調査隊 -3-
辺境伯領に調査に来て二日目の朝、イジム村の調査に向かう準備をしているグラードにテオルが大切な話があると呼び止めた。
「イジム村では眼を使わないで下さい。眼を使うのであれば村の外の離れたところからがよいでしょう」
「ご忠告ありがとうございます。村の中では眼を使わないと約束します」
テオルの忠告にグラードは優しく微笑んで答える。
テオルの力はまだ不安定だと聞いている。そのため詳しくはわからないが村の中で眼を使うと何か良くない事が起こるらしい。
グラードの眼は魔眼と呼ばれるもので魔力の色や流れを見ることができ、その流れから感情の機微も読み取れる。他にも鑑定、物やその場に残る記憶を見ることができる希少なスキルだ。
とはいえ確実に全てを見れるというわけではないのでそこまで万能ではないと本人は言っている。
実際、昨日の調査でも指輪という媒体はあったが壊れていたため、あの日の通信が途切れたあとの出来事を見ることはできなかった。
本日の調査にも魔眼を使う予定だったけれどここは忠告に従うことにする。
「それでは本日の調査もお気を付けください」
テオルと執事のマルコフに見送られてそれぞれの調査隊は出発した。
街の周辺は昨日と同じく魔物は魔狼が多かったが特に問題は無い。
昨日の調査隊の報告ではイジム村の近くには魔物がいないが少し離れたところには変異種の魔物がいるとの事だった。
報告どおり村に近づくにつれ遭遇する魔物は変異種に変わっていき、凶暴さだけでなくその姿も変わってしまっている。
イジム村から溢れ出た瘴気が原因で間違いないだろう。瘴気は少しづつ溢れ出し濃度も徐々に濃くなっていった。その濃い瘴気は魔物にも毒になった、というところか。
昨日の調査で瘴気を広げないためにカーティス公爵が村の中に開いた穴と村に結界を張ったのでこれ以上変異種は増えないはずだ。領内に広がってしまっている瘴気を含んだ霧の濃度も影響を与えるほどではない。
魔物のいないエリアに入るとグラードは眼を開放する。グラードにとっては魔眼を使う時は開放するという表現の方が正しい。少しでも異変を感じると探知のスキルが発動し自然と魔眼に切り替わってしまうので普段は切り替わらないように抑えているからだ。
村まではまだ少し距離があるためか魔眼に異常はない。周囲を見渡しても特に危険な物はなさそうだ。村の外の調査は昨日終っているので今日は村の中の調査のみとなる。
何事もなく進み、村に近づいたところで一旦足を止め村の中の様子を見る。すると何かが動いている事に気が付いた。
あれは何だ?
形のある物ではなく黒い影のようなものだったがフッと消えてしまい見えなくなってしまった。ダグラスの報告にもなかったものだ。念のために他の隊員たちに聞くが誰も見ていないと言う。
さらに進み村まで十メートルくらいの距離まで近づくと視界がチラつき、目と頭に痛みを感じ始めた。立ち止まり目を閉じるが痛みは増し、激しい頭痛と立ちくらみでその場に膝をつき嘔吐してしまった。
「水をお持ちしました。お飲みください」
救護隊員から水を受け取り口を漱ぎ大丈夫だと答えるが、こんなことは初めてだ。魔眼を発動しないように強く抑え、気分が落ち着いたところで呼吸を整える。
その後は何事もなく村にたどり着いた。村の結界の中には調査のために瘴気がまだ残っているため調査隊員に保護魔法を掛けてから中に入る。
伯爵家の騎士団長から注意事項として村の中の物には触らない事、何か見つけても採取をしない事、封印の穴の中には入らない事、の3つが伝えられた。最後のはさすがに誰もしないだろう。ダグラスならやりかねないが昨日の会議でそのような報告は無かったはずだ。
封印の穴は結界が張られて今は瘴気は漏れ出していないが村の中の瘴気はまだ濃く、いたるところから異様な気配を感じる。テオルの忠告を聞いていなければ確実に魔眼を解放していただろう。
各々魔道具を使って調査してみたがダグラスの言うようにドラゴンや魔法の痕跡は残ってはいないようだ。守護騎士様が現れたのならば戦闘の跡もあってもよさそうだがそれらしきものも見つからない。
あとは村に入る前に見た影を調べるだけだ。影を見た辺りを思い出し向かうとそこはドラゴンが封印されていたところだった。
ここにいったい何があるとういのか――
