前編
「ぐすっ・・・わたくしはっ・・・貴族ですからっ・・・ひっく・・・ぜいりゃぐっ・・・ううう・・・あ゛・・・じがだない゛って・・・ううう・・・でぼ・・・お゛じだい゛じでるがだ・・・だぶべべ・・・」
うん。何言ってるかよくわからないけれど。
たぶん、貴族だから政略結婚は理解しているけれど、慕っている人がいるってことよね?
ルアンは泣きじゃくっているベスこと、エリザベス=ルシリアをどうにか落ち着かせようと、背中をさすり続けていた。
エリザベスが持っていたきれいなハンカチもべしょべしょになり、絞ったら水が出てきそうなくらいだ。
正直ドン引きだ。ルシリア大公家の公女ともあろう生粋の貴族令嬢が、人前で顔をくしゃくしゃにして泣いているのだから。
ヴィクトリアや他の貴族のそばで過ごしていると、ルアンにとってはベスのような令嬢は既に珍獣案件だ。
「ベス様。ここはまだ公衆の面前ですから、場所を変えましょう。このままではベス様の沽券にかかわりますよ?」
ルアンの言葉にエリザベスは小さく頷き、促されるままにその場を後にする。
まあ、中庭で号泣したもんですから、いろんな人に見られているけれど。
エリザベスを隠しつつルアンは温室のほうへ向かう。
貴族しか使えないけれど、エリザベスがいるから構わず向かう。
温室の入り口には誰もいなく、ルアンたちの後ろを控えめについてきていたエリザベスの侍女たちが扉を開けてくれる。
エリザベスの護衛たちも出入り口の前に立ってくれている。
温室の奥には、花々に囲まれるようにテーブルとイスが置いてあった。
そこにエリザベスを座らせる。
侍女たちが温室の奥に消え、何やら食器のぶつかり合う音がする。
きっとお茶を準備してくれているのだろう。まさか、温室にそんな場所まであるとは驚き。
すごい。貴族すごい。
ルアンは侍女たちが言った方向を見つつ、エリザベスに視線を戻す。
「ベス様・・・?少し落ち着きましたか?」
「・・・ええ。ごめんなさい・・・あんなところで・・・」
「・・・今は昼過ぎですが、婚約の打診はいつ来たのですか?」
ルアンは疑問を口にする。
なにせ、今は昼時。エリザベスが婚約について顔色を変えて言いに来るなら聞いて間もなくなんだろう。
学院にいる間に聞いたのか、ルアンは疑問だった。
「それが・・・ティオリア殿下が学院に視察に来ていらっしゃったの。」
「第1皇子が?・・・何のために・・・」
「それはわからないけれど・・・わたくしのクラスに顔を出してそのまま、『そろそろ時期だろう。私が君に婚約の打診をするよ』と急におっしゃられて・・・何が何だか・・・あんな人前で・・・」
エリザベスのつぶやきに近い言葉にルアンも驚く。
まさかクラスメイトがたくさんいる中で、決まってもいないことを言うなんて。
エリザベスの貞淑にも拘わる。
正直政略だとしても、第1皇子も大公家も何のメリットもない。
元々、エリザベスの母親である皇帝のもと婚約者だった方は、アローシェン伯爵家出身。
そのアローシェン家の現伯爵は第2皇子派。
皇帝と側室エリスによって恥をかかされた家だ。しかも大公夫人は皇帝とエリス本人に冤罪をかけられ、社交界を追放されたようなものなのだ。
第1皇子派になるほど、いい思い入れなどないだろうに。
「ルアン・・・どうしましょう。来週は卒業生の舞踏会よ。お兄様と一緒に出席することになっているの。そこにはもちろん、皇子殿下たちも出席するわ。・・・わたくしどうしたら・・・」
エリザベスの顔色がまた悪くなっていく。
その時侍女たちがお茶を運んできた。
ルアンは侍女たちにお礼を言い、自分でお茶を入れ始めた。
エリザベスにお茶を差し出し、エリザベスは大人しくそのお茶を飲む。
「ティオリア様となんて・・・まだジャクソン様のほうがましだわ・・・」
それはそれでどうなの・・・。
第2皇子のジャクソンは相変わらず何を考えているかわからない人物。
何か功績を残すわけでも、積極的に残そうともしていない。
今のところ皇帝が推す第1皇子と臣下たちが推す第3皇子の一騎打ち状態。
第3皇子はだいぶ傲慢さが落ち着き、少しずつ貴族たちの信頼を得ている。
