中編
ルアンが寮の部屋に戻ると、扉の内側に封筒が落ちていた。
ルアンは手紙のサインを見てため息をつき、床から拾い上げた。
「・・・自分のことをさせてよ・・・」
ルアンは髪の色をもとに戻し、外套のフードを深くかぶり、口元をスカーフで隠す。
部屋の窓を開け、そこから飛び降りた。
木へと。
そのまま静かに裏庭を突っ切り、壁沿いに立つ木に登る。
塀を越えそのまま下に着地。少し走ると、木に黒馬が括り付けられていた。
ルアンは黒馬に近づく。
「よしよし。私を送ってくれる?」
黒馬はルアンの言葉に頷くように少し頭を下げた。
ルアンはそのまま黒馬にまたがり、手綱を握って走り出す。
巧みな手綱さばきで、難なく道を駆け抜ける。
少しすると、小さな小屋が見える。
その小屋に馬ごと入り、干し草を上げる。
すると、小屋の中に作業着を着た白髪を一つにまとめたメイラが現れた。
「来たわね。ちょっと待って。ソルトにこれをあげてくるから。」
そう言って馬屋の奥に消えて行った。
あの人・・・ここで何してるの?
暇なの?
「暇なわけないでしょ。」
「ひっ!!」
心で思ったことのはずなのに、メイラが答えた。しかも、馬屋の奥に消えたすぐ後に馬屋の入り口に現れた。
瞬間移動?
「馬鹿なこと言っていないで・・・」
言っていないけど。
「揚げ足取らないの!」
メイラがメっとルアンに向かってデコピンしてきた。
「っつ・・・」
痛い。
「全く話が進まないじゃない。もういいわ。結論を言うと、学院の卒業式にでなさい。」
はい、むりーーーーー!
なんで、こう・・・無理難題を言うかな。
そして、何の脈略もない。
ルアンが何も言わず無言でいると、メイラが馬屋に置いてあった台に座り、足を組んだ。
一気に纏う雰囲気が変わり、ルアンは汗が吹き出すのを感じる。
足ががくがくしはじめ、胸も苦しくなり息がしづらくなった。
メイラはそんなルアンを気にもせず、妖艶に微笑む。
「ねえ、ルアンちゃん?あの方の命令っていちいち言わないと、動かないの?」
ルアンが小さく首を振ると、メイラは急に纏っていたはずのオーラを消し、ルアンを抱きしめた。
ルアンは急なメイラのスキンシップには慣れていたが、抱きしめられたことはなく驚いた。
「ルアン。今回、あなたが卒業式の舞踏会に出れれば、あなたの望むものの一つか二つ手に入るそうよ。」
メイラの言葉にルアンはぱっと顔を上げる。
「・・・え?」
メイラは女神のごとく優しく微笑んだ。
「あの方が仰っていたわ。今回の卒業生に第2皇子がいるから、他国の重鎮もくるそうよ。エヌオールの王族にも連なる方だから、結構な国々から来るのですって。」
第1皇子の卒業の時は、他国の重鎮はそこまで来ていなかったと聞いたから、てっきり卒業式にはあまり呼ばないのかと思っていたけど、そうじゃなかったらしい。
ルアンの目下の目標は貴族とのコネクションを増やす。
そして、帝国の歴史について知りたい。できれば客観的な歴史を。
ルアンは卒業式の舞踏会にどうやって出るかを必死で考え始めた。
何かのノイズの後に声が続く。
『・・・そこまで話して良いと言っていないぞ、メイラ』
ガンっ・・・ドンっ・・・
声とともにメイラの上に何かが降り注ぐ。
メイラは地面に突っ伏した状態で、首に蔦のようなものが巻き付かさっている。
ギュウギュウと少しずつメイラの首を絞めている。
メイラは必死で藻掻くも手足も蔦で縛られていて動けなかった。
『お前は、黙って私の指示に従え―-・・・』
そこで言葉が切れ、蔦も消えた。
メイラはせき込みながら、少し嘔吐する。
ゼエ、ハアと深呼吸しようにも、喉がつぶれたらしく苦しいままであった。
自分で自分に治癒の魔法をかける。
癒やしにしかならないが、まだましだった。
メイラは少し落ち着いて、自分の右腕に書かれた古代文字を憎らし気に見る。
「あなたの思い通りにはさせない・・・」
メイラのつぶれた声が消え入りそうに、空へと消えて行った。
翌日―-
ルアンは結局いいアイディアが浮かばないまま夜を悶々として過ごした。
しかも卒業式に出て何をしろというのか。
おかげで、寝不足だ。
なのに!!
