第百三話 戦わずして国を壊す者
ブレイブリィは一瞬にして戦場と化した。
「殺せぇぇぇ!!」
リザードマン達が一斉に突撃する。
槍を構えた戦士達が一直線に駆け抜ける。
「迎え撃て!」
ドワーフ騎士達も武器を構えた。
剣と斧がぶつかり合う。
金属音が会場へ響いた。
「ギャン!無茶はするな!」
「分かってる!」
俺もサンダーグラディウスを抜いた。
目の前へ飛び込んできた一体のリザードマン。
槍が突き出される。
「っ!」
俺は横へ飛び、そのまま剣を振り抜いた。
ガキィン!
「硬っ!」
鱗に弾かれ、浅くしか斬れない。
「チッ!」
今度は尾が飛んでくる。
丸太のような一撃、咄嗟に剣で受け流す。
「ぐっ!」
腕が痺れた。
(強ぇ……)
アケミほどではない。
エタルドほどでもない。
だが、人間より遥かに身体能力が高い。
鱗は硬く、槍術にも長けている。
おまけに牙と尾まである。
戦いづらい相手だった。
一方、ガルドは戦斧を振り回していた。
「どけぇぇぇ!!」
一撃で二人吹き飛ばす。
だが。
「殺すな!」
ガルドが叫ぶ。
「武器を落とさせろ!」
ドワーフ達も同じだった。
腕を狙い。
足を狙い。
誰一人、とどめを刺そうとはしない。
「……?」
リザードマン達が戸惑う。
戦いは続く。
互いに疲弊し、互いに傷付き。
それでも決定打は生まれない。
やがて、一人のリザードマンが前へ出た。
年老いた戦士だった。深い傷跡が全身を覆っている。
「もうよい!」
低い声が響く。
両軍が動きを止めた。
どうやら族長らしい。
族長は周囲を見渡す。
傷付いたドワーフ。
倒れたリザードマン。
そして静かに口を開いた。
「……本当に知らぬのか?」
ヴィルグラム王が前へ出る。
「何をだ」
族長は睨み返す。
「濁り雨だ。お前達がヴォルカヌス火山を掘り続けたせいで起きた」
王は眉をひそめた。
「我らも被害者だ。鉱山は閉鎖された。民は病に倒れ、経済は崩壊寸前だ。誰が好き好んでこの状況を望む」
その言葉に、族長の表情が揺らいだ。
「……ならば。」
小さく呟く。
「トオル様の予言が……外れたのか?」
会場が静まり返る。
「トオル?」
俺が反応した。
王も目を細める。
「その名を知っているのか」
族長は頷いた。
「預言者だ。あのお方は言われた」
ゆっくりと、一語一句確かめるように語る。
「濁り雨の元凶であるドワーフ達は、今日、このブレイブリィで、我らリザードマン族に敗れ、全滅する、と」
俺とガルドは顔を見合わせる。
全然違う。
戦ってみて分かった。リザードマンは本気で滅ぼしに来ていた。
だが、ドワーフ達は違った。
殺す気がない。
ただ守っていただけだ。
族長も、それに気付いたのだろう。
「……。」
しばらく沈黙した後、ゆっくり武器を下ろした。
「退くぞ」
その一言だった。
「族長!?」
「預言は……!」
「退く」
族長は静かに言う。
「これ以上戦う理由はない」
リザードマン達は互いに顔を見合わせながらも、武器を収め始めた。
やがて、一人、また一人とブレイブリィを後にしていく。
最後に族長だけが振り返った。
「もし、お前達の言葉が真実なら、我らは……利用されたのかもしれぬ」
そう言い残し、姿を消した。
静まり返るブレイブリィ。残されたのは傷付いた者達と、一つの名前だけだった。
トオル。
その男は、まだ一度も姿を現していない。
それなのに、戦いはすでに始まっていた。
その後、ブレイブリィでの騒動を終えた俺達は、そのまま王城へ戻った。
誰も口数は多くない。
リザードマン達は敵ではあった。だが、最後に見せた族長の表情は、とても嘘をついているようには見えなかった。
王城へ戻ると、ヴィルグラム王はすぐさま側近達へ命令を飛ばした。
「民を集めよ!」
低く、よく通る声が響く。
「王都全域へ通達!警戒態勢を敷け!」
「はっ!」
騎士達が一斉に駆け出していく。
ほどなくして、城前広場には大勢のドワーフ達が集まった。
職人、商人、冒険者、老人や子どもまで、不安そうな表情で王を見上げている。
ヴィルグラム王は壇上へ立った。
「皆の者!」
広場が静まり返る。
「本日、ブレイブリィにてリザードマン族の襲撃があった!」
ざわめきが広がる。
「だが!奴らは我らを滅ぼすためではなく、誤った情報を信じてやって来た!」
再びざわめき。
「濁り雨の原因はドワーフだ。そう吹き込まれていたのだ!」
民達は顔を見合わせる。
王は続けた。
「実は、これは初めてではない」
俺は思わず顔を上げた。
「ギャン達がこの大陸へ来る少し前。コボルド族もまた、我らへ異議を申し立てに来た。」
ガルドが小さく舌打ちする。
「……あの時もか」
王は頷いた。
「幸い戦にはならなかった。だが、あの者達もまた、何者かに騙されていた」
俺は腕を組む。
(全部……繋がってる。)
リザードマン、コボルド。
そして濁り雨。
全部、誰かが裏で糸を引いている。
王はさらに声を張り上げた。
「それだけではない!」
その一言に空気が張り詰める。
「最近、王都では奇妙な噂が次々と流れている!鉱山が爆発する、王家が財宝を隠している、商会が裏切った、隣人が敵国へ情報を売った。どれも確証のない話ばかりだ!」
民達がざわつく。
王は力強く叫んだ。
「疑うなとは言わん!だが、誰かの言葉を鵜呑みにするな!必ず確かめろ!互いを信じろ!」
広場にいたドワーフ達は静かに頷いた。
その様子を見ながら、俺はぽつりと呟く。
「戦わずして国を壊す……か」
ガルドが苦い顔で答えた。
「ああ、どんな化け物よりも厄介な相手かもしれねぇ」
俺は空を見上げる。
姿を現さない敵。
それでも、その男は確実にこの国を蝕んでいた。
四天王トオル。
まだ会ったこともないその男の名が、すでにこの大陸を戦場に変えていた。