一見して何も見当たらないので膝を折り、瓦礫を調べていると視界の隅で何かが動いた。目を向けると小さな布切れが土の中から出て風にひらめいている。ドラゴンが結界を破った時に土の中から掘り起こされたのだろうか。花の刺繍がしてある擦り切れたその布切れはとても古い物に見える。
「それに触ってはいけない!」
近くから聞こえた声にはっとする。気が付くと右手が布切れにむかって伸ばされていた。今、自分は何をしようとしていたのか。
“村の中の物には触らない事”
注意事項を聞いていなかったわけではない。無意識に近かった。声をかけられたことで布切れには触れずにすんだ。右手を体に寄せ左手で押さえるが、今度は魔眼が解放された。
視界いっぱいに何かが蠢いている。即座に目をつむり魔眼を封じようとするができない。それどころか強くまぶたを閉じ、手で覆い隠してもそれらが見える。
再び目に激痛が走り、周りから切り離されたように周りの音は遠くいびつになり、頭痛と不快感に襲われる。
近くにいる隊員を呼び村の外へ連れ出してもらったのだが目を開けることも立ち上がることも出来なくなってしまった。
「グラード団長、私の声が聞こえますか」
「……ええ」
「村の中で何かに触ったり口にしましたか?」
「いえ、していません。ただ ――」
救護隊員にいきさつとあの場所にある布切れには決して触れないようにと調査隊員達への伝達を頼むとグラードは担架で馬車まで運ばれそのまま伯爵家へ搬送された。
始めに救護にあたった隊員によるとグラードの目は瘴気による汚染が激しく、一刻を争う状態にあったという。付き添って先に戻った師団員によると、今後も細心の注意を払った治療を続ける必要があり、グラード本人にも完治するまで魔法を使わない等のいくつかの注意事項を伝えるよう言われたとの事だった。
素早い処置のおかげで落ち着き今は眠っているがまだ安心できる状態ではなく、馬車での王都までの移動も体に負担がかかるとのことでしばらく伯爵家で療養することになった。
――――――
「ダグラス様、おかえりなさいませ。本日も調査おつかれさまでした」
調査から帰ったダグラスを執事のマルコフが出迎えた。調査中にグラードが倒れた話は魔道具で森の調査隊にも伝えられている。そのためマルコフはダグラスの帰りを伯爵家の門の前で待っていてくれていたようだ。
「お出迎えありがとうございます。グラード団長の意識は戻りましたか? 汚れた服を着替えてから様子を見に行きたいのですが」
「いえ、まだ眠られています。私は騎士の詰所の入り口でお待ちしていますので支度ができましたらお声掛けください」
調査での汚れを落とし、マルコフの案内で部屋を訪れたダグラスは思っていたより事態は悪いのだと理解した。
部屋の中では救護員が患部にあてる薬草を替え包帯を巻いているところだった。瘴気の汚染がひどく容態が急変する恐れがあるために付きっきりで診ているらしい。
治療に使った包帯や薬草は専用の容器に入れるので散らかっているわけではないがかなりの量を使っているらしい。
救護班の使う包帯には治癒魔法が付与されていてその魔法にはランクがあり症状や状態に合わせて使いわける。
グラードの顔に巻かれている包帯は特に重い状態の時に使われるものだった。
包帯の巻かれていない部分から見える顔色はひどく悪く呼吸は小刻みで肩で息をしている。長く仕事を共にして来た中で怪我を負った姿を見た事のない人物のその姿はダグラスに大きな衝撃をあたえた。
(団長、一体何があったんですか。目を覚まして教えてください。)
布切れを見つけて触ろうとして体に変調をきたした。本人がそう言っていたらしいがにわかには信じられない。グラードは仕事中は決して気を抜かず慎重に行動するひとだ、注意事項を無視してまで触ろうとしただと?
だが目を覚ます様子がないので真相はわからない。考えを切り替え本日の調査結果を頭の中でまとめながら会議室に向かうことにした。新たな発見は無くドラゴンの行方はいまだ不明のままだ。
会議もグラードの件以外は特に新しい情報の報告は無く、イジム村は瘴気の浄化後立ち入り禁止になると決まった。
明日は引き続きドラゴンの捜索、イジム村と領内に広がった瘴気の浄化、変異種の討伐を行う。
昨日同様に部隊の振り分けを決め会議は終了したのだった。




