守れなかった約束
カドムの街を出てから数時間、休まず走り続けて来たがここらでひと休憩としようかな。
地図を確認しながら昼食をとる。カヤ豚のサンドイッチだ。はあ、これでこの美味しいお肉は食べ納めか、ぺろりと食べ終わってしまった。サンドイッチを持たせてくれたテオルに心の中で感謝する。
この先はしばらく休憩が出来そうにないのでアンクレットにも魔力の補充をしておいたほうがよいだろう。
テオルの指示で細かく指定された箇所から森に入るように言われている。伯爵領に着いた時に騎士達の馬車で通った街道とは違うルートだ。
最近ではこの街道にも魔物後出ると聞いていたが、ここまで魔物との遭遇は無かったので戦いでの疲労がなかったのはありがたい。
休憩を終えて歩いているとテオルの説明どおり二手に分かれた道が見えてきた。片方は切り立った崖と森に挟まれた道、もう一つは崖の上にある道。
どちらの道も近くには森がある。目的地にはこのどちらかの道を通らないと行けない。
谷沿いの道は近道ではあるが、崖の上から魔物による攻撃があるかもしれないし、上から見つけられ待ち伏せに会う危険もある。
かといって崖の上の道はかなりの高さなので遠回りになるのは間違いない。だが俺は遠回りになるが崖の上の道を選ぶ。。
だって、テオルが崖の上の道を行けって言ったから。
あと「兄様約束して。特にこの道ではけして立ち止まらずに目的の森の入り口まで全速力で駆け抜けて行くように! 必ずだよ」って言ってたっけ。
魔物の気配もないしここからは移動速度を上げて行くとしようか。
ヴァウォーーーン!!
速度を上げて移動していると突然魔物の咆哮が聞こえてきた。崖の下からのようだ。
魔物に気付かれないように魔道具を使うのをやめ、この場から走り去ろうとするのだがなぜか吸い寄せられるように崖に近づいてしまっている。
仕方なしにちらりと下を覗く。巨大な魔狼とその個体より少し体の小さな魔狼の群れが何者かと睨みあっているようだった。他より体が一回り大きな個体がボスだろうな。
マールの街から乗った荷馬車でニールさんが言っていたのはこの魔狼の事だろう。盗賊が連れていた魔狼とは違う種のようだ。
ボスらしき魔狼が飛び掛かろうと構えたところに大きな赤い魔物が先に飛び掛かり左の前脚で魔狼の頭を踏みつけるとそのまま喰いついた。魔狼は逃げることが出来ず断末魔の叫びをあげた。
いや待て俺、テオルが言っていただろう。今は足を止めてのんきに覗き見をしている場合じゃない。
だがそう思う意志とは逆に俺はその場で身を隠し下の様子を見ている。おかしい、体が自由に動かない。どういうことだろう?
仲間の魔狼たちは唸り声をあげ数体が風魔法のウインドスラッシュを放ち残りの数体は牙をむいて飛び掛かった。
しかし、冒険者の装備を切り裂くこともあるウインドスラッシュも赤い鱗には効果はない。魔物の硬い肉をも食いちぎる牙もやはり赤い鱗にははじかれた。
そして後方と左右から飛び掛かった魔狼は長い尾に弾き飛ばされ、前方から飛び掛かった魔狼はボスを踏みつけている前足とは逆の前足で踏みつぶされた。
赤い鱗に覆われた体と大きな翼、長い尾、鋭い爪を持ち地面を踏みつける太い四本の脚。ドラゴンだ。小型のドラゴンであっても魔物が群れで襲いかかっても敵わないというのは本当だったようだ。
その姿と圧倒的な強さに本能的な警戒から皮膚がちりちりと痛む。これはまずい。
距離が離れているため正確な大きさはわからないが遠目でも体長は5メートルはあるように見える。
体格を問わずドラゴンが生息域との境界にある森から出て来たとなれば早急に討伐隊を組まなくてはならない。
王宮に報告をするために特徴を観察していると鱗の一部が光った。そしてそのあたりの鱗が数回点滅したように見えた直後、ドラゴンは咆哮をあげ翼から強烈な風を放った。
そしてその翼から放たれた風は周りの木々の枝を切り落とす。それは魔狼の放つウインドスラッシュの上位版に見えた。
見た目では火属性のドラゴンのようだが、風を放つことも出来るのか。炎と風を操れるなら厄介なタイプだ。
俺はそれらの情報を連絡用の魔道具に書き込み終えるとすぐにグラード団長に飛ばした。
この場所も書いてはおいたが、目撃地点から飛ばしたと記したので発信場所を辿れば簡単に特定できるようになっている。王宮からギルドにも緊急連絡として伝わるだろう。
連絡を終えたのならここに長居するのは危険だ。一刻も早く立ち去らなないと。そう思いそっと後ずさりドラゴンから見えないようにしてその場を離れようとしたとき、頭の中に直接グラード団長の声が聞こえた。
『アルバート君今すぐそこから離れるんだ! そのドラゴンは君がそこ居ることに気づいている。魔物の捕食が終ったのなら次は君を狙ってくる可能性が高い。遠隔で君の気配を隠す魔法を掛けたがとにかく早く身を隠して逃げなさい!』
だが遅かったようだ。ドラゴンは大きな翼で崖の下から一気に飛び上がり目の前に現れたのだ。
あまりの怖さからその悲しい事実をつぶやく事すらできない。
『くっ、遅かったか! アルバート君魔力を込めたクリスタルはまだありますか?』
「……あります」
『クリスタルを取り出しておいて、私が合図したら目を閉じて指示した方向へ退避しなさい』
「わかりました」
ドスドスとドラゴンが近づいて来る。だが、数メートルの位置まで近づくと立ち止まりこちらをじっと見てなにか様子をうかがっているようだ。
この個体は知性を持ったドラゴンなのだろうか?
グウォーーーッ!
突然咆哮をあげ突進してくる。
『目を閉じて!』
目を閉じてもわかるくらいの眩さを感じる。おそらくドラゴンは光を目にして視界を奪われたことだろう。
『目を閉じたまま前方にクリスタルを投げて君は左斜め前方へ走って!』
グラード団長に言われるまま目を閉じたままクリスタルをドラゴンが居るであろう前方へ投げ、自分は左斜め前方へ駆け出す。アンクレットの魔力を全て使い速度をあげとにかく必死で走る。
グラード団長の指示で向かった方向は森の中だった。どういうわけか目をつぶっていても進行方向にある木やその枝や根っこまで感じ取れる。
けれど速度を上げているため目をつぶったままでは枝や根の全ては避けきれない。
目を開けてさらに速度を上げたが後方から風魔法などで木をなぎ倒しながらドラゴンが迫って来る音が聞こえ、差はどんどん縮まっていく。
嫌だ! こんなところで殺されるなんて嫌だ!
迫り来る殺気と威圧感から恐ろしくて足がもつれる。後方からこちらに向けて強力な魔力が放たれるのを感じた。
あのウインドスラッシュのようだ。
とっさに横へよけマントで身を包む。直撃を避けたことと、マントに付与された効果のおかげで体が切り刻まれることは無かったが受けた威力は抑えきれず吹き飛ばされ大きな木に左半身を強打した。
痛い、呼吸もうまくできないし、もう体が動かせない。
―― 兄様約束して。特にこの道ではけして立ち止まらずに目的の森の入り口まで全速力で駆け抜けて行くように!必ずだよ ――
テオル、ごめん。忠告してもらっていたのに、君との約束を守れなかった……