また、面倒くさいグレイス=メイウスが目の前に仁王立ちしている。
しかし、本日は取り巻きを連れてはいない。
「・・・何か御用でしょうか?」
慇懃な態度で、無表情のまま聞く。
グレイスは口を開けたり閉じたりを繰り返しながら、顔を赤くしたり、青くしたりし始めた。
ルアンはとりあえず待つ。
あまりに失礼な態度をとりすぎて、親が乗り込まれるのも面倒。
んん?
今更だけど・・・そういえば、彼女・・・一度も親を表に出しては来なかったかも・・・
『わたくしは侯爵令嬢よ!』とは言っていたけれど・・・
ルアンの思考が少しずつ離れていったところで、咳払いが聞こえ、ルアンはハッとする。
グレイスの斜め後ろで、彼女の侍女らしき人が咳ばらいをしたようだ。
・・・何・・・?
「・・・お嬢様・・・ロシェ様も暇なわけではございませんでしょう。お早くなさいませ」
という侍女の一言のあと、ルアンは耳がキーンとなりつつも、自分の耳を疑った。
「わ・・・悪かったわっ!!!!今まで!!・・・わたくし・・・あなたのこと・・・嫌いじゃないわっ!!!!」
とりあえず、初めに感じたのは耳が痛い。そのままの意味で。
グレイスを見ると、白く透き通るような手入れされた肌が真っ赤になり、肩が震えている。
金髪のグリングリンのたてロールも心なしか逆立って見える。
視線はそらされたままだが、その場からいなくなろうとはしていない。
もしや、私からの“許し”が必要なの・・・?
ルアンは数秒待っても彼女が動かないので、侍女に視線を向ける。
侍女も視線は下のままで動かない。
ルアンはため息を押し殺す。
なぜ、こう・・・天邪鬼が多いの。
「メイウス様。謝罪していただいてありがとうございます。私も随分失礼な態度をとっていました。すみません。」
「ダメよ!!あなたは謝らないで・・・・!!わたくしは・・・わたくしは、あなたが羨ましかったのよ。平民でも堂々としていて、悪いことは悪い、とはっきり言えるし、嫌なことも嫌だとはっきり言っていたわ。
あなたが憎かったわけじゃない・・・ただ安心したかったの・・・あなたをやり込めれば、認めてもらえるって・・・。あなたを殺そうとしたとか、害そうとしたつもりはないの・・・結果的にそうなってしまったけれど・・・」
グレイスはもじもじして持っていたハンカチをくちゃくちゃにしている。
そして、泣きだしてしまった。
最近高位貴族の令嬢の泣き顔をまじかで見るな・・・
泣きじゃくるグレイスをそのままにするわけにもいかず、やはり人目のないところまで連れていく。
侍女が後ろからついてきて、他の侍女たちが中庭の奥にあるテラスにお茶の準備をし始めた。
ルアンはグレイスを椅子に座らせる。
ハンカチがもうすでに使い物になっていないようだったので、自分のハンカチも差し出す。
グレイスはそのままハンカチを受け取り、涙を止めようと必死だった。
「ご・・・ごめんなさい。・・・なんだか・・・止まらないの~~~」
号泣だ。
数分が立ちようやく涙が止まったようで、侍女たちが大量の氷を持ってきていた。
そこからこんなに持ってきたの・・・?
