調査隊 -4-
ダグラスは伯爵邸の庭にいた。これからグラード達が持ち帰った土塊の分析をするのだ。
この場にはヴァルツ伯爵、カーティス公爵、テオル、ダグラスの部下のイアンの4人が立ち会っている。
カーティス公爵が周りに結界を張り、土塊に掛け張ってあった結界を解く。
すると、まだ熱を持つ土塊からは熱さを感じているのに急激に体が冷えていくような感覚に襲われる。
「調査にあたった隊員たちもゾクリとした嫌な感覚に襲われたと言っていましたね」
ダグラスとイアンはお互いを見てうなずき、カーティス公爵は僅かに表情を硬くした。
さて、何が出てくるのか。
ダグラスは気を引き締めて慎重に土を落とし始める。中の何かは作業が進むほどに強い圧を放ってくるがダグラスはそれを感じさせないほどの集中力で土を落としていく。その間イアンは的確にサポートし、記録し、顔の汗を拭きとり水分補給もさせていた。よくできた助手だ。
そうして中から出て来たのはドラゴンの鱗だった。レッドスパイダーの糸を織り込んだグローブで細かな土を払うと鮮やかな赤い色が現れる。
「これは……」
流石のダグラスもそれ以上の言葉を発せない。だがもしそうならとても貴重なサンプルになる。魔道具を使い鱗の分析を始めるとまずこれまで記録されていたドラゴンに当てはまる種はいないことが分かった。
この世界に存在するすべてのドラゴンの記録があるわけではないが今ある記録だけでも百種は超えている。そのすべてに当てはまらないという事と発見場所からこれは封印されていたドラゴンのものだという線が濃くなっていく。
アレは魔王が生み出したドラゴンであり唯一の種だからだ。
アルバートからの報告にあったとおり、鱗の色から火属性のドラゴンと思われるのだがこの鱗からは火属性と風属性が検出された。ドラゴンは基本的に一属性を持っているが、上位の者は複数属性を持つこともある。それには先天的と後天的があり、この鱗の場合は――
「魔力量を比較すると風属性の方が多いのですが何というか馴染んでなくて風属性の方は新しい感じなんです。火属性のドラゴンが後から風属性を取得したということでしょうか」
「あり得ることです」
ダグラスの問いにヴァルツ伯爵が答え、テオルが許可を得て鱗に手をかざす。
「ええ、この風属性はつい最近得たものです」
テオルが自身のスキルについてカーティス公爵、ダグラス、イアン、に説明する。
封印を解いて地上に出て来たのは三日前、アルバートの報告では崖の下で魔狼に風魔法を放っている。魔狼の放ったウインドスラッシュに似た魔法、
「まさか、魔狼との戦いから得たというのですか」
「ドラゴンの中には相手の技や魔法を得るものもいます。最近得たというのならそうみて間違いないでしょう」
ダグラスの疑問にヴァルツ伯爵が答える。
辺境伯領がドラゴンの生息域に近いため、境にある森の調査も許されている。森の中にいるドラゴンももちろん調査対象で、国内では一番生態について詳しいといえるだろう。
「テオル、他に何かわかったことはあるかな」
「この鱗はおそらくですが特定して剥ぎ取られたものです」
「特定して剥ぎ取った?」
「ええ」
信じられないという顔をしているダグラスにテオルは何らかの方法でこの鱗を探し出し剣で剥ぎ取る様子が見えたと答える。
炎で焼かれ苦しみもだえるドラゴンから鱗を剥ぎ取るなんて、それも特定した一枚だけを。人がなせる技とはとうてい思えない。
「……守護騎士様、ですか?」
「確認できていないので守護騎士様とはっきりとは申せません。ですが、このような事が出来るのはかなりの腕のある人物で間違いないでしょう」
「わかりました。では、その鱗でなければならない理由を聞いても?」
テオルの話を聞きヴァルツ伯爵とカーティス公爵そしてテオル自身も何か理解できた様子だが、ダグラスとイアンはまだ理解できていない。
そんな二人にヴァルツ伯爵が説明をする。
「これから話すことは一般には公表されていない事ですので一旦胸におさめておいてください。能力を宿したドラゴンの鱗は二種類あります。その一つがこの鱗――」
「すみません、私はここで席を外させていただきます」
「いや、君にも聞いて欲しい」
雰囲気から察しイアンが席を外そうとするが止められた。
「先ほども言いましたようにドラゴンの中には捕食した相手の技や魔法といった能力を使えるようになるものがいるのです。取得した能力は体に生えている鱗のどれかに宿りますが、能力の宿った鱗を剥ぎ取ればドラゴンからは能力は消え使えなくなる。その人物はドラゴンが能力を得たことに気が付きこの鱗を特定して剥ぎ取ったということでしょう」
「剥ぎ取られたドラゴンからは能力が消えるとして、鱗には宿ったままなのですか?」
「能力は消えず危険の生じる厄介なものになります。特にこのようなヒビや欠けの無い状態ですとかなり危険なので処理が必要です。何の処理もなく持ち歩けば捕食された相手の種を呼び寄せ、それらはこちらに襲いかかってきますし、種によっては結界を破り街や村の中へも入ってくる事もあるでしょう。それから、宿った能力や呼び寄せたモノを都合よく操り利用することは出来ないと思ってください」