エリザベスの侍女の一人が、エリザベスを迎えに来た。
渋るエリザベスだったが、授業があるため渋々侍女について行く。
ルアンもそのまま一緒に温室を出た。
エリザベスは温室の右側の道を行き、ルアンはそのまま左の道を進んだ。
そして、その道の途中でまたきらびやかな集団がルアンを待ち構えていた。
「あら。薄汚いネズミが迷い込んだようですわ。」
醜悪な表情で、水を得た魚のごとく喜々とした笑みでルアンをみるグレイス=メイウス侯爵令嬢。
彼女の後ろには取り巻きの貴族令嬢たちが。
その中の二人がルアンの後ろに回り込み、羽交い絞めにする。
本当は簡単に振り払えるが、相手はか弱いご令嬢なのでルアン的には仕方ないので付き合ってあげる。
「平民の分際で、殿下に近づいた挙句、調子に乗って貴族しか入室出来ない温室に入るなど言語道断だわ。私が断罪して差し上げるわ。」
グレイスが持っていた扇で自身の口元を隠し、楽しそうに目を細める。
グレイスの命令で侍女が何かを持ってきた。
ルアンはそれをみて目を見張る。
「くすくす・・・さすがに見たことあるかしら?これは真実を聞くのにとても効果的なのですって。」
グレイスが顎でしゃくって侍女に指示するが、侍女はやや困惑顔。
「何しているの!!さっさとしなさい!!」
グレイスが一喝するが侍女はもじもじする。
「あの・・・お嬢様・・・これはどういう風に使うのでしょうか?」
申し訳なさそうに侍女が聞くと、グレイスはイライラしたように侍女からそれを取り上げる。
上下左右に動かして少ししてから、グレイスはフッと笑って、組み敷かれているルアンに近づいた。
「こうして使うのよ。よく見ていなさい。」
そう言ってグレイスは、“それ”を口にあて、一気に息を吹きかけた。
ぷしゅーーーーーーー
その場が固まり、静かになる。
「・・・もしかして気絶したのかしら?随分強力ね」
何か良くわからないことを呟くグレイス。
ルアンはため息をつきグレイスに声をかける。
「メイウス様。それは使い方が違います。」
ルアンはそう言って、いつの間にかルアンを組み敷いていた令嬢たちから抜け出していた。
ルアンが手を差し出すと、驚き呆気に取られていたグレイスは大人しく持っていた“それ”を手渡す。
呆気にとられたままの周囲を放って、ルアンはグレイスの侍女の手を持ち上げた。
手に取った“それ”は、竹のような小さな筒が6本紐によって連なっている。
筒と筒の間に、侍女の指を挟め紐を巻き付け、そのまま引っ張る。
「い、痛いっ!!!やめて!!やああああ!」
あまりのいたさに侍女が悲鳴を上げた。
かなり緩く縛っただけだし、力も弱めて紐を引っ張ったがかなり痛かったようだ。
ルアンは大人しくその紐を解き、筒たちを侍女の手から離す。
「メイウス様。これをどなたから渡されたか知りませんが、これは拷問器具です。指に括り付け、そのまま指を潰すんです。下手をすれは指の骨が折れたり、指がちぎれたりします(それを専門に扱うような人の場合)。」
ルアンが無表情で淡々と説明すると。グレイスは口をパクパクさせて顔色を悪くする。
「メイウス様のことですから、私に身の程を教えるため程度のことをなさろうとしたんでしょうが、これは常軌を逸しています。ご自身のためにも、あまり周囲に流されないでください。」
ルアンはそう言って、令嬢たちの間をすり抜けその場を後にした。
後ろで何やら言いあっているが、ルアンは気にせず突き進んだ。
以前から、グレイスからいちゃもんを良くつけられていたが、最近は少し知恵を付けてきたのか、以前と比べると対応も少し気をつけなくてはいけない。
どうやらグレイスに知恵を授ける人がいるのだ。
たぶん・・・あの中の誰か・・・
ルアンはため息をついて、次の授業のことを考えた。
学院は6年生の課程をふむ。
4学年に上がると、午後からの授業はより専門性を高めるため、選択教科に変化する。
ルアンは将来の夢があっても、今はしなくてはいけないことがあるため、自分が興味のある教科というより、必要なものを必要なだけ選択する。
となったら、結構な量の選択教科をとらさっていた。
教員にそのことを告げた時はとてつもなく驚かれた。