不思議そうにルアンが見ると、一番近くにいた先ほどの侍女が説明してくれた。
「屋敷でもずっと泣いていたのです。後悔していらっしゃったようで、どうしたら良いかわからない、と癇癪を起すものですから、素直に謝罪をと・・・」
侍女の言葉にグレイスは顔を真っ赤にし、氷を入れたパックを顔全体に押し付けていた。
ルアンはそれを慌てて外す。
「いけません。何かに包んで目元に軽く当てる程度にしないと・・・霜焼けや低温やけどを起こしてしまいますよ.・・・」
グレイスは呆けた表情でルアンの言うことを素直に聞く。
「・・・あのね・・・その」
グレイスが言いにくそうにもじもじと言葉を発し始めた。しかし、中々言いづらいのか言葉に出せずにいる。
業を煮やした侍女が先に言ってしまった。
「全くもう。お嬢様はお友達になってほしいのです!!」
侍女の言葉に顔を真っ赤にする。
ルアンも驚き真っ赤なグレイスを見る。
「・・・・見ないでっ!!!!」
グレイスは侯爵令嬢。高位貴族だ。侯爵家の中でも各は上のほうで、父である侯爵は帝国内でも重鎮。皇帝からの信頼も厚かったはず。
確か、メイウス家は二男二女だった気が・・・グレイスは末っ子だと聞いたことがある。
ルアンはなんとなく、ロレッソと同じ空気をグレイスから感じた。
「私で良ければ・・・」
ルアンが微笑んで言うと、グレイスは花が咲くようにぱあっと顔を輝かせた。
「!!ほ・・・本当?ああ・・・わたくしのことは、レイスと呼んでちょうだい。」
「え?無理ですよ。」
「どうして!!?」
「私は平民ですよ?ご本人がお許しになったところで、メイドや下働きでない、ただの平民が愛称で呼ぶなんて。駄目ですよ。」
「あなた・・・案外、真面目なのね。」
「・・・そうですか?」
こちら平民からすれば、死活問題ですけど?
もしも、あなたのお父君にばれれば折檻されるレベルですよ?
「・・・そう・・・」
グレイスがこれ見よがしにシュンとした。
「・・・では、グレイス様とお呼びします。グレイス様は私のことはルアンとお呼びください。」
「わかったわ」
グレイスがルアンの言葉に微笑んだ。
そこでドキリとする。
大輪が咲いたような美しさだ。
元が良いだけある。
どうしても、猫目のようにきつい目元。そして、表情も硬いことからとてもきつい性格のために表情も怖く見えてしまうのだ。
その日から、グレイスとルアンは放課後の図書室で時々話すようになった。
そして朗報が降った。いや、落ちた?降臨?
「帝国の史書?・・・帝国の歴史について知りたいの?建国のことかしら?」
グレイスがルアンの分厚い本に若干引きながら聞き返す。
「うーん・・・そうですね。建国についても、ある程度の歴史についても知りたいです。」
「ちょっと待っていなさい。」
上から目線の発言は変わらないが、物腰はだいぶ柔らかくなったグレイス。
取り巻きは混乱しているらしいが、少しずつクラスメイトにも声をかけてもらえるようになったと喜んでいた。
少しして、グレイスが本を何冊か抱えて持ってきた。
「言ってくださったらお手伝いしますよ!」
そう言ってルアンはグレイスが持ついくつかの本を代わりに持ち、テーブルまで運ぶ。
グレイスが本を順番に置く。
左から急に紹介を始める。
「これはエヌオール国で書かれていたものを少し湾曲した建国物語ですわ。そして、この隣が著者が古の国と言葉、と書かれているので、たぶん建国物語に関係しているものです。わたくしは古代語読めませんが。・・・読める人いるのかしら・・・
そしてその隣が古の国と魔法とマナについて書かれている歴史書で・・・最後の二冊が、古代の魔獣たちについての本ですわ。」
ルアンはぽかんとしている。
どういうことかわからず、はてなマークもちらほら。
それに気付いたグレイスがどや顔で説明を始めた。
「帝国の史書を読んでいるということは、魔法のことやマナ、魔獣などにたいして疑問などを感じたのでしょう?昔から、それらを感じた人は必ず帝国の史書を読むんですの。何かわかるかもしれない、と思って。」
「わたくしもそうでしたけれど、お父様から『帝国の歴史は神が地上に降り立ち、皇帝となり、帝国を建国したため、帝国民は魔法に愛されているのだ!』なんて怒られてしまって、それ以上帝国の歴史の勉強をしている暇があるなら、淑女としての自分を磨けと言われてしまって。」