「たしかに厄介ですね。この場合では呼び寄せるのは魔狼ということですか」
「はい、実際この鱗を持ち帰った隊にいた私の部下は帰路で魔狼の群れに何度が遭遇し、魔狼が増えているのかもしれないと報告を受けています。群れでという事は捕食されたのは群れを率いていた魔狼だったのでしょう」
ダグラスとイアンはヴァルツ伯爵の話を聞き、初めに鱗から感じた感覚が恐怖だったのだと今、理解した。この鱗はドラゴンから剥ぎ取られてもまだ生きている。生きて敵意を向けている。
「これが魔物の能力を宿した鱗であると判明したのでこのあとこの鱗は割ってもらいます」
操れなくとも悪用される恐れがあるため割って能力を消す事が規則で定められている。そういう決まりなのだと言われればそれに従うしかない。
このような希少なサンプルを失うのはとても辛いため、処理をする前にダグラスは気の済むまで分析させてもらった。その間イアンは的確にサポートし、記録し、甲斐甲斐しく世話をしていた。それがこの二人のスタイルのようだ。
その後ヴァルツ伯爵により処理をされきれいに二つに割られた鱗は、これ以上傷がつかないようにと布で丁寧に包まれ、衝撃を緩和させるように厳重に施された箱に詰められた。
その様子を見ていたヴァルツ伯爵が再び口を開く。
「先ほどの話の続きになります。今回は宿した能力を消すために鱗を割りましたが、もう一種の能力を宿した鱗は決して割ってはいけません。今回以上に目にする確率は低い物ですがもし見つけたら結界を張り厳重に管理して大神殿に持って行ってください。違いは一目見ればわかるでしょう」
「わかりました」
そしてもう一度口外しないようにと念を押され話は終わった。
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グラードが目を覚ましたのは翌日の夜だった。目以外には体に不調はないと診断され会話をすることも出来るくらいには回復できている。
「何があったんですか、団長がこんなことになるなんて」
「……私にもよくわからないんだ。調査中に古い布切れに触れようとしたら眼が解放されて気分が悪くなって、その時に何かを見たんだけれどあれが何なのかがわからない」
だが、事情を聴いた調査隊員がグラードが見た布切れを確認しに行ったがそれらしきものは無かったと報告されている。
「昨日は調査後に土塊を解析するのを楽しみにしていたのに団長が調査中に倒れたって連絡を受けて、様子を見に来たらまだ意識が戻ってないし。その姿を見てどれだけ心配したことか」
「うん、すまない」
「ところで、団長に注意をした隊員の姿を見ていますか?」
「いや、見ていない」
グラードは確かに声は聴いたが見てはいない。眼が解放されたと気付いてすぐに目を閉じたからだ。唯一見たのは視界いっぱいに蠢くものだけだった。
「では団長に応急処置をした救護隊員の姿を見ましたか?」
「あの時は目を開けられなかったからね、その隊員も見ていないよ。声もぼんやりとしたものを何とか聞き取った程度だから誰かと聞かれてもわからない」
「応急処置をした隊員は伯爵家の騎士団に所属しているレオというものです。彼は昨日から付きっきりで診てくれていました。団長が目を覚まして容態も落ち着いたから今は彼も休んでいます」
「そうか、彼の処置のおかげでこの程度で済んだと聞いている。ずっと付きっきりで診ていてくれたのなら大変だっただろう。礼を言わないといけないね」
グラードの魔眼がなぜ解放されたのか原因がわかっていないため刺激しないように魔法での直接の治療は行えず、今は薬草で症状の悪化を抑えるとともに目に付着した瘴気を薄めている。
救いは間接的な治癒魔法なら影響はないと確認出来たため薬草の上から包帯を巻くことで薬草の効果を高められることだった。ただ、それでも治療には長い時間がかかるのだが。
「団長、焦らずにしっかりと療養してくださいね」
「ああ、すまないが私のいない間の代理を頼むよ」
ダグラスはグラードの代理を務めるため数日後、調査を終えると変異種の討伐の指揮をヴァルツ伯爵とアスターに任せひとり王都へ帰って行った。イアンを連絡係として残して。
半月後には変異種の討伐も終わり王都から来た騎士とグステの騎士もそれぞれ帰り、療養中のグラードの元へイアンと入れ替わりにカインがやって来た。
「こんな状態ですので仕事はしっかり管理させていただきますよ。団長は働き過ぎでしたのでこの際にきちんと休養を取ってください」
「今は君がいないと私は仕事を出来ないからね。魔法が使えないっていうのは不便なものだ」
「今日の予定は午前は診察、午後は連絡が来るまではベッドで静かに休む、夜は夕食後に診察、9時に就寝です」
「えっ」
「明日の予定も同じくです」
「ええっ」
しばらくはそんな日々が続きカインはグラードの傍らで様子を見ながら伯爵家の書物を読み、調合に研究に勤しみ、グラードは時々訪れる小さなお客様の話し相手として過ごしていたのだった。