基本的には大体一人2~3教科を選択するが、ルアンは5教科選択していた。
これを知ったルアンの後援をしているクラシス公爵の子息、シリウスは対抗心を燃やして、同等の量を選択していた。
面倒な男だ。
ルアンは魔法倫理、魔法物理、魔法化学、魔術技術応用、魔法医療、魔獣学を選択している。その他に放課後ある教員に特別授業をお願いしている。
彼は遠国カスマ国から来た教員で、ある分野にとてつもなく精通している人だった。
彼、アサ=トゥル・オルエダ・カーマン先生に直談判したルアンは即答で断られた。
しかし、そこで諦めるほど潔くもないルアンは、まるでストーカーのようにしつこく、しつこく、付きまとった。
やや引き気味のカーマン先生はあきらめの境地で放課後1時間だけルアンに時間をくれた。
週に2回だが、この特別な授業がルアンにとってはとても大切で重要な授業であった。
自分の夢。
父の夢。
優秀な治療師になるための知識。
世界的に治療師は底辺中の底辺の仕事。それでもルアンは父を尊敬していたし、治療師という仕事にほこりをもっていた。
そのため、カーマン先生の知識を吸収したかった。
カーマン先生の国では、“人体”についてとても詳しく研究されている。
ツボ押しだったり、鍼灸、求心指圧という治療や薬学にも精通している国であった。
昨年、事前情報でカスマ国から教員が来ると聞き、調査した。
すると、カスマ国の医師だったそうで、問題を起こして国を追放されたのだそうだ。
カスマ国では治療師、治癒術師の他に医師という職業があり、治療師、治癒術師を統括しているのが医師という職業であった。
医師は誰よりも人体、薬学に精通している。ルアンはその知識が欲しかったのだ。
カスマ国は閉鎖的な国であり、その知識を外部に出すことがない。
そもそも、他国も治癒術師がいることで医師に対する必要性を低く見ている。治療師ほどではないが、医師という職業自体が認められておらず、存在すら認識されていないことがほとんどであった。
父さんが言っていた。
『いいかいルアン。治療師として、人の命を救うには、誰よりも人の体に詳しくならなくてはならないよ。体の機能がわかれば、なぜその症状が現れているかもわかるし、どういう治療すれば良くなるかもわかる。
ルアンには難しいかな?』
あの時の父の優しい声、優しい瞳、優しい笑顔、全てを覚えている。
学院の医官シュウ=メルドーバンは、父と同じ治療師だった人で、父の旧友でもあった。
彼はルアンが父の復讐をするのも、ルアンが治療師を目指すのも、学院に入学するのも反対だった。
しかし、最近ではルアンの相談に乗ったりアドバイスをしてくれる存在でもある。
ルアンのもう一つの顔でもある“万屋ミスト”も手伝ってくれる。
まあ、それに関してはシュウ自身が“あの方”に言われたようだけれども。
最近妃教育が忙しく、ヴィクトリアとは全く会えていなかった。
婚約者候補の争いがかなり激化しているようなのだ。
先日はヴィクトリアともう一人の令嬢が何者かに襲われたそうだ。
状況証拠だけで、決定的な証拠がなかったため、罪には問えなかったらしいが。
現在、貴族の勢力図は宰相のブレイス公爵を筆頭とする第1皇子派。
軍事を掌握するソーマ侯爵筆頭の第2皇子派。
財政大臣であり皇后の兄ジョスエル侯爵筆頭の第3皇子派。
この三つに分かれている。
この中で皇太子に名前が挙がっているのが、第1皇子と第3皇子。
第2皇子派はほぼ第3皇子より。なにせ、皇妃が第1皇子とエリスを嫌っているから。
皇妃シェヘレザードがエヌオール国から嫁ぎ、皇帝と婚姻を結んだあとの晩餐会で、エリスに随分な扱いを受けたことが事の始まり。
というのも、エリスは“皇妃”という立場を側室と同等と判断しており、なおかつ自分のほうが早く側室になっているため自分が上位、と考えた。
シェヘレザードからすれば、他国の王女であったことから、帝国内の高位令嬢であろうと自身より身分が劣る人間が皇后の時点で思うところはあった。
しかし、皇后であったロディエンヌはきちんとシェヘレザードを尊重した言動をしていたし、皇帝もきちんと気遣いの姿勢を表した。