グレイスの表情が徐々に曇っていく。
「グレイス様と私以外でも、帝国の史書を調べている人を見たことがあるんですか?」
ルアンの質問にグレイスは表情を明るくした。
「ええ。まあ、帝国民であれば史書を調べていると変人扱いされたり、怒られたりするものだから、表立って調べる人なんていないけれどね。」
帝国民は基本的に自分たちを神の末裔だと謳っている。
それ以下でもそれ以上でもない。自分たちが最上であり、全能である、と。
建国神話を疑ったり、史書を読み漁ることは帝国への裏切り、とも取られる可能性がある。
ある種の信仰心が強いのだ。
前の皇帝の中でも、史書を読み漁る皇帝がいて、“信仰心が薄いため廃位”とされた方もいるそうだ。
ルアン以外にも、マナや魔獣、魔法についての疑問を持つものがいた。
しかし、それを解明しようとしない。
元々、帝国では魔獣は神に反するものが遣わした、と言われている。
だが実際誰も知らない。
文献もないのだ。
ただ、倒せるのは光魔法を持つもの。もしくは付与されているものとされている。
だからこそ、光魔法を持つものは重宝されるのだが。
なぜみんな疑問に思わないのだろうか。
思えば、帝国の近隣もそういったことに興味を持っていない気がする。
ぎりぎりエヌオール国が他国よりも研究が進んではいるが、考えればわかることなどばかり。
調査して、情報を集めて、分析をするという初歩的なことはしない。
なぜだろう。
ルアンはグレイスが持ってきてくれた本を読む。
ルアンは少し読み進めると目を瞠った。
今まで読んだ歴史書とは比べ物にならない。
きちんと順序だてて書かれているし、根拠も詳細にかかれている。
ルアンはグレイスを見上げる。
グレイスは苦笑していた。
「誰にも言わないでね。わたくし・・・歴史にとても興味があるの。本当は遺跡とか古代文献とかに興味があるけれど、帝国子女のすることではないでしょう。我が家は侯爵位でも高い方ですし、あまり好き勝手もできなくて。」
少し切なそうな表情になる。
「・・・ありがとうございます。グレイス様があきらめずにいてくれたから、すぐ読みたかったものを見つけることができたんです。」
ルアンはまず、“著者・古の国と言葉”と書かれている本を広げ、グレイスの言っていた湾曲された史書を開く。
何を隠そう、ルアンは古代語が読める。・・・読めない字もあるが。基本的には読める。
母が古代語に詳しく、よく教えてもらっていた。
『まだ、陰と陽がわかれる前、地上には多くの神獣が住んでいた。しかし、神使が出現し昼と夜ができる。人々によっては住みやすいが、神獣たちは徐々に穢れていった。
神使は穢れを払うために、自分の力を人間に分け与えた。それをマナという。30人の人間に渡したが、マナが馴染んだのはそのうちの10人だけであった。
馴染めなかった20人はマナに呑み込まれてしまい、神獣と同じように穢れていった。
古の王はマナが馴染んだ10人の人間に、神獣と穢れた20人の人間を殲滅せよ、といった。しかし、10人は神の使いでもある神獣と、神に選ばれた20人を殲滅することに反対をした。
すると、古の王は見せしめに一番最初に逆らった人間を殺した。残った9人は古の王の命令通り、穢れた神獣と穢れた20人の人間を殲滅した。
しかし、それはやはり神の逆鱗に触れた。そうして、古の王は神より呪いを受けた。呪いにより、古の王と王の子孫たちは“最も大切なもの”を失うようになった。神は最後の慈悲として、古の王の子孫が反省し懺悔すればその呪いを解くことを約束した。
神の詔は“いずれ、私の子である知識にあふれた黒き影を纏う者が、古の言葉を伝えるだろう。その時呪いは解ける”であった。
王は神の詔を信じず、生き残った9人の力を全て吸収した。しかし少しして、王の最愛の息子が亡くなり、妻が亡くなり、弟が亡くなった。絶望した王は孤独となり、失意のまま亡くなった。
王に愛されなかった末の息子が王位についたが、彼もまた5人いたうちの4人の子供を無くし、妻を亡くした。彼は、少しでも神の怒りを鎮めようと父王が奪った力を国土の大地に奉納し、国を閉鎖した。
しかし、呪いはそのまま続いた。しかし、国は滅亡するどころか栄えて行った。そうして人々の記憶の中から消えたころ、再び大地に災いが起る。』
要約すると、まあそんなところだ。
10人の力って何だったのだろうか。それがマナの種類?
