「作った」
その一言に、全部詰まってる。
「……器用だな」
「まぁね」
ちょっと得意げだ。
「教えてやろうか?」
「遠慮しとく」
「えー」
くだらねぇやり取り。
でも、悪くねぇ。
「……なぁ、ギャン」
ユッキーが、少しだけ真面目な顔になる。
「そっちは?どうなの」
「何がだ」
「楽しい?」
ストレートだ。
俺は、少しだけ空を見る。
さっきまでの戦い。痛み。死にかけた感覚。
それでも。
「……まぁな」
笑った。ギャンブルで詰まってた前の世界より……
「悪くねぇ」
「そっか」
ユッキーも笑う。
「ならいいじゃん」
その言葉は、軽いけど妙にしっくりきた。
「……お前は、そのままでいいと思うぞ」
俺は言った。
「無理して外出る必要もねぇ」
「うん、出ないよ」
あっさり。
「怖いし」
「正直だな」
「でしょ」
また笑う。いいやつだな。
生意気だが、嫌いじゃねぇ。
「……またな」
俺は踵を返した。
「うん。また来てよ」
背中に声が飛ぶ。
「ヨーヨー教えてあげるから」
「だからいらねぇって」
手をひらひらさせる。
だが、その時だった。
「……っ」
足が止まる。視界が、ぐらりと揺れた。
「……おっと」
膝が、笑う。
(やべ……限界か)
さっきから無理しすぎた。痛みが一気に押し寄せる。
「大丈夫?」
ユッキーの声。
「ああ……問題ねぇ」
強がるが、足取りは重い。
宿までの道が、やけに長く感じる。
一歩ごとに、身体が悲鳴を上げる。
「ッ……クソ……」
なんとか扉を開けて、中へ。階段が、地獄に見える。
「……はは、マジかよ」
苦笑しながら、一段ずつ登る。途中で何度か止まりながら、ようやく部屋へ。
扉を開ける。
「……遅いです」
イベルタの声。
「どこ行ってたの」
コルディも呆れ顔だ。
「……ちょっとな」
それだけ言って、俺はベッドに倒れ込んだ。
「うわ、ひど」
「限界ですね」
遠くで声がする。
だが、もう無理だ。意識が落ちていく。
(……ユッキー、か)
あいつのヨーヨーが、頭に浮かぶ。
この世界に、俺やアケミみたいなのが、まだいる。
そこまで考えて、意識は完全に途切れた。