にも拘らず、側室ごときのエリスの言動に目をつぶるなど言語道断。
気が強い性格もあったため、しっかりがっつりかなりの釘をさした。
“皇妃”の権限を使って。
皇帝が止めようとしたが、これは後宮の序列。
皇帝が口を出すレベルのことであれば、それは帝国内での大きな問題に発展した場合。
こんな、皇帝の妻たちによる諍いに皇帝が口出すなど、外聞どころか治世にも影響を出す可能性がある。
よって、シェヘレザードはその場で側室エリスにきついお灸を据えた。
それ以来、エリスはシェヘレザードを目の敵にするが、シェヘレザードはどこ吹く風。
そんなこんなで、現在の情勢は第3皇子派が強い。
彼の婚約者候補は5人。
多い。
現状、皇后と皇妃によって振るいにかけられているらしいが。
5人は多い。
第1皇子も第2皇子も婚約者がいないのに。
その時点で皇后の本気を感じる。
第1の候補者がブレイス公爵家の長女、メリアンナ。才色兼備で、物静か。
第2の候補者がジョスエル侯爵家長女、ジョスリーン。彼女はロレッソの従妹にあたるため、ほぼ名前だけの候補。
第3の候補者がソーマ侯爵家の次女、アシリス。おおらかで聡明。
第4の候補者がヴィクトリア。
そして最後の候補者がエヌオール国のジュリアナ=ケイヒル公爵令嬢。彼女に関しては、シェヘレザード王女を正妃でなく皇妃の立場にしてしまった謝罪の意の婚約者候補の一人であった。
ルアンからすれば、何の謝罪にもなっていなくない?と、思わなくもない。その辺は国同士のことなので、いくらルアンでも情報を収集するのか困難だった。
今この5人の令嬢たちの争いが激化しているのだ。因みに、襲われたのはヴィクトリアとケイヒル公爵令嬢。
二人とも自身の騎士たちによって撃退できたらしいが。
ヴィクトリアの話では、ケイヒル公爵令嬢とは仲良くできそう、とのことだ。
他は自国民なので、バチバチらしい。
第1皇子派であるはずのブレイス公爵家が婚約者候補に名乗り上げているのは、ただの強欲張りの二股。
ルアンは、午後の授業が終了し、学院の図書室に向かった。
図書室は“図書室”と名付けるのには無理があるほど、随分大きな広い部屋だった。
受付の人に一礼してそのまま奥へ進む。
図書室は大体3つの部門に分かれていた。
一つは一般的教養。種類は様々。
次は魔法について。これまた種類は様々。
最後は歴史について。これはもちろん帝国の歴史。
この国は帝国が最も優れている、という思想のもと成り立っているため、他国の歴史については浅い知識しかない。
実際それはどうかと思うが、帝国の教育方針なのだ。
ただ、平民は富裕層しか教育を受けられないため、一般の平民は帝国の歴史すら曖昧だったりする。
親からの話だったり、噂程度だ。
ルアンも帝国の歴史を聞いたことがあるが、いろんな話がごちゃごちゃになっている。
古の国の人間が帝国を建国し、魔法に愛される土地を開拓した、だの。
天から堕された神が初代皇帝だった、とか。
まあ、他にもいろいろあるわけだが。
ルアンが知りたいのは魔法の起源。
魔法は全ての人間に備わっているが、“マナ”がない限りその魔法を使用することができない。
基本的に貴族にはマナがある。しかし、平民にはない。平民はまれに、ルアンのようにマナを持って生まれてくる。
これがまず謎なのだ。人は神からの贈り物というが、どういう基準で選んでいるのか。
貴族の中でもマナを持っていない人もいる。
やはり、謎。
そして、マナを持っている人の中でも、魔法の種類に得手・不得手がある。
父さんが立てた仮説は、マナには種類があり、その真名の種類により使える魔法が違うのではないか、ということ。そして、治療師ができるレベルの人は全ての魔法を使えるマナで、魔力量もかなりのものなのでは、ということだった。
なぜ父さんがそれを調べていたのかというと、世界的な“ある異変”に気付いたから。
まあ、誰も信じてくれなかったけれど。
それに帝国の人たちは自分たちが選ばれた人間で、災害など関係ないと思っていることもあり、なお父さんの言葉はかき消されたらしい。
父さんが治療師になって、魔獣の討伐量が徐々に上昇している。そして、マナを持った人間が減少しており、天候の変調による農作物の減少に相まって、物価の高騰が徐々に上昇している。