謎が深まった。
一つだけ、推測だが、“国を閉鎖したにもかかわらず、国が栄えている”のは2国ある。もしかして、そのうちの一つがこの文献の言う“古の王”が存在した国なら?
帝国は自分たちの国だと思っているが、実際は違ったら?
帝国は戦いによって領土を広げた。
そもそも、閉鎖していた記録なんてなかったはず。
ルアンは古の魔法とマナについての本を開く。
これには基本的なことがかかれていた。
マナがなくては魔力があっても魔法が使えない。ただ“マナの質によって扱える魔法がかわる”と書かれていた。
実際帝国では全ての魔法を習う。
種類など関係なく。
得手不得手があるため、それがマナの種類なのだろうか。
魔法の種類は8つ。
神が力を授け馴染んだのは10人。
そこで、ルアンはハッとする。
どうしちゃったんだろう。
確かに、治療師になりたい、と勉強するために本を読み漁っていた。
でも、自分の一番の目的をきれいさっぱり忘れていた。
私は父さんの復讐がしたい。
どうして忘れていたんだろう。
居心地が良かったから?
ルアンは両手で自分を抱きしめるように、胸の前で合わせた。
何故かとても・・・変な感じがする。
ざわざわと、自分の中で何かが駆け巡る感覚。
嫌な予感がしてならないルアンだった。
寮の自室でルアンはぼーっと天井を見ていた。
あのあと、顔色を悪くして黙りこくったルアンを心配してグレイスがわざわざ部屋まで送ってくれた。
周囲はあのグレイスが一平民のルアンを心配そうに介抱しているから驚いていたが。
グレイスが別れ際に、元気づけるためだろう。
『エヌオールの賓客の中に建国神話とマナについての研究されている方で御高名な方がいらっしゃるから紹介するわ。よかったら、パートナーとして晩餐会に出ない?』と言ってくれた。
メイラの命令で何がなんでもでないといけなかったため、渡りに船だが、父の復讐を一時でも忘れていたことにショックを受けていたため、気乗りしなかった。
しかし、グレイスの心配やあの方との約束のため、自分を叱咤して了承の返事をした。
すると、グレイスは見るからにルンルンした表情になっていた。
彼女曰く私にどうしても着せたいドレスがあるのだそうだ。
借りれるなら万々歳。
ただなら尚更万々歳。
そんなこんなで、あっという間に卒業式の晩餐会の当日を迎えた。
まず驚いたのが、まさかのドレスがオーダーメイド。
これにはさすがに焦って止めた。
オーダーメイドがいくらするのか知っているのか!と思い、本気で説教を30分くらいしてしまった。
グレイスは嬉しそうだったが。
こちとら、貸衣装でいいのだ。
正直無駄遣いはしたくない。
万屋で荒稼ぎはしているが、生活費や調査代などで出費が結構あるので、けちけちお金を使っているのだ。
しかし、まさかのグレイスのお母様まで参上し、ルアンを着せ替え人形にし始めた。
すでに、アルバイト気分だった。
無表情のまま言われるがままにドレスを着替えていく。
グレイスもグレイスのママも、侍女たちもハシャイジャッテ・・・
挙句グレイスは他国への旅行で買ったイヤリングが似合う、とか言って部屋を後にした。
そして、ルアンはグレイスがいなくなった後に、グレイスの母に泣いて感謝されてしまった。
「私も夫も気づけばあの子とは距離ができていて・・・どうすればよいかわからないままだったの。でも、あの子のほうから声をかけてくれて・・・思っていることも言ってくれて・・・どうやらあなたの影響だったそうで・・・侍女たちから聞いて、一度会ってお礼が言いたかったの。
本当にあの子と友達になってくれてありがとう!!」
家族が和解したのね。
仲良くて何より。
詳しくグレイスから聞いたことはないけれど、やはり侯爵家ともなればいろいろありますよね。
ルアンは持ち前の笑顔の仮面で、そんな、そんなといいながら首を横に振りつつ、グレイスを褒めて褒めてあげまくった。
どうやら廊下でグレイスが聞いていたらしく、顔を真っ赤にして部屋に入ってきた。
目元もやや赤い。
恥ずかしそうに咳ばらいをしたり、変な話をしたり、と、ルアンにとっては着せ替えの疲れが少し癒される瞬間だった。
そうして、晩餐会の服が決まった。
侯爵家で今までしたことのない磨き上げというものをされた。
くすんだ藁色の髪は(魔法で色を変えているが)栗色の艶やかな美しい髪になり、後ろでハーフアップに緩やかにまとめられた。
ドレスはクリームイエローで上からエメラルドグリーンのキラキラしたレースに刺繍が施されている。Aラインのドレスになり、背中がまあまあ開いていたが、どうやらその辺の令嬢よりもだいぶ姿勢のいいルアンにとっては、とても背中がきれいに見えるアイテムなのだそうだ。
靴はこれまたエメラルドグリーンのキラキラしたレースに刺繍が施された、ハイヒールだった。
歩けるかな?
少し心配しつつも少しすれば慣れてまあまあ様になっていた。
後は付け焼刃のグレイスからの挨拶のカーテシーなるものを習わされた。
万屋で必要と思わないものはやったことがなかったため、これはつらかった。
短期間で詰め込むべきことじゃなくない?と思いつつも。
何せ学院ですら習わない。貴族令嬢はできて当たり前のため。
ちなみにグレイスは紺のグラデーションのドレスで、金色のキラキラしたレースに刺繍が施されていた。
ルアンの刺繍は可愛らしいアイリスの花。グレイスは美しいバラであった。
まさかのお揃い。
かわいいことするなあ。
ルアンはグレイスと並んで、晩餐会が行われる会場の入り口にいた。人がごった返している。
なにせ、今年の卒業生はスターが多い。
普段出席しないような令嬢たちもこぞって出席していた。
すると、ルアンとグレイスの後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「あれ?メイウス嬢とロシェ嬢じゃないか?」
その声に二人が同時に振り向いた。
「アローシェン様」
グレイスが少し驚いている。
なにせ、卒業生は控えの間にいるはずだから。
「ちょうどよかった、二人ともちょっと付き合って。」
そういってアレクサンダー=アローシェンは二人の手を引っ張って控室に向かった。
「「無理です」」
二人の声が揃った。
グレイスとルアン。
「大丈夫だって。今回だけだし。パートナーがいないと卒業生の僕たちは格好がつかないでしょう?」
アレクサンダーは優しそうに微笑む。
紫銀の髪をオールバックにし、おくれ毛がいくつか額に足れている姿が何とも色っぽい。
じゃなくて、、、
グレイスが顔面を蒼白にして首を左右に振る。
「わたくしが、第2皇子殿下のパートナーだなんて・・・」
「あれー・・・メイウス家ってどこ派だったけー?」
もう一人こっそりといた、オリバー=ルシリア大公令息が棒読みで言った。
「・・・っ確かに、第3皇子派ですから、第2皇子殿下のパートナーになっても不自然ではありませんがっ・・・わたくしというだけで、かなり不自然ですわああああああ・・・・」
最後のほうはすでに第2皇子のジャクソンに引っ張られていた。
「さあ、僕らも行こうか。」
アレクサンダーが左腕をだした。
いやいやいやいやいや。
なぜ私?恨まれたくないよ。あと1年トラブルなしに行きたいよ。面倒だもん。
ルアンがジト・・・と睨み上げる。
アレクサンダーは苦笑した。
「ごめんね。かなり強引だったよね。本当は妹のエレンがつきあってくれる予定だったんだけど、エリザベスがね・・・どうしても一人になりたくないからっていってね・・・」
と言ってオリバーを見た。
「私とエレンでエリザベスの両隣を固めることにしたんだ。すまない。」
申し訳なさそうにいう。