各国で貧困の差も徐々に拡がりつつある。
父さんが亡くなる三日前。
父さんは母さんに密かに帝都に行くと話していたそうだ。
理由は帝国の史書を見に行きたい、と。基本的に史書は歴史だが、より具体的で現実的な、事実に近いものである。
そして、帝国の史書があるのは宮廷内図書とオールディーシャ学院の図書室であった。
ただ膨大な量で、他の史書と見比べながらどれが一番事実に近そうかを考えながら読まなくてはならず、3年もかかっている。
ルアンは来年には卒業になる。中々貴族のコネクションがうまく作れなかったり、史書の解読が進まず焦っていた。
ルアンはこの三年で速読という特技を得た。それはもう、本ばかり読んでいたから。
しかし、そう簡単にすべてを読めるはずもなく。
ルアンはため息をついて呼んでいた史書を閉じる。ため息をついて眉間に指を当てる。
「・・・疲れた・・・眠いし、お腹もすいたな。」
窓の外を見ると、夕焼けになっている。そろそろ寮に戻らないと。
「今日もずっと史書を読みふけっていたのかい?」
ルアンの席の後ろから声が聞こえ振り返った。
紫がかった銀髪にスカイブルーの瞳をした、優しそうな相貌の少年が立っていた。
「アローシェン様」
ルアンは両手を下腹部で握り合わせ、頭を下げた。
これが、学院での先輩への礼の仕方。
ルアンの2個上で本来昨年に卒業するはずだったが、エヌオール国に留学に行っていたため、1年遅れで卒業することになったそうだ。
アレクサンダー=アローシェン。
アローシェン伯爵家嫡男。
あのエリザベスの従兄でもある。
「アレク!急に声かけたら驚くだろ」
アレクサンダーの後ろから、紫がかった金髪でスカイブルーの瞳をした美少年が現れた。
「あはは。ごめんね。いつも真剣だからすごいな、と思って。今日は少し早い切り上げだね?」
なぜ知っている・・・。
ルアンは視線を下げたまま、図書室の奥の部屋を思い出した。
図書室の奥には自習室があり、最高学年ですでに高官になる人々はそこで勉強していると聞いたことがある。
ルアンは視線をアレクサンダーの足元から隣の美少年に移す。
何を隠そう彼こそがエリザベスの兄、オリバー=ルシリア。
兄妹揃って・・・いや、親戚中揃って美少年少女ばかり。
・・・苦労するだろうな。
良くわからないルアンの感想をよそに、オリバーが寄ってきた。
「顔を上げてくれ、ルアン嬢。」
オリバーの言葉にルアンは顔を上げるが視線を合わせることはできなかった。
この二人は正直無理。緊張するし、貴族どころか皇族と言ってもおかしくないオーラをまとっているのだ。
「今日エリザベスが泣き付きに行ったんだって?」
オリバーの言葉にルアンは静かに頷いた。
「まだ、本決まりではないらしいけどね。第1皇子は一体何を考えてそんな馬鹿なことを妹に言ってきたんだろうかね・・・」
口元は微笑んでいる様子が視界に入った。
しかし、声が怖い。優しそうな声音なのに、温度を感じられない。
ルアンは顔色を悪くしつつ、喉をごくりと鳴らした。
文字通りなった。
「・・・っぷ。ふふふ」
アレクサンダーが吹き出した。
「わかるわかる。怖いよねえ。僕も彼が従弟だからずっと見てきたけど、今のオリバーは怖いよ。」
「なんだよ、それ。アレクこそ、エレンが同じ目にあったら切れるだろう。流水のごとく。」
「オリバーのようなシスコンではないよ。普通だよ。」
この二人は何の言い合いをしているわけ?
無関係の私の前で?マジで巻き込まないでよ。ていうか、早く解放してよ。あなた方の会話に私いらないし、関係ないでしょ。勝手に行くわけにもいかないし、声をかける勇気だってありませんけど。
「オリバー。どうやらルアン嬢を困らせてしまっているみたいだ。」
「ああ。すまない。もう帰るんだろう?送るよ」
「結構で・・・」
「僕が送るから、オリバーは例の件片付けておいでよ」
「いや、ですから結構」
「わかった。彼女を無事に寮まで送ってくれ。」
聞けよ!
ルアンはその後も断るがすべて聞かなかったことにされ、無事寮まで送られた。
目と鼻の先だけど。