「そうだねえ。見返りに最高学年の試験の過去問題とかどう?」
「受けましょう」
その場いた全員が、即答かよ!と心で突っ込んだ瞬間だった。
偶然にも、アレクサンダーの胸ポケットに入っているハンカチはエメラルドグリーンだった。
ルアンがじっと見ていると、アレクサンダーが気付いたように胸ポケットのハンカチに触れる。
「君と同じだね。これは、我が家の守護色なんだ。」
「守護色?」
「そう。1世代に一人必ずエメラルドグリーンの瞳を持つ人が生まれるんだけど、その人が一族を守るって言われているんだ。ただ、僕の世代には一人もいなくてね。」
ルアンはその話を聞いて父さんを思い出した。
父さんも自分と同じエメラルド。
顔立ちは似ていないのに、髪の色と瞳の色は同じだった。
弟は母似だった。
思い出すと少し泣きたくなった。
父親に会いたくなった。
沈み始めたルアンを見て、アレクサンダーは少し焦ったようだ。
「すまない。気に障る話をしたかな?」
「いいえ。大丈夫です。すみません・・・」
ルアンはうつむいたまま呟いた。
アレクサンダーは少し思案顔をして、そっとルアンに視線を移す。しかし、何も言わずルアンの手を引いて、入場の列に加わった。
入場はさすがに階級順で行くようだ。第2皇子殿下を先頭に、大公令息のオリバーたちと続いている。アレクサンダーは伯爵家のため、中間よりやや手前だろうか。
視線を感じ、アレクサンダーを見上げた。
「どうかしましたか?」
「最近・・・何か変わったことは起きないかい?」
アレクサンダーの質問に少し考えてみる。
何も思いつかない。
「いいえ・・・特に変わったことはありません。」
「・・・魔力の変動を感じたりとかは?」
少し考える。
「ありませんね・・・」
「なるほど」
「どうかしましたか?」
「いや、僕の家系は人の魔力やマナの動きを流動的に追うことができるんだ。と言っても、当主とか後継者くらいしかできないけどね。君のマナの動きが少し変わった気がして。」
「・・・それは魔力が上がったってことですか?」
「いや。魔力量は変わっていない気がする。・・・うーん僕もよくわからないや。ごめんね。」
アレクサンダーが謝ることではないが・・・気になる。
アローシェン家は建国時から続く、最古の家系だと授業で習った。
アローシェン家は帝国の秘宝を守っているといわれており、それは皇帝ですら知らないのだとか。
すべてか“らしい”なので実際どうかはしらないが。
そんなこんなで、アレクサンダーの入場の出番になる。
案の定、ざわめきが大きくなる。
いろんな人の視線がルアンにささり、いたたまれなくなる。
「あのご令嬢はどなたなのかしら?」
「婚約者かしら。」
「婚約者はいなかったはずよ。」
「あら・・・あの子・・・第3皇子殿下やジャバル侯爵令息様に付きまとっている平民の・・・」
「ああ、母親がアンディオン王国のクライシス公爵の愛人なんでしょう。」
「じゃあ、私生児ってことじゃない!?」
一体何の話だ。
私の父さんも母さんも平民、父さんは元貴族だけど・・・とにかく、れっきとした平民。
貴族の烙印子じゃないし。
ルアンは噂をしている令嬢たちを睨みたかったが、アレクサンダーの手前恥をかかせるわけにもいかず、そのまま黙っていた。
「あら、クライシス公爵の私生児ということはシリウス様の・・・?」
ルアンの後援でもあるクライシス公爵家長男シリウスは、何と今年卒業なのだ。
どこかにいるはず。見つけるつもりはないけれど。
「そうよ。可哀想よね。同じ学院に通わされるなんて。」
「エリス様もお可哀想ですわ。私生児のせいで婚約が白紙になったそうよ。」
「まあ!」
「でも、クライシス公爵家は公にしていないのに、なぜ彼女が私生児だとばれたのかしら。」
「あら、エリス様が婚約白紙になった際に仰っていたそうよ。」
何いイイイイ!あの陰険女!!
本当に兄弟そろって腹の立つ!!
ルアンは無意識に手に力が入ってしまっていたようで、アレクサンダーが自分の腕に触れるルアンの手に触れた。
「僕は来月から近衛騎士に配属になったから、腕には自信があるけれど、できれば手加減してもらえるかな?」
アレクサンダーの声に腕から手を離しそうになったが、そこは止められた。
「さあ、ファーストダンスだ。」
くすくす笑いながら、ルアンをくるりと回転させつつ、ホールの中央に立つ。
ふとグレイスと目があったが、顔面蒼白で能面のようになっており、ジャクソンは肩が震えて笑いをこらえていた。
壇上には目を見張るロレッソとヴィクトリア、ホールのダンスの輪の中にはこれまたルアンを見て目を見張るレイナルド=ジャバルとマシュー=ルティオがいた。
わかる~~自分でも驚いて目を瞠ったまま固まりそう・・・
静かに音楽が流れ始め、卒業生たちがダンスを始める。
ルアンは元々運動神経も良く、ダンスも得意だった。
アレクサンダーはどうやらルアンのレベルに合わせてくれているらしく、優しくおおらかにリードしてくれる。
輪の中に皇帝がきらびやかな女性を連れて入ってきた。
まさか、側室のエリスじゃないよね?
きらびやかすぎるけど、皇后さまよね?
ルアンは一度も皇后のご尊顔を見たことがない。ご学友任命は人を介してであった。
しかし、ルアンは皇后の顔を見て固まってしまう。
アレクサンダーの如才ないリードがなければ危なかっただろう。
ホールのど真ん中に一人ぽつんとするところだった。
皇后の顔はなじみ深い顔と同じ顔であった。艶やかな白髪に赤い瞳。
全てを見透かすような、情熱的で威圧的な目。
そこにはルアンの仕事仲間でもある、メイラにそっくりな女性が立っていた。
メイラであってメイラではない。
メイラなら、おおらかに、朗らかに、愛おしそうに微笑んだりしないから。
ルアンの動きが鈍くなったことに気付いたアレクサンダーはそのまま優雅にダンスのわから抜け、テラスへとでた。
夜風が顔に当たっても、あまりの衝撃にルアンは全く気にできなかった。
そうして、気付けばアレクサンダーに両頬を手で包まれ真剣な瞳と視線があった。
「戻った?戻ったね?危なかったよ・・・少し、コントロールできるように訓練したほうが良いかもしれない。」
アレクサンダーの言葉の意味を理解できないまま、呆然としていた。
何・・・?
「ルアン嬢、よく聞いて。君は誰かに高度な幻覚の魔法を緩くつけられているようだ。」
アレクサンダーの言葉に頭がぼーっとしてきた。
「嘘だろう・・・まさか、ルアン嬢・・・!・・・!!」
アレクサンダーが必死な表情で何か言っているが、何も聞こえなくなり、そのまま意識を手放した。




